JR東海の新社長、丹羽俊介氏による記者会見が4月6日に行われ、新聞・テレビ等の国内主要メディアが参加した。リニア中央新幹線に向けた質疑も多い中、在来線の動向や社内の新たな試みも語られた。ただし、ほとんどの報道は断片的だった。筆者も出席の機会をいただいたので、丹羽新社長の発言と質疑応答の要旨をお伝えしたい。
■会見要旨
経営にあたっての最優先事項は安全輸送の確保です。安全投資を着実に実施してハード面を整備し、安全教育で社員の力量を高めていきます。非常時の対応力を高めて自然災害にも備えます。
コロナ禍の3年間において、たいへん厳しい経営環境に置かれてきました。鉄道の利用者は2018年度に対して8割を超えるところまで回復しました。しかし楽観できる状況ではありません。従来のやり方にとらわれず、収益力の向上と業務改革の2つを柱に取り組みます。
収益力の向上について。駅や車内のビジネス環境を整えて、より便利にします。観光面では「推し旅」など新しい旅行需要を拡大します。2月から「会いに行こうキャンペーン」を実施しています。世の中の皆さんにリアルに対面することの意義を訴え提案していきます。
グループ事業は、これまで自社の駅敷地の開発など鉄道事業と相乗効果が中心でした。これからは新しい日常、新しい分野に進出します。業務改革については、ICTなど最先端技術を活用して、仕事のやり方を抜本的に改革し、効率的な業務執行体制を確立します。将来の労働力、人口の減少に対応していきます。
中央新幹線は従来と方針を変えることなく、安全、環境保全、地域との連携を大切にしながら、名古屋までの早期開業へ全力で取り組みます。
南アルプストンネルの静岡工区問題は国交省の有識者会議で科学的工学的な見地から検討されており、2021年の12月に水資源に関する中間報告がありました。整理すると、トンネル工事の水資源への影響について、トンネル流水を全量戻すことで大井川の中下流水域の河川流量は維持されます。地下水の影響はきわめて小さい。一定期間、例外的にトンネル流水が県外に流出される場合も、解析結果としては大井川の中下流水域の河川流量は維持され、地下水の影響はきわめて小さくなります。
JR東海としてはおもに、「地域の方々へのわかりやすい説明」「リスク対応とモニタリングの具体化」「工事の一定期間、例外的に県外に流出するトンネル流水量と同量を大井川に戻す方策の検討」の3点に引き続き取り組んでいきます。とくに県外に流出する水量については、東京電力リニューアブルパワー様の協力をいただき、田代ダムの取水を抑制して大井川に還元するなどを静岡県の専門部会で説明しています。
この他に環境保全についても有識者会議で議論されている段階です。いずれにしても当社は、地域の方々のご懸念を解消すべく、コミュニケーションを大切にしながら、この問題に取り組んでいきます。
こうした各種政策を実現するために大切なポイントとして、人の力を高めることに力を入れたい。鉄道会社として、これまで規律やチームワーク、一体感を重んじた人材育成を行ってきましたが、これに加えて、活発的に議論し、果敢に物事に挑戦できる人材組織をめざします。そして現状に甘んじることなく進化、変化に挑戦します。このような企業文化を築いて、日本の大動脈と社会基盤の発展に貢献するという、当社の使命を果たすべく力を尽くしていきたいと思っています。
■質疑応答から - JR後に入社した初の社長として
私はJR化2年後の1989(平成元)年の入社で、普通に就職活動をして一般企業に入ったという感覚です。ある意味世代交代なんですけれども、先輩たちはみな国鉄入社で、30年以上も一緒に仕事をしてきましたので、会社の方針とか経営哲学だとか方向性といったものは共有しています。安全が最優先といったことはDNAとして国鉄世代と共有していくので、それを引き継いでいきます。
JR他社の人間関係は入社当時から。お互いネットワークを持ったほうがいいんじゃないかと、お付き合いをしてきました。平成元年入社の仲間と集まって旅行など、それがいまもずっと続いています。コロナ期間もリモートでやりました。まるで同期入社という感覚です。仕事の面でもJR他社さんとはお付き合いがあります。いろんな役職を経験する中で、連絡を取りながら仕事をしています。JR他社とのネットワークは確実にできています。このつながりを大切にしながら、共通の課題に取り組んでいくこともあろうかと。
