庵野秀明脚本・監督作品『シン・仮面ライダー』は、原点というべきテレビシリーズ『仮面ライダー』(1971~1973年)と原作者である“萬画家”石ノ森章太郎の漫画版(ぼくらマガジン~少年マガジン連載)への猛烈なオマージュとリスペクトに溢れた映画である。

※本稿はネタバレほぼなしで解説しておりますが、作品をまだご覧になっていない方、まったく予備知識なしで見たいという方はご注意ください。

ちなみに「原作漫画」ではなく「漫画版」と表記したのには明確な理由がある。石ノ森章太郎氏は『仮面ライダー』テレビシリーズに企画段階から携わり、主役である仮面ライダーをはじめショッカー怪人のビジュアル・イメージを創り上げているが、テレビより先に『仮面ライダー』という漫画作品があったわけではなかった。テレビシリーズの製作とほぼ同時に漫画連載がスタートし、漫画のほうはテレビの設定を用いながら、石ノ森氏のオリジナリティに重きを置くスタイルで進められた。やがてテレビでは主人公の仮面ライダー/本郷猛(演:藤岡弘、)が撮影中の事故で重傷を負い、緊急降板する重大なアクシデントが勃発。そして仮面ライダー/一文字隼人(演:佐々木剛)を新たな主役に迎えて再スタートするが、この一連の出来事を受ける形で、石ノ森漫画版でも「本郷猛と一文字隼人の主役交代エピソード」が作られている。

映画『シン・仮面ライダー』では、随所にテレビシリーズ初期エピソードを意識したキャラクターアクションや、石ノ森漫画版で印象に残るセリフが用いられ、庵野監督の果てしない『仮面ライダー』への愛情を感じ取ることができる。池松壮亮が演じる仮面ライダー/本郷猛、そして柄本佑が演じる仮面ライダー第2号/一文字隼人が、なぜ「仮面」を被り、強化スーツを着ているのかの「科学的説明」もぬかりない。

今回の仮面ライダーの仮面や強化スーツは、50年前のオリジナル仮面ライダーのイメージを大事にしながら、現代的なアレンジが施され、洗練されたヒーローとして再生を果たした。その上で、あえて仮面をオリジナルと同じ「上下分割」方式で作り、演者がセリフをしゃべると顎の部分が動く、というオリジナル『仮面ライダー』と同じギミックを尊重しているのが心憎い。

また、仮面を被った状態では池松や柄本のセリフがこもって聞こえるが、これは『仮面ライダー』よりももっと前、東映「仮面」ヒーローの始祖的存在『七色仮面』(1959~1960年)の七色仮面/蘭光太郎(演:波島進/千葉真一)にも通じる、リアリズム重視の演出が採用されたと考えていいかもしれない。

何より重要なのは、仮面を被った際「後頭部の髪の毛がはみ出している」部分である。オリジナル『仮面ライダー』の本郷猛と一文字隼人が変身した仮面ライダーも、仮面の後ろから髪の毛が見えていた。後半になるとタイツ地の“下面”を着けてから仮面を被るスタイルが定着し、後頭部がスッキリするのだが、前半エピソードでは髪の毛が見えることで、劇中の本郷や一文字が「物理的に」仮面を被っているんだなというイメージを視聴者に与え、仮面ライダーのヒーロー像に凄みとリアリティをもたらしていたようにも思えた。

映画での池松も、ちょっと長すぎるのではないかと思えるくらい襟足が伸びていて、仮面を被ると正面からでもハネた髪が際立ち、これが『シン・仮面ライダー』のビジュアル面の特徴~チャームポイントとして印象付けられた。映画では、実際に池松が仮面ライダー、柄本が仮面ライダー第2号の仮面とスーツを身に着けて演技やアクションをするシーンが多くあったという。これもオリジナル『仮面ライダー』初期エピソードで藤岡が実際に仮面ライダーのスーツアクションにチャレンジしていたことと重なって見える。

