スイートピーの単価が50円から39円に下落

生産者の小久保禮次さん

JA愛知みなみスイートピー部会は愛知県渥美半島にあるスイートピーの生産部会だ。渥美半島は、半島のほぼ全域を占める田原市が2019年の市町村別農業産出額において、851億円で全国2位となっており、農業の一大産地として有名だ。露地栽培や施設園芸、畜産など幅広い種目の農業が行われており、スイートピーの生産はおよそ40年前のバブル期に始まった。「当時はバブルということもあり、花に高値がついたんです。スイートピーは一本50円ほどでした」(宮本さん)

しかし1990年代に入るとバブルが崩壊。また、切り花の延命剤も登場し、遠方の産地でも消費地である都市部に出荷できるようになった。すると宮崎や大分など栽培面積の広い九州地域のスイートピーが大量に出回るようになり、それと同時に単価も下がり始めて2000年前後には39円まで落ちてしまった。

渥美半島はそもそも耕作面積が狭いため、大量生産できる大産地との競争になると分が悪く、薄利多売をしていては勝ち目がない。そこで、同JAと生産部会は、生産地として生き残りをかけ、需要が高まる3月に高品質なスイートピーを生産する「量より質」にかじを切ることを決めた。

実際に栽培されているスイートピー。茎が長く軸が硬いのが特徴だ

需要は高まるが樹勢が落ちるシーズン後半に、高品質スイートピーを出荷する「量より質」戦略

小規模栽培で高品質・高単価を目指したスイートピー部会の生産者たちは、まず現状の課題を整理することから始めた。生産者の小久保さんは「当時は大産地と比べて生産数が少なく出荷先も地元や近隣地域がメインで、新たな市場を開拓することが急務でした。また、温暖化の影響で、涼しい環境を好むスイートピー栽培には難しい気候になりつつありました。今では環境制御を活用していますが、栽培技術の見直しも必要でしたね」と振り返る。

課題の整理から見えてきた戦略は、「より高品質のものを生産し、東京など需要が高い地域で販売すれば単価は上がる」ということ。そこで、生産部会では、栽培技術や品質管理の水準を見直した。
・スイートピーの作付け本数を減らして、株間を広く取る
・支柱誘引した株の株元20センチのところにネットを敷き、地面にはマルチングをするこ とで、下ろし作業を行ったときに葉や茎が地面につかないようにし、病気を予防する
など。
さまざまな工夫を凝らして技術向上に努めた。

この「量より質」戦略の重要ポイントは出荷時期である。スイートピーは、11月末から4月初めまでが出荷時期。出荷用に花を切り続けていると後半期はどうしても樹勢が落ちるため、高品質のものを維持するのは難しい。そこで、卒業式等でスイートピーの需要が高まり出荷最盛期となる2~3月に、最高品質のスイートピー出荷を可能にする販売戦略を立てた。
それでは、戦略を成功させるために実施した対応策を見ていこう。

誘引作業の様子。一つずつ丁寧に誘引する

徹底した品質管理

スイートピー部会の高品質を追求する姿勢は徹底している。生産者の中には、その厳しさから部会を離れる人もいたというほどだ。小久保さんは「等級規格を改めたわけではありませんが、『これくらいならいいんじゃない』という生産者同士の甘えを断って、厳しく管理や等級分けを行うようにしたんです」と話す。

スイートピーの大敵、花シミ対策

高品質スイートピーを追求するうえで、最大の敵は花シミだ。花シミは水滴や灰色かび病が原因で起こる生理障害で、商品価値が著しく下がってしまう。ハウス内の湿度が高いと発生しやすい障害で、予防するためには除湿したり空気を循環させたりする必要がある。
「大型の除湿機などさまざまなものを導入しましたが、冬場に除湿しようとするとハウスの温度が上がってしまうのが難点でした」(小久保さん)
試行錯誤をしていた小久保さんたちが最新のシミ対策として導入したのがヒートポンプとハウスの制御システムだ。ヒートポンプはハウスの温度を上げずに除湿することができる仕組みで、導入後はシミ被害をほとんどゼロに抑えることができるようになったという。
また、ハウスの制御システムは、一つの基盤心臓部でハウス内の管理を一括制御するもので、電機メーカーと共同開発した。パソコンやスマートフォンからハウスの温度・湿度管理を行い、数値の上昇を感知すると自動でヒートポンプを作動させたり、窓の開閉やエアコン・遮光カーテンのスイッチを入れてくれたりするというものだ。

ヒートポンプの機械

電機メーカーと共同開発した制御システム

この基盤一つで温度や湿度を管理している

栽培技術を高める資材を、資材メーカーと共同開発

高い栽培技術を担保するために、必要な資材も開発した。ツルを支柱に留める用具(とめきち)や、夏場に温度が上がらないスイートピー栽培に最適化された特殊な白黒ダブルマルチなど、資材メーカーと共同開発を行った。

農業資材の開発は今でも取り組んでおり、日々蓄積されるハウス内のデータをもとに、光合成のための炭酸ガスの必要量を測定するなど試験を重ねているという。

生産者とJA、市場がそれぞれ役割を分担して高級路線を目指す

小久保さんによると部会では毎月勉強会を行っており、出荷時期になると月に2~3回は各部員の圃場を回ったり、出荷日にスイートピーの生産状況を確認したりしているという。

定期的に行われている部会全体会議の様子

部会役員による品質検査も行っている

しかし小久保さんたちが作るスイートピーが高級品として認められるようになったのは、生産者だけの努力によるものではない。宮本さんは「生産部会は品質向上を遂行し、JAは販路(東京/高級花屋・小売店)の開拓を行う。そして市場が販路の拡大を行う、というように役割を分担・協力して市場価値を高めました」と話す。

販路拡大のために東京を新たな出荷先として選んだとき、仲立ちになったのはJAだった。もともと渥美半島は菊の一大産地として有名であり、東京の市場にスイートピーを出荷するための販路があった。実際に出荷が始まるとその品質の高さが市場関係者に評価され、高級な小売店などに卸されるようになった。今では競り前に売れてしまうケースも多いという。

商品として出荷されるスイートピー

JA愛知みなみのような大きな土地を持たない産地が、大規模産地との競争に勝つためには、組織として足りない部分をカバーし合っていかなくてはならない。「量より質」戦略に基づいて、生産者は栽培技術と品質管理の向上、JAは販路開拓と、それぞれのミッションを果たし続けていることが、高品質・高単価をもたらし、市場における高評価につながっている。
普通に生産・販売しているだけでは価格上昇が起こりにくい農産物において、スイートピー価格のV字回復が達成されたゆえんはここにあるといえるだろう。1本あたりの単価1.7倍という数字は一見小さく見えるが、ロットで生産する生産者にとってはあなどれない数字だ。

部会として切磋琢磨し、生産地力を高める

生産地間での競争が激しくなる中、産地として競争力を高めるためには、「個人本位にならないことが大切だ」と小久保さんはいう。

「自分だけが個人的に儲けようとしても、大きな産地や資本にはかないません。生産部会やグループとして全体の平均値を上げることができれば、おのずと自分にも還元される。競争力を高めるためには、部会として切磋琢磨し、利益を仲間や地域と分かち合うという考え方が必要だと思います」

JA愛知みなみスイートピー生産部会は、全国のスイートピー生産者から注目されているという。視察や見学も増えつつあり、薄利多売から抜け出したいと考えている大産地の農家も視察に訪れている。宮本さんも「JAとして協力できることはどんなことにも挑戦していきたい」と、前向きな姿勢だ。高級路線のスイートピーが今後どのような発展を遂げるのか注目だ。