安藤サクラ演じる平凡な女性が人生をやり直していく日本テレビ系ドラマ『ブラッシュアップライフ』(毎週日曜22:30~)。“地元系タイムリープ・ヒューマン・コメディー”というキャッチコピーが表すように、心を大きく揺さぶるようなドラマチックな出来事は起きないが、バカリズムの独特な視点がふんだんに盛り込まれた脚本が絶妙なリアル感を描き出し、毎話放送されるたびにTwitterでトレンド入りするなど、反響が集まっている。
『生田家の朝』『住住』『ノンレムの窓』といったドラマでバカリズムとタッグを組んできた日本テレビの小田玲奈プロデューサーに話を聞くと、今作が成立した背景には、GP帯ドラマのセオリーにとらわれない姿勢や、“あるある”を引き出す圧倒的な取材量、実在する名称を惜しみなく出すための作業、そして出演者発信のアイデアなど、様々な手間や工夫があった――。
■あえてドラマで描かない日常こそ面白くなる
第1話から、あーちん(麻美=安藤)、なっち(夏希=夏帆)、みーぽん(美穂=木南晴夏)という幼なじみの仲良し3人女子のおしゃべりを20分ぶっ通しで放送するなど、従来のテレビドラマの常識を打ち破っている今作。
それだけに、「1話は女子トークがずっと続くと離脱されちゃうんじゃないか、2話はシール帳のくだりをその世代じゃない人が見たら『何を見せられてるんだ』って思われるんじゃないか、3話は1周目で死んだあの日が来て、1話とほぼ同じやり取りをもう1回することが一体どう受け取られるのか……毎回不安だったんです」(小田プロデューサー、以下同)というが、「そんなことは全然気にしなくて良かったんだと思えるくらい楽しんでもらえていて、安心しています」と胸をなでおろした。
バカリズムも、GP帯での放送を考慮して、ドラマチックな作品する必要があるのではないかと、気にしていた時期があったのだそう。
それでも、「私が升野さん(=バカリズム)とご一緒した『生田家の朝』という朝ドラマでは、“納豆のからしが余ってどうしよう”というそれだけの話を7分間の会話劇にしていて、誰もが一度は思ったり経験したことはあるけど、あえてドラマで描かない日常的な部分こそ面白くなるという手応えがあったんです。それで今回、升野さんから『壮大なスケールだけど、日常的な会話をメインとして描くのはどうですかね?』と相談されて、『それは面白いですね!』とお伝えしたら、数日後に今あるような1話が来ました」と、方向性が決まって進み出すことになった。
これを象徴するシーンは、脚本作りで最初の段階に決まっていた。第1話で、3人がパスタを食べてお腹いっぱいの後にカラオケボックスに来たら、アルバイト店員の同級生・福ちゃん(染谷将太)に山盛りのフライドポテトをサービスされてしまったが、第3話では、事前にお腹いっぱいをアピールすることで、サービスをドリンクに変えることに成功した場面だ。
「普通のタイムリープものだったら、誰かの命を救うとか、大きな失敗を取り返すくらいのモチベーションがないと成立しないと思うんですけど、このドラマはやり直すことにさほど意味がない(笑)。一方で、同級生が歌手になっても売れないから止めたほうがいいんじゃないかと思うんだけど、結局は止めないとか、普通のドラマだったら変えるべきところを変えず、変えないところを変えるという方向性も、去年の夏に話したときから決まっていました」
■普通のドラマが削ぐ部分を削がない
ドラマチックで大きなエピソードが起きないストーリーを成立させるために、リアル感に徹底してこだわっている。これを支えるのが、圧倒的な取材量だ。
まず、1周目の麻美が勤めていた市役所職員を取材したが、通常の取材では仕事内容や職場環境を聞いて終わるところを、「小さな不満やなんか変なぁだと思ってることはないですか?」と突っ込んでいく。その話題まで行き着くまでには3~4時間程度話し、そこでようやく「シャーペン1本買うのに、何人もの決裁を取ってから業者に発注するので、1か月近くかかる」という“あるある”が出てきたのだという。
「このドラマは、もう話題がカラカラに枯れ果てて、全部出切った後の残りカスみたいな部分を台本にするから、今まで聞いたことのないような話が出てくるのだと思います。麻美のドラマプロデューサー編では、私も取材対象者になりましたし(笑)、他のテレビ業界の人もカラカラになるまで取材して、“こんなのドラマでわざわざ言うことじゃないんですよ!”と私たちが恥ずかしがるような部分をたくさん描いてくれちゃっています」
ただ、「テレビ業界では本当にいろんな人を取材しているので、ここに登場するドラマプロデューサーは、決して私を投影した人物ではありません。これは声を大にしてお伝えしたいです(笑)」と強調した。
取材は職業以外に、麻美と同い年の1989年生まれ・33歳の人にも大量に行った。こちらも何時間も話を聞いて、「シール帳の交換が流行ってた」といったネタを引き出すことができたが、決め手は話しているうちに“テンションが上がる”こと。
「私はちょっと世代が違うので、そこで一緒に共感できないんですけど、この世代の人がみんな『そうそう!』って盛り上がるワードがあるんです。タイルシールとかフェルトシールとか…そうやって出てきた具体的なワードを升野さんにお伝えして、脚本に入れてもらっているという感じですね」
劇中に登場するあだ名も、本名「美佐(みさ)」が「みさごん」になり、「ごんみさ」→「ごんちゃん」→「ちゃんごん」と原型がなくなっていく様が、実にリアル。また、主人公が「麻美」や「あーちん」など、相手によって呼ばれ方が変わるのも特徴的で、「地元に帰るとこう呼ばれる、さらに地元の中でも呼び方が違う人がいる。そういうのは普通のドラマだと分かりやすくするために削いでいくのですが、この作品は削がないようにしているんです」と意識している。