マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の金融政策について解説していただきます。


昨春以降、中央銀行はインフレを抑制するためにかなり思い切った利上げを続けてきました。昨年終盤には、インフレがピークを超えたとの見方が強まり、中央銀行の利上げも最終局面ではないかとの観測が台頭。ただ、今年3月に入ると、景気が懸念したほど悪化せず、一方でインフレが期待したほどには鈍化しなかったため、再び利上げ観測が強まる展開でした。

これは主に米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)について解説したものですが、日銀や一部の中央銀行を除いて、大なり小なり多くの中央銀行にあてはまるストーリーでしょう。

米銀の破たんと当局の対応

もっとも、足もとでそうした金融政策の見方は大きく変化しています。きっかけは、3月10日に米国のシリコンバレー銀行(SVB)が経営破たんしたことです。その2日後にはニューヨーク州のシグネチャー銀行が監督局から事業停止措置を受けました。それらに先立つ8日にはシルバーゲート・キャピタルが銀行業務の清算を発表していました。

12日が日曜日だったにもかかわらず、財務省、FRB、FDIC(連邦預金保険公社)は共同声明を発表。SVBやシグネチャー銀行の全ての預金を保護するなどとし(通常は25万ドルが保護の上限)、銀行システムの健全性維持のために全力を尽くすと表明しました。さらに、12日にはFRBが銀行の資金繰りを支援するための新しいプログラム(BTFP)を創設しました。また、13日にはバイデン大統領が演説し、銀行システムが安全であることを強調、国民に平静を呼びかけました。

欧州に飛び火!?

米当局の迅速な対応によって金融市場はいったん落ち着きを見せ始めました。しかし、15日には欧州に金融不安が飛び火しました。スイスの金融大手クレディ・スイス・グループ(以下、クレディ・スイス)の株価が売り込まれ、1日で一時30%超下落したのです。直接のきっかけは、経営難のクレディ・スイスについて、筆頭株主が追加出資の可能性を否定したことです。これに連れる形で欧州の金融株が売り込まれました。そして、SNB(スイス中央銀行)は「必要であれば、流動性を提供する」との声明を出し、即座に支援に乗り出しました。

金融不安の背景

米国の事例も欧州の事例も、必ずしも多くの金融機関に共通する問題とは言えない面もあります。シリコンバレー銀行はIT企業向け融資に特色があり、シグネチャー銀行は暗号資産(仮想通貨)に関連した取引が大きかったようです。いずれも、昨年来のIT企業の不振や暗号資産の相場下落に直撃されました。また、クレディ・スイスは破たんした新興ファンドへの過大な投資などスキャンダルが続出しており、株価は21年2月につけたコロナ・ショック後の高値からシリコンバレー銀行の破たん直前までに約8割も下落していました。

もっとも、足もとの金融不安の底流には、(日本などを除く)主要中央銀行がインフレ退治のために大幅な利上げを続けてきたことがあります。それによって保有債券に巨額の損失が発生したのです(金利の上昇=債券価格の下落)。また、多くの国でイールドカーブ(利回り曲線)が逆転したことが金融機関の収益に打撃を与えました。中央銀行の政策金利に直結した短期金利が、金融市場で決定される長期金利を上回ったという意味です。金融機関の伝統的なビジネスは、預金など短期の資金を調達して、融資や投資といった比較的期間の長い運用を行うことで利益を生みだします。しかし、イールドカーブが逆転すると、調達コストが運用利益を上回ってしまうのです。

中央銀行の対応は?

中央銀行にとって状況は非常に厄介です。根強いインフレを抑制するためには追加利上げが必要だと判断しても、金融不安を煽ったり、深刻化させたりしかねない利上げには慎重にならざるを得ないからです。

3月16日のECB(欧州中央銀行)の理事会は、0.25%の利上げとの市場予想もあったなかで、0.50%の利上げを決定しました。直後の記者会見でラガルド総裁は、「ベースライン(のシナリオ)が確認されれば、さらにやることがある」と述べ、追加利上げを示唆しました。また、「(リーマンショック当時と比較して)銀行セクターは健全だ」としたうえで、金融政策は金融安定化策と一線を画すべきであり、後者については「(政策金利以外の)別のツールを持っている」と説明しました。

もっとも、ラガルド総裁は「現時点で先行きの政策金利について判断するのは不可能だ」とも述べました。2月の理事会の声明では、3月に0.50%の利上げを実施することが予告されていましたが、今回の声明からはそうしたフォワードガイダンス(先行きの方針)は削除されました。

3月21-22日にはFRBが金融政策を決定するFOMC(連邦公開市場員会)が開催されます。そこでは当面(次回5月2-3日のFOMCまで)の金融政策が決定され、フォワードガイダンスも示されるはずです。また、3カ月に一度の経済・金融見通しが公表されます。そこではFOMCに参加する19人の関係者が25年末までにどのような政策金利の軌道を予想しているかを示す、いわゆる「ドット・プロット」に市場が注目しています。

いずれにせよ、今後の経済情勢や金融市場の動向によって、各中央銀行の金融政策の見通しは目まぐるしく変化する可能性があります。投資家は、ちょっと目を離した隙に「置いてけぼり」にならないように注意する必要がありそうです。