■質疑応答から - 新幹線の業績回復について
営業収入は8割を超えるところまで戻ってきたところです。感染症の位置づけが5類になると、ビジネス活動も活発になると期待しています。我々としても、たとえばビジネス利用のお客様に対しては駅や車内のビジネス環境を整えて利便性を高めていきたい。
東海道新幹線はこの3月でコロナ前の2018年度比で9割というところです。今後も9割に戻り続けるかというと判断しかねる状況で、8割を超えるところまで来たかなと認識しています。東海道新幹線利用はビジネスの面と観光の面がありまして、観光はオンラインでできないのでコロナ禍前の水準まで戻るだろうと思っています。インバウンドのお客様はコロナ禍前もそんなに高くなくて、逆にさらに伸ばして収益につなげたいと思っています。
ビジネスについては、コロナ禍を経てオンライン会議が定着しました。そうは言っても、膝をつき合わせてビジネスをやる需要はそこまで下がらないと思います。観光ほどのスピードではなくても、ビジネス面のサービスを開発し取り組んでいくので回復してくると思います。経済が活性化すると東海道新幹線の需要が伸びる。これは過去10年、20年振り返って確実なことです。
コロナ禍前に1時間あたり「のぞみ」が12本走るダイヤを作りました。お客様が戻ってきてくださいましたので、このダイヤを活用しながらサービスを充実させているところです。
■質疑応答から - 新幹線の新サービスについて
観光開発について、これまで共同キャンペーンなどをやりました。その他にも「推し旅」など新しい分野に取り組みます。東海道新幹線の需要は伸ばしていける、動かさなくてはいけないと考えています。これは今月から言い始めたことではなくて、コロナ禍で収入がたいへん落ち込んで、大きな赤字を計上して、将来どういう方向で行こうかと、当時の私は総合局本部長の立場で、いろんな部署の人間とディスカッションしながら考えました。
社内でアイデアのコンテストみたいな企画をやりました。社員のアイデアを出して、オプションを付けて、商品にしてみたらどうだと。貸切車両パッケージもそのひとつ。当初は結婚式などのご利用などを想定していました。企業様の報奨旅行、商品発表などに使っていただく事例も出ています。
新しい企画にチャレンジしたいという社員はたくさんいました。そういう話がコロナ禍で出てきました。そこで体制を充実させて、コンテンツホルダーの皆様とネットワークを作ってやっていこうとなって、実際に商品となって増えてきています。
自由に考えて、どんどん議論して、それから実施しようという考え方を管理者が共有して、とくに若い人たちのやる気、アイデアを活用して、熱のある会社にしていければいいなと思っています。
東海道新幹線にビジネスクラスという話題がありますが、グリーン車より上級なものにしていけないかと勉強中です。どういった形になるか、時期、価格、サービス内容、お客様のご要望がどのくらいあるか、よくよく勉強しながらやっていきたい。時期、目途についてはお示しできませんけれども、なんとかいいものを作っていきたいと思います。
■質疑応答から - 人材育成について
自由に考えて、活発に議論していくような企業文化を創っていく。組織図などにはこだわらずに、たとえばA係B係C係とあって、A係はAの仕事しかしない、ではなくて、Bの仕事もやってみればいいじゃないか、とか、ABCが力を合わせれば、新しいDという仕事ができるんじゃないかとか、そういう柔軟な運用をめざしたい。とくに新規事業の開発とか鉄道営業に関しても、新しい収益事業を考える部署について、やりたい人は手を上げてみませんかという募集もやっています。
たとえば車両設計の部門と線路のメンテナンス部門が一緒になって考えて、安全の課題を解決するという話はありました。それをもうひとつ突っ込んだ形で、部署の垣根を飛び越えて、直接仕事には関係ないけれども議論してみようかという場などを目標として取り組もうとしています。
