人材の確保、離職の防止は、多くの企業にとって長年の課題です。
厚生労働省の「雇用動向調査」を見ると、全体の平均離職率は15%前後で推移し続け、新卒者に限れば「3年で3割辞める」状況は長らく変わっていません。
「人的資本経営」が注目される昨今は、「人的資本=人材の持つ多様な能力や経験」をどう活かすかがますます重要になってきています。
なぜ辞めてしまうのか? 理由はさまざまですが、先ほどの厚労省の調査や内閣府の調査、その他転職サイトのアンケートなどを見ると、「職場の人間関係」が頻繁に上位に上がります。
今の時代ハラスメントは論外ですが、会社の仕事のやり方が合わない、価値観が合わない、雰囲気が合わないといったストレスが、容易に離職につながることは想像に難くありません。
若手社員が「会社を見限る」4つのポイント
私の会社の新卒社員に、先輩・上司に求めることを聞いてみたら、「指導的なフィードバックが欲しい。同時に褒めるフィードバックも欲しい」と堂々と言っていました。
ほんの一例ですが、このように細かく価値観や考え方をすり合わせないと、よかれと思って会社がやっていることも逆効果になるという、残念なすれ違いが起こってしまいます。
では、具体的にどのようなところが、若手社員が会社を見限るポイントになっているのでしょうか。典型的なポイントを4つ紹介します。
口だけ「分かるよ」
「課長、それは会社の指示がおかしいと思います。現場の状況をもう少し考えてもらえないものでしょうか」
上層部の考えと現場の状況が噛み合わず、お互いの正論が衝突してしまう。そんな状況は組織ではありがちです。
頭を悩ませるのは中間管理職でしょう。会社の言っていることも分かるし、部下の意見も理解できる。いわゆる板挟み状態です。こんなときに上司や会社がどう振る舞うのかを、若手社員はよく見ています。
彼らががっかりしてしまうのが、「会社だから」「仕事だから」で話が終わってしまうケースです。
上司からすると「部下はまだ若く、年次を重ねて経験しないと分からないことも多い」「上の決定を変えるのはそんなに簡単じゃない」などと考えてしまいます。現実に年齢も勤続年数も立場も違うのですから、当然のことです。
「確かに君が言うことはもっともだね。でもチームでやっているのだから、その中で結果を出さないと。仕事だからね。今度じっくり話をしようか」
こうなると、部下は意見を聞いてもらえているようで、実際は聞いてもらえていないと感じてしまいます。むしろ、「分かっているのに何もしてくれない」「分かるならどうして何もしないの?」とさえ思ってしまうでしょう。
今の若手社員は、学校でも就活でも会社でも「自分らしさが大事」「主体性を持ってほしい」と言われながら育ってきています。
ところが、いざ主体的に意見を出すと、「会社だから」「まだ分からないよね」と蓋をされてしまう。これは大きなストレスです。「自分じゃなくてもいいんじゃないか」と思われてしまいます。
頑張りすぎ上司
管理職がしんどそうに見えてしまうのも、若手が離れて行く危険なサインです。
今の管理職にはプレイングマネージャーも多く、実務に追われながら部署の数字管理、部下のサポートや育成まで一手に引き受けなければなりません。
さらに近年は部下のストレスマネジメントも重要になり、コンプライアンスの遵守、ハラスメントの回避、加えてエンゲージメントの向上など退職リスクにも対応する必要があります。
部下はみんな限界近く頑張ってくれている。これ以上、残業を増やすことはできない。部下が休んだり退職したりしたら、もっと大変なことになる。
預かった人材を大切にしないといけないからこそ、管理職は行き詰まってしまいます。
そうすると本来は管理職がやるべきでない仕事まで「自分でやるしかない」という思考に陥ります。プライベートの時間を潰してでも、自分のできる範囲でやりくりするしかありません。
この症状はプレイヤーとして優秀な人ほどよく発症します。マネジメントよりも作業のやりくりのほうが慣れているし得意だからです。
一見、部下を守る上司に見えますが、実際は部下からの評判も決してよくはありません。部下の目には上司の姿がこう映ります。「管理職は責任ばかり大きくて仕事が大変なだけ。こんなに働いているのに怒られ役」
これではロールモデルにはなり得ず、「この会社では出世したくない」と思われてしまいます。
「ゆるブラック」職場
また、優しすぎる上司は部下に不安を与えてしまうこともあります。
一時「ゆるブラック」という言葉がメディアに取り上げられました。「ゆるブラック」とは働きやすいけれど成長している実感がなく、将来に希望が持てない環境を指します。ホワイトすぎて、かえって「こんなことで自分は大丈夫なのか」と不安になるのです。
