一昔前、"残業上等!""結婚退職当たり前!"だったアノ業界やコノ業界が今、積極的に働き方改革や女性活躍推進に取り組んでいます。

ワークライフバランスの充実度を採用上のストロングポイントとしてアピールする企業も増えており、就活生が入社したい会社を選択する基準の上位に"働きやすさ"が挙げられるようになりました。

プライベートの充実が個人のモチベーションと生産性を上げ、会社組織の持続可能は発展の原動力となる。そんな事実が「業界をまたいだ共通認識」となってきたと言えるでしょう。

この1~2年間はその流れがさらに加速。目に見えて「男性育休」を推進する企業が目立つようになっています。就職サイトに掲載する記事の企業取材でも、産後数日間の男性育休は当たり前。数週間から数ケ月、ときに1年にわたる長期の育休を取るという声も聞こえてきました。

男性育休取得率が3年で52%から76.9%に増加

取材中の肌感覚で「多くなってるよな?」と思っていたのですが、先日、男性育休が勢いを増して広がっているとの裏付けが取れるデータが、厚生労働省「イクメンプロジェクト」、ワーク・ライフバランス、フローレンスの3組織によって発表されました。

この3者が国内企業141社の男性育休の実態を調査したところ、2020年度は平均52.0%だった育休取得率が、2022年度には平均76.9%に増加しているのが判明したのです。

  • 厚生労働省「イクメンプロジェクト」、ワーク・ライフバランス、フローレンスによる「男性育休推進企業実態調査2022」記者会見

比較的取り組みに積極的な企業に絞った調査ではあるものの、2022年4月に育児・介護休業法が改正されたのを受けて、産後パパ育休などのさまざまな制度改正が行われたのが後押しになった結果でもあるので、調査対象企業以外でもある程度の底上げがなされているのが想像できます。

仕事の属人化を解消して、働き方改革を推進するのが先決

そもそも男性育休が取れるというのは、広い意味で働き方改革が実践できている企業である証拠でもあります。実際、今回の調査では、職場全体の働き方改革が進んでいる企業では、下表のように男性育休の取得日数が2倍に達していました。

  • 提供:厚生労働省「イクメンプロジェクト」

働き方改革と一口に言ってもさまざまな要素が絡み合って成り立っていますが、重要なのは仕事の属人化を防ぎ、誰かが休んでも周りがサポートする体制が整えられていることにあると、記者会見でワーク・ライフバランス 代表取締役社長の小室淑恵さんは指摘していました。

「普段から『あの人しかできない!』ような仕事、特定の人に情報が偏っている仕組みを改善すれば、育休を取得したい人のみならず、独身の人も含めて休暇が取得できるようになるはず。仕事のパス回しが美しく、お互い様の風土のある職場を作るのが重要です」(小室さん)

  • 「仕事の属人化の解消が大切」と言う小室さん

仕事の属人化解消が、すべての人にとって働きやすい職場づくりのキーワードとなるのです。男性育休の充実度を企業選びの軸にする――今後、そんな就活生も増えていくことでしょうが、社内連携やチームワークといった切り口でも研究して行くと、真の意味で働きやすい場所が見出しやすくなるはずです。

取得率が高くても、取得日数が伸び悩むことも

ただし、会見では男性育休に関して盲点となる数字があるとも指摘されていました。男性育休の"取得率"と"日数"の違いです。

今回の発表では確かに取得率は上がったものの、取得日数という言う意味では下表のように40日前後と3年にわたって変化がありません。

  • 提供:厚生労働省「イクメンプロジェクト」

取得率100%と回答した企業でも、取得日数では数日に留まるケースも見受けられました。法律に定められた取得率を守るために、数日間だけ"取るだけ育休"に留まっている。そんな実態も浮き彫りになったのです。

「数日だけでも休めればいいんじゃないの?」なんて軽く考える人もいるでしょうが、それは大きな間違い。男性育休の日数が少ないと、赤ちゃんとお母さんが命の危険に晒されてしまう可能性が高くなるといいます。

産後うつから妻を救うためにも、最低でも1ケ月は休みたい

現代社会では医療の発達によって、出産それ自体で母子が命を落とすケースは、ゼロではないものの、かなり少なくなってはきています。

その代わり産後に命を落とすお母さんの死因1位となっているのが、産後うつによる自殺です。出産後のホルモンのバラスの崩れによって気分が沈み、うつ症状となってしまう女性は全体の10~20%おり、その中には悩んだ末に命を絶ってしまう人がいるのです。

産後うつのピークは生後2週間から1ケ月がピークだと言われています。たった数日の男性育休では、心が落ち込んでしまっている女性を支えるのは不可能。

会見でも最低は1ケ月以上を取ってほしいと指摘がありました。妻と子供の命を守るのが男性育休を取った者の使命であり、取得日数を増やすべきだとの認識は、社会全体で共有すべきところでしょう。

明るい話をすれば、男性育休によって思わぬ副産物ももたらされています。5年連続で男性育休取得率100%を達成した新潟の企業では、従業員の家庭で生まれた子どもの数が約5年で4.5倍に増加。

また、岩手県の企業でも2年連続して取得率100%となった後、生まれる子どもの数が4倍となっています。男性が育児に参加して負担が軽減されれば、女性も次の子を産みたいと思えるということでしょう。少子化問題の解消の一助に、男性育休が位置付けられるようになるのかもしれません。

育児・介護休業法の改正により、さらなる変化が到来?

男性育休の取得に関して顕著な伸びがあった業界も判明しました。意外に思う人もいるでしょうが、取得日数の増加という意味では建設・不動産・物流業界がトップ。

2020年は平均取得日数8日だったのが、22年には23日と約2.8倍となっています。2024年に労働時間の上限規制が敷かれる予定の業界だけに、やや遅れ気味だった働く環境の整備と並行して男性育休が増えていると予測されるのです。

反対に金融・保険業界は所得率98%と超優秀にもかかわらず、平均取得日数は20年の6日から22年は11日と伸び悩んでいます。どうしても長時間労働が多く、仕事の属人化が見受けられる業界であることが、日数の伸びの鈍化の要因とされています。

ただし、2023年4月には、取得日数の伸びの後押しとなるきっかけとなりそうな取り組みがスタートしました。改正育児・介護休業法により、常時雇用する労働者が1000 人を超える事業主は、男性労働者の育児休業等の取得の状況の公表(年1回)が義務付けられるようになったのです。

罰則等があるわけではありませんが、データとして社会に目にさらされることになるだけに、取り組みが甘い企業は世論からのプレッシャーを受けるのは間違いなしです。

さらには公表データを見て、就活生が何を思うかは、火を見るよりも明らか。働き方改革の浸透の道標となる男性育休が、採用上、ますます重要な意味を持つことになりそうです。