東京都と品川区は、東急大井町線戸越公園駅付近の連続立体交差化計画について、素案を発表した。わずか0.9kmの区間で踏切6カ所を除却する。どの踏切も道が細く、6カ所中5カ所は一方通行路で幹線道路はない。しかし歩行者・自動車の通行量が多く、大井町線の増発によって閉鎖時間が長くなっている。ピーク時間における踏切遮断時間は40分を超えるという。

  • 東急大井町線(オレンジ色)と立体交差区間(赤枠)。地理院地図を加工

すべての踏切が、踏切道改良促進法にもとづく「改良すべき踏切道」として、国土交通大臣によって指定されている。国土交通省の事業評価によると、費用便益分析結果は1.4とのことで、投資効果の高い事業に。立体交差化を計画している区間は、すでに立体交差区間となっている中延駅付近と下神明駅付近を結ぶことになる。

立体交差化にあたり、高架方式と地下方式が検討された。高架方式はすべての踏切を除却できるが、6カ所のうち両端の2カ所は勾配区間になるため、道路に高さ制限がかかる。その場合も制限高3.8m以上を確保し、救急車やバスの通行を確保する。事業費は約240億円。事業期間は11年と試算された。

一方、地下方式は勾配区間が掘割となるため、中延駅側の踏切3カ所が通行止めになってしまう。事業費は約320億円。事業期間は13年と試算された。住宅密集地のため、救急車が通れない方式は困る。そこで高架方式が採用された。

現在、戸越公園駅は対向式ホームだが、高架工事完成後は島式ホームになる。線路の勾配区間を避けて駅部分を水平に保つため、ホームの位置を中延駅側に30m移動する。電車1両と半分の長さだ。改札口の位置は現在と変わらないとのこと。駅前に交通広場を設置し、タクシーのりばやマイカーの送迎場所を設置する。

  • 地理院地図と品川区資料をもとに作成。赤線が立体交差する区間。黒丸で示した6カ所の踏切を立体交差化する。戸越公園駅は島式ホームとし、北側に交通広場(駅前広場 / オレンジ色)を設置する。商店街のある道路(水色)は「東京都補助第29号線計画」があり、拡幅して2車線歩道付き道路になる。北側の道路(青色)は補助第26号線で、この地区の区間は開通済み。この2つの道路は火災延焼防止の役割もある

交通広場の取付道路は現在の商店街「とごし公園通り」になる。この道路は東京都の「補助第29号線」として整備する計画があり、拡幅を予定している。一方通行の解消が見込まれるだけでなく、コミュニティバスが交通広場を発着できるかもしれない。

■戸越公園駅周辺は便利な地域だが改善点も多い

この立体交差化計画は周辺の街ごと作り替えるプロジェクトと連携して実施される。

東急大井町線はJR京浜東北線の大井町駅を起点とし、二子玉川駅に至る10.4kmの路線。ほとんどの列車が二子玉川駅から田園都市線に乗り入れ、溝の口駅まで運転される。大井町線の急行はさらに先の長津田駅・中央林間駅へ向かう。地元の生活路線としてだけでなく、ニュータウンの多摩田園都市と都心を結ぶネットワーク機能も担っている。途中の中延駅で都営浅草線に乗り換えられるほか、旗の台駅で池上線、大岡山駅で目黒線、自由が丘駅で東横線と接続。大井町線は都心と郊外を結ぶ路線をタテにつなぐ役目も持つ。

戸越公園駅は大井町駅から2つ目の駅。隣は中延駅で交通の便が良く、住宅地として人気の地域である。駅から少し離れると、中延駅や下神明駅のほか、JR線の西大井駅、池上線の荏原中延駅も利用可能になる。駅前の「とごし公園通り」は北から宮前商店街、戸越公園中央商店街、ゆたか商店会が連続しており、買い物も便利。駅の南側は再開発によって23階建てタワーマンションの建設が開始され、地域の人気をうかがわせる。

ただし、戸越銀座一帯は「タクシードライバー泣かせ」な地域として知られる。道が細く、一方通行だらけ。行き止まりが多数ある。なぜこうなったかというと、明治時代まで農村だったところを大正時代になってから耕地整理事業によって短冊形の土地に整理されたからだ。

その後、農地として整理された区画に目黒川沿いの町工場が移転。さらに関東大震災の被災者が家を建てた。大井町線の開通によって市街地が無秩序に発展していったが、戸建て住宅や低層アパートが多く、結果として静かな住宅街としても人気になっている。問題は道が細く、車と歩行者の動線が分離されていないところ。木造住宅が密集しているため、火災が起きると広範囲に延焼するおそれもある。

そして踏切が開かない。大井町線では、朝7~8時台に下り・上りでそれぞれ毎時19~20本程度の列車(回送は除く)が運転されている。戸越公園駅は上りホームと下りホームが独立しており、改札内で行き来できない。だから列車に乗る人も踏切で待たされる。断続的とはいえ、40分も閉鎖されると、15分くらい歩いてでも他の駅を使ったほうが良い。健康にも良いし……となってしまう。

