フリーアナウンサーの笠井信輔が、新著『がんがつなぐ 足し算の縁』(中日新聞社)を刊行した。ステージ4の血液のがん・悪性リンパ腫から復帰を果たして3年が経過したが、その間、がん関連の取材をしていく中で得た新たな気付きなどを中日新聞で連載し、それに対する読者からのメッセージなどを加えてまとめたものだ。

この本で、がんだけでなく、病気を抱える多くの人たちに伝えたいこととは。フジテレビアナウンサーの先輩だった逸見政孝さんががんを告白してから30年が経った現在の治療法の劇的な進化や、今後の活動への展望なども含め、話を聞いた――。

  • 笠井信輔アナ

    笠井信輔アナ

■“ネットの沼”にハマると心配しか起きない

2020年4月末に退院して半年後に出版した前書『生きる力 ―引き算の縁と足し算の縁―』(KADOKAWA)は、「悪性リンパ腫になった自分の体験をすべてそのまま書いたのとともに、入院中に考えたこれまでのアナウンサー人生を振り返って、非常に生々しい感じで書かせていただきました」という笠井アナ。

それから社会復帰すると、講演会にシンポジウム、学会・患者会への参加、取材活動、自身が企画したYouTube番組など、がん関連の仕事が一気に増え、多くの専門医などから話を聞く機会を得たことで、「今の令和の時代の医療において、自分の経験したことがどういうものだったのか、どういう立ち位置だったのかということが、体系的に分かってきたんです」と知見が深まったという。

闘病経験の積極的な発信に対するリアクションや講演会での感想で、決まって「この話が良かったです」と言われるのが、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を上げることの大切さという話題だった。

“がん”と一言で言っても、臓器、脳、血液と発症部位は様々で、その治療法に関してはがん腫や患者の体質・年齢によっても異なるため、自分に合ったスタイルを本やネットで見つけるのは極めて困難だが、「QOLというのはすべての患者さんに当てはまる」という発見があり、今回は、前書で全く触れていなかった入院生活、治療生活の質向上について、多くのページを割いている。

「不安になって自分で病気のことを調べるというのは結構危険な行為で、“ネットの沼”にハマると心配しか起きない。でも、QOLを上げることを意識すると、適切な医療を受けることにつながるから、そこに気づいてもらいたいという思いで書きました」

■我慢することで適切な治療に進めない

専門医などに取材していくと、昭和世代の患者は、無意識にQOLを下げる行動を取ることが多いのだそう。「先生に『具合はどうですか?』と聞かれると、ほとんどの“昭和患者”は『おかげさまで』と答えるんです。それはいつもお世話になってる先生に、細かい文句を言ったら申し訳ないから、自分で処理できることは処理しようと、ちょっとぐらい具合が悪くても言わないのが礼儀だと思ってしまってるんです」と具体例を明かす。

床屋で「かゆいところはないですか?」と聞かれても「大丈夫です」と遠慮してしまう話をよく聞くが、それに通じる国民性を感じさせる話だ。しかしその我慢は、QOLを下げるだけでなく、適切な治療に進むことができないという大きな弊害にもつながる。

また、「痛みを我慢すると、自暴自棄になって家族やお医者さんに当たってしまったり、病と向き合う気持ちになれない。だから痛みをコントロールすることは極めて大事なことなんですけど、“昭和患者”の人は『緩和治療』という言葉を聞くと、『もう他に治療法がないの?』と思ってしまう。でも令和時代は、最初の段階から緩和治療というものがあって、痛みがなくなって『頑張ろう』という気持ちにもなれるんです」と力説。

海外では、QOLの向上による治療効果の研究結果も出ているそうで、「病は気から」というのが、実はエビデンスを持った言葉であることが分かる。

そのほかにも、副作用で吐き気をもよおすイメージの強かった抗がん剤治療だったが、現在は有効な「制吐剤」が増え、それに伴って嘔吐で体力を消耗することがないばかりか、食事を摂って体力を付けることができるという大きなメリットを強調。さらに、薄味で飽きてしまう病院食を残しても、「大好きな『ペヤングソースやきそばを食べました』と言うと、看護師さんたちがみんな喜んでくれるんです」と、制限されているもの以外であれば自由に食べていいという事例も挙げ、「そうやって患者のストレスを減らしていくことは、とても大事なんです」と訴える。