NTT東日本 埼玉事業部と日本航空(以下、JAL)は、2025年10月~11月にかけ、能登地域での対話・現地体験を通じた実践型企業人材研修を実施した。震災復興の最前線で地域課題に向き合う経験を通じて、企業人材の育成につなげる異例の取り組みだ。人口減少や高齢化が進む日本において、企業はなぜ“地域”で人を育てるのか。その狙いと現場のリアルに迫る。
能登を「地域課題の最前線」と捉える理由、人口減少と震災が重なる現実
2024年1月1日に石川県で発生した能登半島地震は、地域社会に計り知れない被害をもたらした。その復旧・復興の過程において、社会全体が地域課題と真摯に向き合うことを迫られる中で、企業人材もまた、自らの役割や価値創造のあり方を深く考える契機となった。
NTT東日本 埼玉事業部と日本航空(以下、JAL)が共同で実施した研修「企業人材が地域課題に主体的に向き合う力を養う人材育成プログラム」は、能登地域をフィールドとして、マネージャー層の人材育成と地域復興支援を両立させる取り組みだ。その背景と意義について、NTT東日本とJALにお話を伺った。
始まりは、JALの上入佐慶太氏が、能登地域で関係人口創出に取り組んでいたことにある。
「能登地域は地震の前から5年で約1割人口が減り、高齢化率が5%高まるという少子高齢化の問題を抱えていました。人口減少率や高齢化率の上昇は東北をはじめ他の地域でも同様のペースで起こっていますが、能登地域はそれに加えて能登半島地震により多くの住民が流出し、一気に20年後、30年後の人口構成が来てしまっている状況です。いわば地域課題先進地域と言えるでしょう」(JAL 上入佐氏)
現在、上入佐氏はJALの社内ベンチャー「W-PIT」において能登復興事業統括を務めている。同氏は、「能登で起きることは、他の地域でも起きること」「いま能登で学ぶことは、現代のビジネスパーソンが学ぶべきこと」と強調する。
JALグループが関係人口創出に取り組むなか、上入佐氏が運営する関係人口創出プラットフォームのコンソーシアムでは、関係人口をめぐる知見や実践の共有が重ねられてきた。NTT東日本 埼玉南支店長の霜鳥正隆氏も、そうした場を通じて上入佐氏と出会い、以降、勉強会などで情報共有や意見交換を続けてきた。
そうした関係性の中で能登半島地震が発生し、NTT東日本 埼玉南支店長の霜鳥正隆氏は、上入佐氏が被災地・能登半島で復旧・復興に向けて取り組む状況を継続的に目の当たりにしてきた。今回、霜鳥氏がNTT東日本-関信越で実施されている研修「関信越College」の内容を検討するにあたり、能登をフィールドとした企業研修が実施できないかを上入佐氏に相談したことをきっかけに、企画が立ち上がった。
今回のプログラムは、NTT東日本-関信越で半年間実施された研修「関信越College」の一部だという。霜鳥氏は、その目的を「マネージャー層が地域課題の現場に直接身を置いて、正解のない課題に向き合いながら、自分で問いを立てて行動を構想する力を養うこと」と話す。
「このプログラムの特徴は2つあります。1つは行政や中間支援組織、地域事業者、住民のみなさまとの対話を通じて地域課題の構造を理解すること。もう1つは、共創のマインドを醸成することで自社リソースを再定義し、社会的価値創出に向けた振り返りと行動設計を段階的に深めていく構成にしていることです」(NTT東日本 霜鳥氏)
プログラムを設計したのは、JAL、JALと学生の学びのプラットフォームを提供するウニベルだ。開発方針は、企業が何を学ばせたいかではなく、地域の現場で何が起きているのか、参加者がどういった瞬間に心が動かされるのかを起点とし、体験と対話と内省の流れを組み立てることにあった。また、ウニベルは、今回の研修でプログラムへ大学生が参加するアレンジについても担った。
NTT東日本とJALが実施したワークショップとは?現地体験と対話で課題を学ぶ
こうして、JALとウニベルが震災復興の最前線である石川県能登地域の現地調整を行い、2025年11月11~13日の3日間にわたってNTT東日本-関信越のマネージャー15名が現地を訪問した。
NTT東日本 埼玉事業部 企画総務部 担当課長の高見美由貴氏、NTT東日本 埼玉南支店 ビジネスイノベーション部 担当課長の栗本靖子氏は、実際に行われた5つのプログラムを振り返り、それぞれの様子を伝える。
1日目:ケロンの小さな村:里山整備体験
1日目の日程は里山整備体験。実際に里山整備を体験することで、自然とともに生きる知恵に触れることが目的だ。震災や水害の影響が多く残る里山で、自然の力で土砂流出を防ぐ丸太筋工などに関わり、災害で弱った里山の再生を促した。