■質疑応答から - リニア関連について
早期開業をめざして取り組んでおりますけれども、南アルプストンネルの静岡工区に着手できる目途が立っていないところです。2027年の開業は困難であるという状況です。現時点で新たな開業時期をお示しすることはできないという現状です。東海道新幹線は開業から長い期間が経過していて、大規模な災害ですとか、東海道新幹線の経年劣化の抜本的な対策も必要です。
コロナ禍で輸送人員が落ち込み、開業時期が遅れると人口減少も進むところで、リニアの収益性が見えにくくなっているというご質問については、2年前の4月に工事費が増えるなど一定の前提を置いて試算を行って、健全経営、安定配当を維持堅持しながら建設を推進できることを確認しています。その後、コロナ禍からの収入の回復は遅れている要素もあります。しかし徐々に回復しているため、見通しの変更はなく、経営の見通しにも影響はないと考えています。
リニアは速いですから、三大都市が互いに近くなる。社会経済にたいへん良い影響があり、活性化させていくものだと思っています。私の在任中に開業させたいかというより、なるべく早く開業するべく、全力を尽くして参りたい。
駅名についてはまだ決まって方針などはありません。今後検討することになるのかなと思います。
■質疑応答から - 静岡工区について
冒頭でお話しした通り、有識者会議の結果、田代ダムの取水制限案など、状況が変化したのではないかというお話もいただきました。しかし流域の方々がご懸念をお持ちだということで、そのご懸念を解消すべく、丁寧にご説明していきたい。そのためにも双方向のコミュニケーションに丁寧に取り組んでいきたいと思います。
東京電力リニューアブルパワー様との協議を始める前に、個別の関係者の了解を得ようという状況です。3月27日の大井川利水関係協議会において、流域の市長、町長、利水団体の方々にご説明をしました。おおむね了解を得られたと考えているところです。静岡県様のほうから、協議開始の前提、とくに水利権についてご意見があるとのことでした。
田代ダムの取水制限案は永続的に行うものではなく、東京電力リニューアブルパワー様の水利権には影響を与えないことが前提であると考えています。
静岡県知事にはご挨拶に伺いたいと考えています。日程については検討中です。今回は就任のご挨拶ですので、とくに特定のなにかを語るものではございません。
■質疑応答から - 経営多角化について
当社の収入の7割くらいが鉄道事業で、そのうち9割が東海道新幹線です。この分野は市場の開拓、需要の創出も含めて伸ばしていきたい。鉄道以外の事業については、旅行される人々に売店で買っていただこう、お泊まりいただこうということで、鉄道との相乗効果によって収益を上げています。この方針は継続します。
けれども、先日発表した京都駅前の新しいホテルの建設のように、当社敷地に限らず、新たに不動産を取得するような計画も進めています。ただし非鉄道事業に数値目標は定めておりません。連結決算の営業収益にある程度の割合がある。この割合を伸ばしていく余地はあると思っています。不動産についても京都などのお話をしまして、いまのところ数字では申し上げられないけれども、方向としては伸ばしていきたい。
グループの再編があるかについては、現時点でお知らせできることはありません。しかし、選択肢のひとつとして考えていきたい。新しいことに挑戦しますので、人材の面でも中途採用など、我々にない経験をお持ちの方に参加していただくとか、さまざまな形で取り組んで参りたいと思います。
■質疑応答から - 業務改革について
営業費用がだいたい8,000億円のところ、このうち800億円を10年、15年かけて減らしていく計画です。2022年度の着地、2023年度の着地見込みについては決算発表でお示しできると思います。単純に年間80億円というものではなく、業務改革はものすごくたくさんある項目の積み重ねです。ここのスケジュール感は全部違います。早くできるものもあれば10年かかるものもあります。これをだんだん800億円に近づけていく。スケジュールについてお示しできかねますが、できるだけ早く成果に結びつけたいと思います。
