無免許死亡事故、そこに隠されたまさかの冤罪!

2023年8月30日、江口大和弁護士(37歳、第二東京弁護士会)を被告人とする「犯人隠避教唆」について、最高裁第一小法廷(深山卓也裁判長)は、江口氏の上告を棄却した。

弁護士が犯罪者という異例の事件だ。逮捕も、一審・横浜地裁の有罪判決も、テレビ・新聞が大きく報じた。「虚偽の供述を依頼した」とか「弁護士としての知識を悪用した」とか。もうすべての人が思ったろう、「わっるい弁護士がいたもんだ!」と。だが、私は知っている。これ、どうやら冤罪だ。聞いてほしい。

2019年1月のその日、私は横浜地裁にいた。レーダー式測定機(日本無線のJMA-230)による32キロ超過の否認裁判があったのだ。終わって帰り際、別の法廷の開廷表に「道路交通法違反、犯人隠避、犯人隠避教唆」の判決を見つけた。被告人は2人だ。

犯人隠避(刑法第103条)とは、隠れ家を提供する以外の方法で犯人を検挙から逃れさせること。オービス事件で「俺の身代わりに出頭しろ」と命じた社長と、従った社員、2人まとめての判決かな。傍聴してみた。

被告人は、建築関係の若い社長(20歳代半ば)と、その元社員(20歳ぐらい)だ。社長はスーツにネクタイ、ビシッと格好いい短髪で、ヤンキー風との印象を私は受けた。元社員は手錠・腰縄の姿で入廷した。別件で服役中の身なのだ。

並河浩二裁判官が、まずは判決の主文を述べた。社長は懲役1年10月、執行猶予3年。元社員は別件(懲役2年10月)に加えて懲役4月とされた。いったいどんな事件だったのか。驚いたよ!

2016年5月、元社員は無免許なのに勤務先(社長の会社)のクルマを勝手に持ち出して運転し、横浜市内で電柱に激突。助手席の若い同僚が死亡した。元社員は「無免許過失運転致死」で横浜地裁へ起訴された。

当初、「死亡した同僚が、ふざけてハンドルをつかみ、それで事故った」と主張していた。けれど良心の痛みに耐えかねたか、ついに自白した。「同僚がハンドルをつかんだ事実などなかった」、「社長は普段から無免許の社員たちに運転させており、今回もそうだった」と。元社員は懲役2年10月の判決を受け、控訴せず下獄した。

元社員の自白は重大だった。道路交通法に、無免許運転者への「車両提供罪」というのがある。3年以下の懲役または50万円以下の罰金。けっこう重い。社長はその罪を犯したうえ、「自分が運転させたことを言うな」と口止めした。これは犯人隠避の教唆に当たる。口止めに従った社員は犯人隠避の本犯に当たる。たまたま傍聴した「道路交通法違反、犯人隠避、犯人隠避教唆」の判決は、それだったのだ。

言渡しが終わり、元社員は再びカチャカチャと手錠をかけられた。刑務官2人に伴われて奥のドアへ去った。刑務所へ戻るのだ。傍聴席の端で中年の女性が1人、暗く静かに泣いた。元社員の母親か。

傍聴人たちが立ち上がり、ぞろぞろと法廷を出始めた。そのとき、たいへんなことが起こった! 傍聴席の最前列中央にきちんとした身なりの女性がいて、バー(傍聴席の前の柵)の向こうにいる社長に対し、鋭く声を飛ばしたのだ。

女性 「絶対! 許さないからねっ!」

満身の怒りをぶつけるような勢いだ。死亡した若い同僚の母親かと思われた。母親はこうもぶつけた。

女性 「お葬式、あなた、駅で逃げたよねっ、トイレ行ってきますって言って、花だけ置いて逃げたじゃんっ! あなたが弁護士といっしょに嘘ついて嘘ついて! 〇〇(元社員)が捕まるまで何年かかった!」

すると、傍聴席の出口ドア付近にいた男が、迫力ある大声で怒鳴った。

男性 「うるせえババア、この野郎!」

うわお、である。応酬は続き、裁判所の職員たちが集まってきた。私は立ったままメモし続けた。母親を口汚く罵る者が他にもいた。社長はどんな界隈の人物か、うかがえるような気が私はした。

