――唐沢さんが本当に面白い作品を作るために欠かせない要素は、何だと思われますか?

台本を開いて自分が演じる役を確認した時に俳優が感じる「ハァ……これをやるのか……」っていう諦めみたいなものは、その後どんなに頑張って演じたとしても絶対に芝居に出てしまうものだから、「本当にいい作品を現場のみんなが一丸となって一緒に作り上げて、一人でも多くの視聴者に観て欲しい」と思ったら、まずは今回のように面白い脚本であることが前提になってくる。でも脚本家の立場からすれば、「この程度の芝居しか出来ない俳優がやるなら、そもそもいい話なんて書いても仕方ない」と思うのかもしれないし。でもそうやって諦めている者同士が集まって作ったら、絶対に面白い作品なんて生まれないことだけは確かだよ。

――6月に還暦を迎えられますが、これまでの俳優人生を振り返ってみて、今思うことは?

真冬に全身タイツみたいな衣裳を着て特撮の戦闘員みたいな役をやっていたこともあるけど、当時あの現場で経験したり学んだりしたことが今の自分に確実に活きている。そもそも今のプロダクションに入れたのだって、たまたまある番組で共演した先輩俳優が誘ってくれたおかげだしね。もしあの時その人と共演してなかったら、今の自分があったかどうかわからない。不思議なもんだよね。スーツアクターをやっていた時は、まさか自分がドラマや映画の主演をやる日が来るなんて夢にも思っていなかったんだから。

―― "唐沢寿明"となり、俳優人生が一気に花開いたわけですね。

その後、運よくトレンディドラマにたくさん出演させてもらえて、もちろん自分なりに精一杯やったつもりだけど、一度"トレンディ俳優"としてのイメージがついてしまうと、そこから脱却するのがなかなか大変だったりもする。『西遊記』で孫悟空をやった時なんかは、「イメージが違う」「ファンをやめます」って事務所にハガキや電話が山ほど来たらしいから(苦笑)。でも自分がそこから学んだのは、人気がある時に冒険をしてできるだけいろんな役にチャレンジした方が、落ち幅が少なくて済むということ。もしチャレンジして失敗したとしても、トライしただけの価値は絶対にあるし、後々ちゃんと返ってくるから。結果的に、自分もそこから二枚目も三枚目もいろいろな役ができるようになったわけで、『白い巨塔』への出演をきっかけに、ちゃんとした作品の話が来るようになった部分もあるしね。

――ご自身のなかで意識が大きく変化した瞬間はありましたか?

周りからどう見えているかは分からないけど、自分自身の人間性みたいなものは、売れていなかった頃と何も変わっていないと思ってる。相手によって態度を変えたりしないし、どんなに偉い立場の人の前でも取り繕ったりせずに、自分の考えはちゃんと言うしね。あの山崎豊子さんの前で冗談言ったヤツなんて、きっと自分ぐらいだと思うよ(笑)。「白い巨塔」の出演が決まってから撮影に入る前に食事会で会ったとき、山崎さんから「あなた、いい度胸しているわね」って言われたんだけど、本当は「この人に財前五郎をやらせても大丈夫か?」って不安になったんだと思うんだよ。だって、普段の自分には財前のザの字もないじゃない(笑)? でも「任せてください。俳優ですから」って言って別れたの。どんな役をやっても変わらない人もいるけど、俳優としては、それでは通用しないと思うから。

――"俳優"である唐沢さんにとって、信じられるものとは何ですか?

この業界、油断してると"人気"という目に見えないものに騙されそうになる人も多いけど、投げた小石は必ず落ちてくるわけで、ずっと上がったままなわけがない。「そんなもの長く続くわけがない」という心づもりさえあれば、いざそうなったときに対応できるでしょ。せっかく何者かが俳優に成らせてくれたわけだから、当然努力はしなくちゃいけないし、勉強しないといけないことがたくさんあるから、のほほんと生きている暇はない。自分自身全てにおいていまの状態が当たり前だとは思ってないんですよ。いつか想像もしていなかったような酷いことが起きるかもしれないと思いながら生きているし。

――そんな中でも唯一信じられるものがあるとするならば……?

それはやっぱり、作品を観てくれるお客さんじゃないのかな。だって、お客さんの反応って素直じゃない? つまらなかったら「つまらない!」って言って、もうそのまま観なくなるけど、面白かったら「あぁ面白い!」って言ってくれるし。そこには嘘はないと思う。それか恋愛だね。人が人を好きになる気持ちには嘘がないけど、あとは世の中全部嘘だから(笑)。