矢倉の流行形に

先手となった郷田九段は得意の矢倉戦法に誘導しました。先手の矢倉囲いに対して後手も矢倉囲いに組むのは有力ですが、先後同型になると後手側は守勢に回りやすい傾向にあります。本局、後手の羽生九段は近年流行しつつある中住まいの囲いに構えました。この構えは、角筋を通したまま右桂の活用を急ぐことでいつでも反撃に出られる点が長所です。

両者の囲いの骨格が決まったところで、郷田九段が3筋の歩をぶつけてさっそく戦いが始まりました。郷田九段としては右銀を素早く繰り出して、棒銀の要領で後手陣の弱点である角頭を突破する狙いです。棒銀の攻めにまともに取り合っていては大変と見た羽生九段は、用意の桂跳ねから反撃に出ました。これ以降、両者足を止めての打ち合いが始まります。

攻め合いを郷田九段がリード

一心不乱に右銀を前進させる郷田九段に対し、羽生九段は飛車と角を大きく使って応戦します。戦いの中で羽生九段は自身の角を銀と刺し違えますが、返す刀で合わせの歩の手筋から飛車を中央に転戦させました。この飛車を5筋まで活用することができれば、居玉のままの郷田玉を効率的に攻めることができるという大局観です。

郷田九段が香を取りつつ角を成った局面で、羽生九段が放った△2七銀が中盤の勝負手でした。8三(2七)の地点に羽生九段が金駒を打つ手は妙手が多く、俗に「羽生ゾーン」と呼ばれます。この銀を取れない郷田九段は飛車を自玉近くに逃げますが、羽生九段は手順に先手玉の眼前に桂を成って飛車取りをかけました。形勢は駒得の郷田九段が有利ながら、先手玉は非常に不安定なため郷田九段としても神経を使う展開が続きます。

手順前後をとがめて羽生九段が逆転

羽生九段の攻めが一段落したところで、郷田九段は満を持して反撃に出ます。桂の王手で後手玉を馬の近くにおびき寄せてから角で王手したのがうまい手順でした。この王手に対して羽生九段が銀で合駒した局面が終盤のポイントとなりました。郷田九段としては、(1)馬を切って後手玉を下段に落とし(2)角を切って銀を取りつつ(3)最後に玉の上から銀をかぶせて後手玉に必死をかけるという3ステップが理想の寄せです。そしてこの手順中、(1)馬を切る手と(2)角を切る手の順番はどちらでもよいように思えましたが、先に馬を切るのが正しい順序でした。これなら確実に玉を下段に落とすことができます。

実戦で郷田九段は先に(2)角を切りましたが、結果的にこれが手順前後となりました。角切りを先にすることで、角を手に入れた後手としても(1)の馬切りを玉で取らない選択肢が生まれたのです。郷田九段が直後の一手に残り103分のうちの73分を割いたことは、この進行が先手にとって変調であったことを物語っていました。九死に一生を得た羽生九段は、その後も綱渡りの受けで郷田九段の猛攻をしのぎます。

郷田九段からの詰めろが途切れた一瞬の隙を突いて△3六角と打ったのが羽生九段の勝着となりました。この手が郷田玉に対する詰めろとなっては完全に体が入れ替わった格好です。最後は、再逆転の見込みなしと見た郷田九段が駒を投じて終局となりました。

▲羽生九段―△近藤誠也七段戦、▲中村太地七段―△郷田九段戦を含む次局9回戦は、12月1日(木)に各地の対局場で予定されています。

水留啓(将棋情報局)

  • 上位浮上に向けて巻き返しを図る羽生九段(写真は第62期王位戦挑戦者決定戦のもの 提供:日本将棋連盟)