このような状況を解決するため、品川区は2015年1月に「戸越公園駅周辺まちづくりビジョン」を策定した。まちづくりの格子として、駅前の都市基盤の整備、駅南北の市街地再開発事業の推進、商店街のにぎわい維持と、広域避難場所である戸越公園一帯周辺の不燃化促進など進めている。駅南側で建設の進む23階建てタワーマンションもこの一環に入る。大井町線の立体交差事業は2016年度に事業候補区間と位置づけている。改正踏切改良促進法と国土交通大臣の指定は、この計画を後押しすることになった。

ただし、これらの計画は既存住戸の移転を伴うため、移転先の確保や補償が難航する可能性もある。大井町線の立体交差は「仮線方式」といって、既存線路の北側に複線分の仮線路をつくる。そのための土地を確保する必要がなる。元の位置の線路が高架になっても、仮線部分のうち線路1つ分(6m)は鉄道付属街路として残るため、この部分は買収する。その他の部分は借地とのことだが、建物を取り壊した後に狭くなった土地を返されても、地主は困るだろう。該当部に1978年竣工、4階建て総戸数18戸のマンションもある。

品川区による説明会のスライドを見ると、付属街路は「高架設備による日陰を緩和するため」「戸越公園駅のアクセスや災害時の避難通路」とされ、歩行者専用になるようだ。災害時の緊急車両通行、高架上の火災に対する消防活動も考慮されているはず。高架線路の橋桁によってふさがれてしまう道路についても付替道路が整備される。短いが、該当部分に数戸の住宅もある。

既存商店街と重なる補助第29号線も、移転交渉が難航しそうに思える。計画している道路の幅は20mで、自動車2車線と両側に自転車道・歩道がある。歩道の地下に共同溝を配置して電線など地中化し、街路樹も整備する計画だという。こうした計画道路の指定地は、建物の建替えに制限があり、道路部分はセットバックという空地をつくる必要がある。観察してみたところ、セットバックされた建物はわずか。「戸越公園駅周辺まちづくりビジョン」に「商店街のにぎわい維持」とあるので、矛盾しない方策が必要になる。これを踏まえ、地元はまちづくり協議会を設立。事業期間は平成26年度~令和7年度(2014年度~2025年度)となっている。

ちなみに、建設中の23階建てタワーマンションも、低層部は商店テナントが入る予定。戸越公園駅周辺で、このような商店と集合住宅の組み合わせが増えていくかもしれない。

■大井町線の踏切改良指定は他に2カ所

ところで、大井町線には他にも国土交通大臣により指定された踏切が2カ所ある。中延駅と荏原町駅のほぼ中間地点にある中延1号踏切と、等々力駅の西側に隣接する等々力1号踏切で、どちらも戸越公園駅周辺より早く、2016(平成28)年に指定された。このうち中延1号踏切に関して、具体的な計画はなく、周辺の住宅密集問題の解消が優先されているようだ。

等々力1号踏切については、東急電鉄が等々力駅周辺を地下化する計画がある。大井町線の輸送力が増強され、2008(平成20)年に急行運転を開始したが、その背景として、田園都市線渋谷方面の混雑を解消するため、大井町線・目黒線へ輸送力を分散する目的があった。現在、上野毛駅に上り急行の通過線があるものの、その前段階では、等々力駅を地下に移して島式ホームを設置し、その両側に急行通過線をつくる計画だった。

しかし、等々力駅付近に地下トンネルをつくった場合、景勝地である等々力渓谷の湧水が遮られるおそれがあるとして、沿線住民による反対運動が起きた。トンネルの下にバイパス水路をつくる案もあったが、計画は事実上の凍結状態にある。現在は東急電鉄の公式サイトにも、中期経営計画にも記載されていない。

戸越公園駅周辺が高架化された後は、中延1号踏切と等々力1号踏切の立体交差化が課題になるだろう。ただし、連続立体交差事業に関して、「幹線道路でピーク時1時間あたり遮断時間40分以上」「生活道路で自動車、軽車両及び歩行者の踏切交通遮断量50,000台(人)時/日以上かつ、軽車両及び歩行者の踏切交通遮断量が20,000台(人)時/日以上の踏切」という定義があり、まだその基準に達していないかもしれない。

等々力1号踏切は「東急の都合で地下化」に反対という側面もあった。「東京都の踏切改良で高架化」だと、反対意見は少ないと思われる。等々力駅は踏切に挟まれているため、長編成の列車が踏切にはみ出して停車している。立体交差化すれば、この問題も解消し、周辺の人々にとっても便利になると思われる。戸越公園駅周辺立体交差工事が、残り2カ所の踏切除却に影響するかもしれない。