今自分ができることに集中する。中日・小笠原慎之介の表情から伝わる「エ…

ナックルカーブは目線を惑わす役割を持つ

 

 

 セ・リーグで、戸郷翔征投手(巨人)とともに、精神的な充実度を感じるのが小笠原慎之介投手(中日)です。巨人との開幕戦で8回まで145球の粘投を見せたときから、今年にかける強い想いを感じました。

 

 自分のボールに対する自信がついたのか、あるいは、「今年はおれがやらなきゃいけない」という気持ちが影響しているのか、マウンドの表情からも闘争心がみなぎっています。

 

 

 ボールとしては、ナックルカーブやチェンジアップが目立ちますが、一番の持ち味はストレートにあります。コントロールが安定していて、キレもいい。

 

 勝っているピッチャーには共通していることですが、持ち球の中でもっとも速いストレートが優れているからこそ、それよりも球速差がある変化球がより生きてくる。バッターとしては、速いストレートに差し込まれたくない心理が働くため、変化球だけに狙いを絞るのはなかなか難しいところがあるのです。

 

 特徴的なナックルカーブは、バッターの目線を惑わすことに役立っています。小笠原投手と対した場合、意識としてはストレートとチェンジアップへの比重が高くなるバッターがおそらく多いでしょう。低めに目線が向いていることになります。この目線から、高めから落ちてくるナックルカーブを投げられると、目線が上がることになり、瞬時に反応するのは難しくなるのです。

 

 2ストライクから甘めのナックルカーブを見逃した場合、ファンからすると「何で振らないんだよ」と言いたくなるかもしれませんが、そう簡単に手が出るものではありません。

 

 すべての球に反応して、的確にミートすることはほぼ不可能。狙い球があり、狙うコースがあり、それによって、目付けが変わってくる。アウトコースに目付けをしているときに、インコースにストレートがズバッときたら、飛び跳ねるぐらいびっくりするものです。こうした見逃し方から、「まったく違うコースを待っていたんだな」ということが見えてきます。

 

自分自身でコントロールできないことは気にしない

 交流戦終了時点で、小笠原投手の成績は4勝5敗、防御率3.04。防御率だけを見れば、もう少し勝ち星が増えていてもよさそうですが、そこは打線との兼ね合いもあり、ピッチャー自身では操作ができないところになります。

 

 ピッチャーとして、「勝ち星が気にならない」と言えば、それはウソになるでしょう。数字として残るものなので、少ないよりは多いほうが当然嬉しいものです。

 

 

 ただ、勝ち星ばかり追い求めすぎてしまうと、精神的にもあまりよくありません。現役時代、私が心がけていたのは「自分自身でコントロールできないことは気にしない」。イニング数や防御率に、目を向けるようにしていました。味方の得点は、自分ではどうすることもできませんから。

 

 ソフトバンクの監督時代によく伝えていたことですが、ピッチャーがやるべきことは、次の登板に向けて、最善の準備をすることです。序盤で打ち込まれたとしたら、その理由を考え、先発であれば中5日や中6日の間でできるかぎりの改善をはかり、次戦に臨む。長いシーズン、打たれることは必ずあります。打たれたことをずっと引きずっていたら、いい結果を生み出すことはできないでしょう。

 

 特に、チームの柱であり、「エース」と呼ばれるピッチャーには精神的なタフさが求められます。味方が点を取れないときこそ、先制点を取られない。たとえ、状態が悪いときでも、今できることに集中して試合を作っていく。自分がやれることに、どれだけ意識を向けられるか。小笠原投手の表情やふるまいを見ていると、メンタル面からの成長を感じることができます。

 

 

書籍情報

『プロフェッショナル投手育成メソッド 一流選手へ導く“投球メカニズムとトレーニング”』

 

18歳以上を対象に、実際のプロの現場でも活用された門外不出、名将の投手指導マニュアルが待望の書籍化。プロの世界で重要視される「フォームの再現性」+「コントロール」の二つの技術向上に必要な理論から具体的なトレーニング方法をわかりやすく解説。日々の過ごし方から投球術まで詳しくノウハウが凝縮された1冊だ。

 

目次

第1章 投手に必要な3つの柱

第2章 ピッチングにおける運動連鎖

第3章 技術習得のためのトレーニングピラミッド

第4章 投手が走る意味はどこにあるのか?

第5章 オフシーズンとシーズン中のコンディショニング

第6章 試合で勝つための投球術

第7章 医科学をどのように生かすか

 

工藤公康

1963年愛知県生まれ。1982年名古屋電気高校(現・愛工大名電高校)を卒業後、西武ライオンズに入団。以降、福岡ダイエーホークス、読売ジャイアンツ、横浜ベイスターズなどに在籍し、現役中に14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝く。通算224勝。正力松太郎賞を歴代最多に並ぶ5回、2016年には野球殿堂入り。2015年から福岡ソフトバンクホークスの監督に就任。2021年退任までの7年間に5度の日本シリーズを制覇。2020年監督在任中ながら筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻を修了。体育学修士取得。2022年4月より同大学院博士課程に進学、スポーツ医学博士取得に向け研究や検診活動を行っていく。

 

 

https://www.amazon.co.jp/プロフェッショナル投手育成の教科書-工藤公康/dp/4862556671