持続可能な農業を実践することで、農業王に選ばれた

長野県中野市で代々果樹農園を営む家に生まれた池田武久さんは、高校卒業後すぐに就農した。現在はブドウの施設栽培を60アール、露地栽培を90アール、ナシ・リンゴを10アールと、計160アールの農地を農業法人として経営している。農業王は全国から寄せられた青色申告決算書をもとに、農業経営の専門家が選出する優良農業経営者の称号で、2022年度は1万3000件の中から池田さんを含め16人が農業王として選ばれている。

農業王は高い利益を生み出す以外にも、「持続可能な農業」という評価点があるが、池田さんは日頃の農業経営でおのずと実践しており、図らずとも農業王の要点を満たしていた。「農業王になりたいと思って今の農業を始めたわけではなく、普段どおりの経営が評価されたんです」と謙遜する池田さんは次のように語った。

「農業経営で大切にしているのは、持続可能な農業をすることです。働く人も長続きして、畑も未来に残せるような耕し方をすることが大事だと思います。畑にはかなりこだわっていて、食品由来の有機肥料を適正量使うことで、土へのダメージを極力避けるようにしています」

池田さんはこれまで、特に休日を定めない働き方をしていた。しかし、家族とのコミュニケーション不足が生じるほか、プライベートの時間が取れないことも多く、これでは長く働くことはできないとの思いから、休日を設定する働き方に変えたという。その結果、家族との時間が取れる上に、気持ちもリフレッシュされ、おいしいものを作るというモチベーションも高まった。

畑を未来に残すため、肥料にもこだわっている。池田さんは、化学肥料を使わず有機肥料のみを使って栽培している。有機肥料のほうが土に与えるダメージが小さいと考えるためだ。有機肥料も一般的に市販されているものではなく、浅井園和堂という有機資材専門店の食品由来肥料を使用するなど、とてもこだわっている。「小さい会社の製品ですが品質の確かな肥料です。社長が様子を見に来てくれることもあるんですよ。手厚いサポートもこの肥料を愛用する決め手になっています」(池田さん)

池田さんが使っている食品由来肥料の成分表

安心安全な農作物を提供するために

農家として利益を追求するだけでなく、おいしくて安心安全な農作物を作るという目的を忘れてはいけないと池田さんは言う。

「自分自身や子どもが食べても安心なものを作るのは絶対です。自分の家族においしいと言ってもらえるものを作り、一番のファンになってもらえなければ、消費者の心には届きません」

池田さんの作ったフルーツは家族や親戚にも甘くておいしいと大好評だ。家族は一番身近なお客さんだと考え、常に良いものを食べてもらえるように注意を払っている。最も気をつけていることは農薬の適正使用だ。池田さんの果樹園では、農薬や肥料、堆肥(たいひ)についても必要最低限の使用を心がけており、むやみに肥料などを使いすぎると畑を駄目にしてしまうという信念のもと、安心安全な農作物を作るため日々努力している。

適正なコストで最高の収益を生み出すために必要なこと

池田さんの農業法人は、持続可能で安定的かつ効率的な農業経営が評価されている。具体的に何を実践することで収益性の高い経営を行うことができるのだろうか。

「考え方は至ってシンプルで、お金をかけるべきところと、節約すべきところをしっかり見極めることに尽きます。省力化や時間の短縮、新しい技術の導入など、利益につながるものには投資を惜しみません。例えば、動噴(動力噴霧器)は除草剤用と農薬散布用で2台用意しています。使うたびにタンクを洗う時間が惜しいですからね。また、新たなブドウの情報があれば時間をかけてでも勉強に行っています。一方で、農機具や人件費など工夫次第でコストを抑えられるところは、無駄遣いをしないように心がけています」

必要なものには投資をするが、無駄な投資はしないという池田さん。仕事で使う軽トラックや刈払機、動噴などの農機具はメンテナンスを欠かさないことで、なるべく長く大切に使うようにしている。減価償却費を抑え、少しでも利益率を高めようという取り組みだ。

また、池田さんは、「農業は家族経営が原風景」という考えのもと、欲張って規模を拡大し過ぎず、自分たちの手が届く範囲で利益をあげることを大切にしている。日々の手入れ作業の人員は家族で賄えるように栽培計画を立てているが、収穫期やジベレリン処理(種無しにするための作業)の時期など繁忙期にはパートを雇うなど、作業量とコストの案分を考えながら農業経営を行っている。