ところで、「弁護士といっしょに嘘ついて」と出てきた。なんのこと? ネットで検索してみた。報道がたくさん見つかった。この判決の約3カ月前、2018年10月、江口大和弁護士(当時32歳)が、社長に入れ知恵をして「会社のクルマを勝手に持ち出し運転した」と元社員に虚偽の供述をさせた、として逮捕されていたのだ。

ご当地のマニア諸氏から期日情報をいただき、私はさらに何度か横浜地裁へ通った。江口氏を被告人とする「犯人隠避教唆」の裁判を傍聴した。江口氏はきっぱり否認。弁護人が何人もついて徹底的に争った。

2020年2月、田村政喜裁判長が判決を言い渡した。懲役2年、執行猶予5年。弁護士が有罪判決を受けたと、これも大きく報道された。なお、主文には続きがあった。「未決勾留日数のうち180日をその刑に算入する」。つまり、180日プラスたぶん数カ月、江口氏は身柄を拘束され続けたわけだ。未決算入は報道的にタブーなようだ。

そんなことより、有罪の理由である。要するにこうだった。

裁判長「法律の専門家が手を貸さなければ、車両提供罪を隠すなどできるはずがない。法律の専門家として関与したのは江口被告人だけだ。よって江口被告人が入れ知恵したと認められる」

ここが中心なので「弁護士としての知識を悪用した」と報道されたんだね。だが、判決理由にはさらにこんな話が出てきた。

死亡事故のあと、江口氏の所属事務所に元ヤクザから電話があったという。「後輩の相談にのってやってくれ」と。来訪したのが社長で、対応したのが事務所に所属する江口氏だった。江口氏はとりあえず、社長が述べることを聞き取って書面にまとめ、署名押印させた。弁護士として普通のことだろう。ところが、「従業員が勝手にクルマを持ち出して…」などの部分が江口氏の入れ知恵によるものとされ、その書面が有罪の重要な証拠とされたのである。

聞いてて私は「んなわきゃねーだろ!」と呆れた。無免許の社員らに日常的に運転させる者が「お前ら、もし捕まったら無断で運転したって言えよ」と徹底しておくのは当たり前中の当たり前、ド真ん中じゃん。そんなことを、法律の専門家が手を貸さなければできないなんて、裁判長、あんた思い上がりも甚だしいですぞ。

江口氏は控訴した。東京高裁の裁判も私は傍聴した。さすがに逆転無罪かと思った。2022年9月、判決は控訴棄却だった。一審の懲役2年、執行猶予5年、未決180日算入が維持されたってことだ。石井俊和裁判長は弁護側の主張を次々とどう退けたか、私は忙しくメモりながら以下の部分に赤線をひいた。

裁判長「しかし…だからといって…あり得ないとは必ずしもいえない」

裁判長「およそあり得ない事態とはいえない」

裁判長「現実的に考えられないとまでは必ずしもいえない」

なんちゅう論法だ! 有罪と解釈する余地が、およそあり得ないとまではいえない、そんな論法を重ねれば、誰だって有罪だよ。私はしみじみ思った、「これは本当に冤罪なのだな!」と。社長と元社員の「犯人隠避教唆、犯人隠避」を“江口アドバイス説”で有罪とし、それがすでに確定にしちゃったので、裁判的にはもう後戻りできない、無理ムリな論法を重ねても、そういうことなのだろう。

江口氏は最高裁に上告した。その棄却決定が2023年8月30日に出たのだ。テレビ・新聞をつうじて警察の逮捕発表や有罪判決の報道しか知らない世間は「わっるい弁護士がいたもんだ!」とだけ思い続けるだろう。

弁護士法第7条の規定により、執行猶予付きでも懲役刑を受けたことは欠格事由に当たる。江口氏は弁護士資格を失う。「ざまあみろ」と世間はあざ笑うだろう。しょぼい表現で申し訳ないが、あまりに理不尽だ。

文=今井亮一

肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通事件以外の裁判傍聴にも熱中。交通違反マニア、開示請求マニア、裁判傍聴マニアを自称。