■質疑応答から - 海外の事業展開について
弊社の海外事業は、台湾の新幹線、それからアメリカですね。テキサス州のダラスとヒューストン間で東海道新幹線型のプロジェクトを支援しています。それからリニア方式はアメリカの北東回廊を結ぶ路線で導入できないか、というプロモーションの段階です。従来から続く海外の取組みには、引き続き社長として推進して参りたいと思います。
ただし、これらのプロジェクトは直接的に収益を上げるためのプロジェクトという位置づけではありません。これらは車両や設備のメーカーのほうで主体的にやっていただく形になります。当社としてはメンテナンスとか人材協力の面でお手伝いをします。
私どもが利益を得るというより、日本のメーカーさんが海外へ事業展開しサービスを広げる。そのスケールメリットが出たところで、間接的に当社にメリットがあるかもしれない。海外の事業をお手伝いすることで、我々自身も勉強になることがあります。教育訓練で派遣した社員が経験を蓄えて帰ってくることもありましょう。海外の鉄道システムに学ぶことがあるかもしれません。そういった面も享受したいということで進めて参ります。
■質疑応答から - 鉄道の将来像について
もっと安全に、もっと快適にというテーマで、とくに重要だと思う要素はICTです。メンテナンスをより安全にしていくという意味で、画像認識、センサリングなどの技術を活用する。そしてビッグデータの活用です。たとえば新幹線車両が運行しているときのいろんなデータを監視しています。そこでなにか予兆があれば予防的に対策できます。
もうひとつは人材育成です。ICTを使うと人間の担当領域が変わってくる。人間がマニュアルでやっていたものをICTでやれるとなると、人間は経験も大事ですが、ビッグデータをどうやって分析していくのか、何が重要な情報か、テーマを設定する。そういう人材を確保していく。
たとえば駅で、窓口できっぷを売る形がネット販売に交替した後、人間が何をするかというと、お客様にコンサル的な高度なご案内ができるようなサービスになる。そういった人材を育成していきます。
■質疑応答から - 在来線について
コロナ禍で全国的に鉄道全体が影響を受けたこともあり、在来線、とくにローカル線は、とくにクローズアップされているということは承知しています。JR他社の取組みも承知しています。JR東海に関して申し上げますと、現時点でローカル線を廃止にするとか、バス路線に転換していく対象路線はございません。
私どもはローカル線が少ないという事情もあります。しかし道路整備が進んだり、沿線の人口が減ってきたりという現実があるわけです。コロナ禍の影響もありました。厳しい状況です。ただ現時点では引き続き知恵を絞って、収入を少しでも確保していきたい。なによりも安全を最優先にしていくという方針になります。
会見と質疑応答の要旨はここまで。長くなってしまったが、記者会見の開始から終了まで約100分。すべての記者の挙手が終わるまで続けられた。時間で区切らず丁寧な対応だった。
本誌記事「JR東海、新社長はトランぺッター - 新たな『会社の指揮者』に期待」(2023年1月25日掲載)で予想した通り、丹羽新社長は柔和な印象だった。そして、しなやかながらも芯がある人物と感じた。JR他社の人脈も興味深く、「平成元年組」によるJR各社の一層の発展も期待したい。
なお、リニア中央新幹線の静岡工区について、この記者会見の6日後、4月12日に丹羽社長が静岡県庁を訪問し、川勝知事と面会した。冒頭以外は非公開とのことで、「リニア中央新幹線工事の話し合いか」と報じたメディアも見受けられた。しかし、この記者会見から察するに、「ご挨拶」にとどまったと思われる。新幹線沿線、リニア工事沿線の首長訪問のひとつだろうと筆者は考えている。
ビジネスや交渉事において、「ご挨拶」は相手の人となりや間合いを知ること。いわば「索敵」であり、この段階で手持ちの交渉カードを見せることはしない。報道メディアが「県知事と会えばすなわちリニア交渉だ」としたい気持ちはわかるが、急いては事を仕損ずる。今後、丹羽氏はしなやかに、そして強靱な交渉力を発揮するだろう。