仮面ライダーとクモオーグ&下級構成員との戦いでは、『仮面ライダー』第1話「怪奇蜘蛛男」と同じロケ地(小河内ダム)で行われたほか、構成員がスティックを手にしてズラリと横並びし、仮面ライダーを迎え撃つなどアクションの段取りも原点に忠実にコピーされ、かつてテレビ本放送や再放送、ビデオソフト、DVDなどで仮面ライダーを観ていたファンを喜ばせた。また、仮面ライダーの愛車サイクロン号が、常用タイプからフルカウルタイプへと変形していくシークエンスも、オリジナルのケレン味を尊重しつつ、より洗練された映像にグレードアップされている。

大型トラックの正面に記された「三栄土木」(オリジナル仮面ライダーの撮影に使われた造成地の俗称)の文字や、緑川ルリ子(演:浜辺美波)の元親友・ハチオーグ(演:西野七瀬)の昔の名前「ひろみ」(オリジナル仮面ライダーにおけるルリ子の親友)といった細かなネタも各所に詰まっているので、濃い『仮面ライダー』ファンが2人以上で映画を観に行けば、あれもこれもと語りたくなるのは間違いない。細部のディテールにまで、庵野監督による『仮面ライダー』愛が詰め込まれた映画、それが『シン・仮面ライダー』だといえる。

  • 朝日ソノラマ・サンコミックス『仮面ライダー』1~4巻(著者私物)

庵野監督は製作発表会見の席で、『仮面ライダー』の永遠の魅力として「アクション、音楽、効果音」の3つの要素を挙げた。この言葉どおり、『シン・仮面ライダー』ではオリジナル『仮面ライダー』で強烈なインパクトを残した「大野剣友会メンバーによる仮面ライダーと怪人との生死をかけた戦闘シーン(の再現)」「菊池俊輔氏による“ヒーローの勇ましさ”“怪人の恐怖”を盛り上げる音楽」「映広音響が作成した“リアル”を超えた効果音」を映画の各所に配置し、仮面ライダーファンの魂をふるわせた。

特に効果音は、『キャプテンウルトラ』(1967年)や『ジャイアントロボ』(1967~1968年)といった東映東京制作所の特撮テレビ作品の流れを汲む独特な響きがあり「仮面ライダーのポーズにはこの音でないと」「オートバイのエンジンをふかすときにはこの音、そしてブレーキをかけるときはこの音!」というファンの声が聞こえてくるかのように、作品世界を彩る「音」を重んじてくれたことが喜ばしかった。

しかし『シン・仮面ライダー』という映画は、庵野監督が自身の『仮面ライダー』愛をかたちにしただけの「リメイク」作品ではなかった。中盤から終盤にかけての衝撃的な展開を経たラストシーンは、年季の入った仮面ライダーファンなら「予想の範囲内」と思える一方で「まさかこうなるとは」という驚きをも持ち合わせていた。

ここまでつらつらと「仮面ライダーのファンだけに伝わるオマージュネタ」を挙げてきてはいたが、別に『シン・仮面ライダー』を楽しむには、オリジナル『仮面ライダー』や石ノ森漫画版を知っておく必要はないと断言できる。むしろ、仮面ライダーという名前と「バイクに乗るヒーロー」くらいの認識しかない人のほうが、作品世界により深く没入し、ストーリーをぞんぶんに楽しむことができるだろう。

庵野監督はまた「50年前に毎週テレビで『仮面ライダー』を楽しんで観ていた人たちに向けても作りたいですし、あのころ生まれていなかった現代の青年や子どもたちが観ても面白いと思えるものを目指しています」とも語っており、『シン・仮面ライダー』のコンセプトをノスタルジーと新しさの「融合」と定めていた。『仮面ライダー』本来の旨味を残しつつ、新たな調味料を加え、途方もない手間と時間をかけて緻密に作り上げた映画『シン・仮面ライダー』。濃厚な仮面ライダーファンの方も、ぜんぜん仮面ライダーのことを知らない方も、思いっきり楽しもうではないか。

(C)石森プロ・東映/2023「シン・仮面ライダー」製作委員会