「関信越の広いエリアから集まったメンバーであり、業務もさまざまなのですが、初日に里山整備体験で同じ作業をすることで、チームビルディングにもなり、一体感が生まれました。印象的だったのは、『手伝ってくれてありがとうと言われて、こちらこそありがとうなんだけれど、こんな体験ができるならもっとみんなここに来ればいいのにという気持ちになりました』という参加者の感想でした」」(NTT東日本 高見氏)
2日目・前半:能登町 灰谷さんの講話
2日目前半は、能登町役場の復興推進課に務める灰谷貴光氏が、行政視点での復興について話した。震災時のリアルな体験談や、震災後に役場に押し寄せた課題の対処や混乱について聞きながら、「“復興”とはどのような状態を指すのか?」という問いについて考えを巡らせた。
今回は、研修という第三者の立場で能登地域を訪れたからこそ聞くことができた苦労話もあったという。
今回の能登半島地震に際し、NTT東日本は東日本エリアから簡易型シャワー「WOTA BOX」を支援物資として被災地へ送付したが、当時は使い方の説明や水の手配が十分に行き届かず、機器のみが現地に届く形となったケースもあったという。そのため、能登町では当初、活用にあたって大きな苦労があった。
被災地の状況は想像以上に混乱しており、防災に事業として関わる立場としても、物資を送るだけではなく、現場での運用や支援体制まで含めたオペレーションを設計することの重要性を改めて考えさせられた。今後の支援物資の在り方を検討する上で、非常に貴重な示唆を与える意見である。
2日目・中盤:JAL 上入佐さんの講話&ワーク
2日目中盤は、JALで能登復興事業の統括を務めている上入佐慶太氏が、個人の活動および民間企業の活動について講話を行った。同氏はJALのシンクタンク「JAL航空みらいラボ」の調査研究員でもあり、震災前から関係人口創出の取り組みのために能登と関わっており、震災を経た地域社会に対し、どのように民間企業が支援や活動を行うべきか考えを述べた。
「上入佐さんはずっと帯同してくださって、食事時には『なぜ自分が関わるようになったのか』を語ってくれました」と高見氏が説明すると、上入佐氏は「ちょうど震災の2~3カ月前にワーケーションで能登町に来て、みなさんのように里山整備のお手伝いをしていたんです。その矢先に、コーディネートしてくれた方が被災され、気がついたら能登に行っていました」と自身の体験を語った。
2日目・後半:CとH 伊藤さんの講話&ワーク
2日目の後半は、コワーキングスペース「OKNO to Bridge (奥能登ブリッジ)」を運営する会社「CとH」の伊藤紗恵氏が、奥能登の現状と中間支援の役割について語る。資金・人材のリソース不足が発生しているなかで、支援を事業化・持続することの難しさについて触れ、同時にインターン中の大学生から現地で働くことに対する生の声を聞いた。
「『自分が必要とされている』と感じた大学生の方の中には、半年~1年以上居るという方もいて、“自分が親だったら『いいよ』と言えるかな?”と考えたりもしました。一方で、宿泊施設やワーケーション施設がもう少し整備されて、出張しやすい環境ができると、企業がもっと長期間滞在できるのではないかという提案もありました」(NTT東日本 栗本氏)
3日目:金丸商店 小川さんの講話&ワーク
3日目は、能登町で大正7年から3代にわたり事業を営んでいる小川勝則氏が、古民家を利用した宿泊ビジネスを成立させるために必要な資金集めや事業アイディアを募るワークが実施された。能登町を知るために地元の祭事「あばれ祭り」が行われる八坂神社を見学し、神事や継承への想いが語られるとともに、研修生らが3日間の総括を発表した。
「小川さんのグループワークでは、1000万円の利益を出すためにどういう事業運営ができるかを考えました。男性陣はお祭りに非常に感銘を受けており、また行くならこの祭りを見てみたいという感想を述べていました」(NTT東日本 栗本氏)
「小川さんは能登町の宇出津で生まれ育ち、役場職員として活動しながら、事業を通して能登らしい暮らしを実現するために金丸商店継承された方です。『やるしかないんです』という心からの声を聞いたときに、居ても立ってもいられなくなって、自分も一緒にアイデアを考えて発表させてもらいました」(NTT東日本 霜鳥氏)
現場体験で何が変わったのか 参加マネージャーの気づき
