『がんがつなぐ 足し算の縁』(中日新聞社)

QOLの向上が必要な場面は、入院生活だけにとどまらない。

「退院したら復帰宣言のテレビのオファーが来たんですけど、そのとき眉毛が全部抜けて、コワモテの顔になっていたので、断ろうと思ったんです。でも妻に『お金がもらえません』と言われて、メイクで眉毛を描いたら“これはイケるな”と、すごく気分が上がったんです。それからは、メイクをしてテレビに出るようになりました」

がんと診断されても、多くの人が通院治療で一般生活を送っており、そうなると自分の見た目に人一倍気をつかうことになる。患者会に参加すると、ウィッグの色の違いに服装を合わせるなど、ファッションとして楽しんでいる人もいたそうで、「今はアピアランスケア(=外見の変化に対するケア)というのも重要になってきていて、国立がん研究センターにも専門のチームがあり、相談窓口があるんです。治療が終わったら全部終わりではなく、社会復帰しやすくする方法があるということを知ってほしい」と本に盛り込んだ。

この社会復帰という点で大きなネックになるのが、アンコンシャスバイアス(=無意識の偏見)だ。「退院して会社に復帰しても、『大変だろうから、この仕事からは外れていいですよ』と言われてしまう。これは優しさからくる偏見なので、結構厄介なんです」といい、強く言及している。

さらに、「もっと言うと、“びっくり退職”と呼ばれるもので、がんを診断されてびっくりしちゃって、会社に迷惑をかけるからと治療を受ける前に退職してしまうという例もあるんです。毎年100万人ががんになって、60万人が復帰している。残念ながら40万人が亡くなっているんですけど、多くの方が後期高齢者の方で、自分もステージ4からこうして復帰できましたし、現役世代は本当に戻ってこられる人が多いんです」と強調した。

■SNSとは違う読者の体験談「気付きを与えてくれた」

今回の本の特徴は、連載の読者から寄せられたメッセージを掲載している点だ。闘病生活に入ってからSNSを開設し、そこに投稿されるコメントに励まされていたというが、ほとんどが投書だという新聞読者からの言葉は、SNSとは大きく異なるという。

「200通以上のお手紙を頂いたのですが、お便りをくださる方はほぼ皆さん実名で、とても長文なんです。それと、患者さんのご家族の方が多くて、自分がどのように対応したのか、家族がどんな思いだったのかを連綿とつづってらっしゃって、気持ちがこもった感動的な話が多いんですよ。だから、僕にとっていろいろ気付きを与えてくれました」

前回の本は自身の体験をつづった主観的な内容だったが、読者の体験談に、それに対する投書も加えることで、「非常に複眼的で、多様性のある本になったと思います」と分析。また、「書籍化するにあたって『載せていいですか?』と聞くと、多くの方が『お願いします』と了承してくれて、中には連載中にご存命だった家族が、亡くなってしまった方もいるんですけど、『生きた証しになるので、ぜひ載せてください』と言ってくださいました」というケースもあった。

■アナウンサーならではの視点で訴える言葉への誤解

本書では、「標準治療」という言葉への誤解の指摘や、抗がん剤を「幸願剤」と捉えること、さらには看護師全員の名前を覚えるというコミュニケーションの取り方など、長年にわたり報道・情報番組で伝える側として培った経験が、随所でうかがえる。その中でも強く訴えているのが「標準治療」への理解だ。

「もう本当にすべての先生が、『標準治療』がキング・オブ・キングスで、最先端の治療法だとおっしゃるんですけど、“標準”と言われると寿司なら“並”だと思って、『先進医療』や『自由医療』が“上”や“特上”だと勘違いしちゃうんですよ。でも、『先進医療』は一定の効果はあるけど、皆さんに効くか分からないので、実験に実験を重ねて、100に1つがやっと承認されて『標準治療』に格上げされるので、思っているのと逆の位置付けなんです。この話は講演でも『そうなんだ!』と結構反応が大きいですね」