池田さんの圃場(ほじょう)にて(画像提供:ソリマチ株式会社)

コスト削減のためには青色申告の活用も欠かせない。池田さんによれば、「経費の部分をよく見ている」とのこと。農薬代や人件費、光熱費などを昨年と比較し、増えた部分があれば無駄なコストが生じていないか確認しているそうだ。

常に5年先を見据えて行動すること

池田さんは現状に満足せず、新しい取り組みも柔軟に実践している。例えば、高級ブドウとして知られているシャインマスカットの導入も、地域ではいち早く行った。種無しブドウが出回り始めた頃、周辺の農家が拒否感を示すなか、消費者の需要が大きくなるだろうと考え栽培を始めたこともあったという。先見の明を持ってブドウ栽培をしてきた池田さん。一体どういう考えがあって、新しいことに挑戦できたのだろうか。

農業王受賞時の池田さん(画像提供:ソリマチ株式会社)

「常に5年先を考えて行動するんです。消費者がどんなものを求めているのか、どういうことに興味があるのか。常にお客さんの反応を見て、直接声を聞くことで、初めておいしい売れるものができるんです」(池田さん)

作物を作りっぱなしの農業では、5年先を考えることはできない。常に消費者の動向にアンテナを張り、情報収集することが大切だ。皮ごと食べられるブドウのニーズを感じ取り、山梨へ研究に行ったこともあるという。
また、池田さんは「消費者の反応を見るところまでが農業」と考え、イベントなどで直接ブドウを販売し感想を聞いたり、市場関係者と会って意見交換を行ったりすることで、どんな商品が売れるのかリサーチをしている。

地域の子どもたちは、将来の顧客

無駄な投資はしない池田さんだが、地域貢献は身を切ってでも行うという。池田さんが農業を営んでいる中野市は、かつて巨峰の生産が日本一だったこともあり、農業が盛んな地域だ。だが、地域の子どもたちに農業が浸透しているわけではなく、食育の必要性を常々感じていたという。子どもたちに農業の魅力や喜びを教えたいと考えた池田さんは、地元小学生や親子に向けた“ブドウの傘かけ体験”(実の保護のため房ごとに紙の傘をかける体験)を行った。さらに、収穫したブドウを給食に提供し、格安販売も実施。記憶に残る農業体験を心がけたという。

目先の儲けとは切り離し、惜しみなく自腹を切る。一見すると、金銭的には池田さんが損をしているようにも見える。だが池田さんは「子どもは一家の購買意欲を動かす原動力になる」と考える。子どもたちが親や祖父母にブドウのことを伝えれば、その家族が新たな客になる可能性がある。さらには、子どもたちから次世代の農家が生まれるかもしれない。

「おいしかった、という思いが、いつか作ってみたいにつながれば食育として成功です。農家にならなくても、将来はお客さんになるかもしれない。だから、子どもの食育への投資は、未来への投資になるんです」

池田さんの優れた営農力の裏には、持続可能な農業という軸、常に5年先を見据える視点に加えて、地域の未来に投資を惜しまないボランティア精神があった。地域社会に生きる農家として、池田さんの考え方に学ぶべき点は多いと言えるだろう。

「農業王 アグリエーション・アワード」とは?

 
ソリマチ株式会社 A&I営業本部 農業情報営業部 東京本部 尾中隆之(おなか・たかゆき)さん

◯農業王 アグリエーション・アワード実施の経緯と背景は?
約10万件の農業会計データと関わるソリマチ株式会社と、農業会計データ分析のノウハウを持つ農業利益創造研究所では、日本農業の発展に寄与するため、持続可能な農家を応援する「農業王 アグリエーション・アワード」を設立しました。

◯選考方法は?
ソリマチのもとに日本全国から寄せられた青色申告書データを、一般社団法人農業利益創造研究所より提供される独自スコアリング技術を用いて分析し、持続可能性が高い利益創造を実践する農業経営者を農学博士・学識経験者等で構成する委員会によって決定します。

◯選考基準は?
経営の規模を問わず、青色申告決算書からのスコアリングとヒアリング調査を行い、
・営農類型
・収益性と安全性の高さ
・安全安心な農産物の生産
・地域や社会への貢献度
などを指標に、利益創造と持続可能な農業の実践の観点から優秀な農業経営者を選出します。

◯池田果樹園を選定した理由は?
人気のシャインマスカットを循環型農業で高効率化。小学生への農業体験や地域活性化を推進する、人にも土にも環境にもやさしい経営者であったため。