参加したマネージャーのみなさんは、テレビや新聞等だけでは到底知ることができないリアルな現状について触れるとともに、そこで暮らす人々の“人間的な優しさ”、“地元への愛”、“復興に向けた熱い思い”などの強いメッセージを感じたという。また、研修を通して自身の担当するエリアをどうするか、自社の社員をどう育成するか考えるきっかけになったようだ。
マネージャーのみなさんの生の声をいくつか紹介しておこう。
「地元住民の皆様や大学生との交流は大変刺激的で、自分の考えが大きく変わるきっかけとなった」
「講話では何人も感極まっていた。『これが現場に入り込んだ当事者の感覚か』とギャップを感じ、思わずもらい泣きした」
「小川さんの講話から、使命感を持った人は年齢によらず自ら動き、モチベーションも高いことを学んだ」
「復興は“ゼロに戻す”ではなく、未来に向けて価値を積み上げる創造的な営みであることを学んだ」
「地域通信に携わる者として、災害や人口減少に向き合う際に今回の学びを活かしていきたい」
企業が地域研修に取り組む理由、人材育成と社会価値創出の両立
NTT東日本やJALは、なぜこのような地域における研修運営に取り組んでいるのだろうか。両社の狙いと今後の展望について伺ってみたい。
NTT東日本の霜鳥氏は、「NTT東日本のパーパスは地域循環型社会の共創、ビジョンはSOCIAL INNOVATIONパートナーですが、これを社員やマネージャーが具体的に描けているかというと、実は描けていないのではないかと思っています」と課題を指摘し、ビジョンに対する個々人の答えを探す場所になると考えを述べる。
「現在の不確実性の高い時代においては、個々人がそれぞれビジョンに対する答えを持ち、さらにそれがマネージャーであれば社員を導いていくことが求められます。地域課題が10年前倒しで起きている能登の方々の生活の中で、我々企業はなにができるのかを考える貴重な体験ができる場所でした。これからの会社を引っ張るリーダーとなるようなメンバーの育成に非常に有効だと感じています」(NTT東日本 霜鳥氏)
JALの上入佐氏は、「改めて“都市”と“地方”をつなげることは非常に価値のあることだと再認識できました。今回はそこに大学生という新たな異分子も加わることで、普段自分たちが着ている鎧を脱ぎ捨てて、個人の意思がぶつかり合う現場を創り出すことができました。都市と地方それぞれの価値観をかきまぜることで、価値観の再配置やアップデートを起こすことができたと思っています」とプログラムを振り返る。
今回のプログラムは、能登と関わりのあった上入佐氏の復興にかける熱い思いに対し、霜鳥氏が志をともにしたことで実現した。いわば個人の思いからムーブメントが広まっていった形だ。
「これまで民間企業の支援の多くは事業ありきでした。しかし、現代の大企業には『社会的な意義を重要視したうえで自社の利益につなげる』というマインドシフトが求められていると感じます。それは多分、JALだけではできないので、今後もNTTグループさんをはじめ、多くの企業さんと手を取り合って取り組んでいきたいと思っています」(JAL 上入佐氏)
ビジネスは合理的に利益を求めていくものであり、ソーシャルビジネスはなかなか利益を上げにくい。だが、少子高齢化と過疎化という大きな課題を抱える日本では、その非効率な領域で付加価値を創造していかなければ、成り立たなくなっていくだろう。能登地方は、将来の日本の姿を先取りしており、ここで得られる教訓は大きい。
「今回は支社単位での研修となりましたが、今後はNTTグループ内にも波及させたいと思っています。さらに当社の活動を社会に発信することで、他の企業さまにも地域との関わり方のなかで人を育成する取り組みを広げていければと思っています」(NTT東日本 霜鳥氏)
「“社会的価値”なんて言うと構えてしまうかもしれませんが、能登での活動は楽しいですし、食べ物もおいしいです。復興を個人の意思で楽しみながら、個人の意思を実現するっていうことが大切だと思っています。まだだれも正解がわからない世界に挑むわけですので、結果的に付加価値を創造する力が養われるのかなとも感じます」(JAL 上入佐氏)
体験型研修は人材育成にどう効くのか?JALとNTTが進める研究
今回のプログラムは、JALのシンクタンク「JAL航空みらいラボ」およびNTT東日本のシンクタンク「地域循環型ミライ研究所」における研究対象ともなっている。
体験型研修による人材育成効果や地域貢献を分析し、体験を通じてどのような内面的変容や地域参画意欲が生まれたか、次世代リーダー育成に寄与するか、そして関係人口の創出にどのように影響するかを考察しているので、興味のある方はご一読いただきたい。