若手社員は、会社が自分の人生を保証してくれるとは思っていません。一つの組織の枠に収まるのではなく、いろんな会社や働き方を選べるだけの力や実績を獲得しなければならないと危機感を持っています。しかもSNSでは他社で働く同世代のキラキラした様子も目に入り、「自分はこれでいいのかな」と焦りを覚えることもあるでしょう。
一方で、近年の若手社員は仕事だけが生活の中心ではなく、「仕事はそこそこ。収入もそこそこ。プライベートを充実させたい」という価値観の人もいます。しかしそんな人でも日々の仕事が何でもいいと割り切れるわけではありません。多様な人の価値観や生き方に触れる中で、自分の人生の成功は何なのか、常に悩んでいるのです。
よく「最近の若者は出世したがらない」と聞きますが、正確には「出世だけにこだわらない」のだと思います。人生の成功の選択肢を広く持っているだけです。
重要なのは、今の環境に成長実感があったり、誰かの役に立っている実感があったりと、人生が前向きに進んでいると信じられること。それがあれば厳しい仕事も頑張るし、逆になければ「ここじゃなくてもいいかも」と考えてしまうでしょう。
自分が正しい「ボス」
常に部下の前を行き、いつも的確に指導・教育しなければならない。そう思いすぎてしまうと、部下の心が離れてしまうリスクがあります。
なぜなら、いつの間にか、上司である自分が正しく、若い部下はまだまだ、という思考に陥ってしまうことがあるからです。
多様な人材の能力を活かす「人的資本経営」時代の管理職は、最強のボスである必要はありません。
管理職が優れている点もあれば、新人や若手社員のほうが優れている点も当然あります。ITの知識などが典型的な例でしょう。
そんなときに、自分の経験や知識の範囲内でやりくりしてしまうのは危険です。新しい知識やテクノロジーを取り入れたり、学び直したり、外部との協力関係を築いたりする余裕がなくなります。
今の若手社員は知識や情報を豊富に手に入れられる環境にあります。ですから、「他社ではこうしているのに」「もっとこうすれば効率がいいのに」と上司のやり方に疑問を持つこともあるでしょう。
上司はプライドを守るよりも、分からないことや、できないことを素直に認めて部下と一緒に仕事を進めていく、ある種の「弱さ」を示すほうが効果的だと思います。上司が「自分こそが正解」と思い込んでしまうと、部下にも自分と同じようになることを要求してしまいがちです。
「自分にできることがなぜ部下にはできないのか」
「そんなに難しいことを求めているわけじゃないのに」
こんな思考になってしまっているとしたら、若手社員は離れていくでしょう。部下は上司のコピーになりたいわけではありません。あくまでも理想は、自分なりの個性や能力がみんなの役に立つことなのです。
これからの管理職とは
終身雇用が難しくなり、人材の流動化が進んだ今、「辞められないための努力」には限界があります。
「人的資本経営」の時代には、社員がどんな人生を望んでいるのか、どうすれば社員の個性や能力を活かすことができるのか、人的資本を起点に考えることが大切なのではないでしょうか。
強いボスが管理する職場に人はついてきません。社員が人生の成功に向かうための、機会や環境を提供できる職場には、結果的に人が集まります。
これからの管理職は、今までの役割とはまったく違うものになると思います。
部下の出世を支援するのではなく、人生を応援する。
部下を育てるのではなく、育つ環境を提供する。
部下の弱点を矯正するのではなく、価値を一緒に見つける。
そんな力を備えたリーダーを、私は「TMO(TeamManagementOfficer)」、つまりチームを経営するリーダーと呼んでいます。
人的資本を活かすことができるリーダーは、組織や企業、業界の枠を超えて、今後ますます市場価値が高まっていくと思います。
執筆者プロフィール:上林周平
株式会社NEWONE 代表取締役社長
大学卒業後、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2002年、株式会社シェイク入社。企業研修事業の立ち上げ、商品開発責任者としてプログラム開発に従事。新人-経営層までファシリテーターを実施。2015年、代表取締役に就任。2017年9月、これからの働き方をリードすることを目的に、生産性向上やイノベーションなどを支援する株式会社NEWONEを設立。米国CCE.Inc.認定 キャリアカウンセラー