10月15日、島根県奥出雲町で「緊急シンポジウム 出雲坂根スイッチバック、どうにかなるか」が開催された。「出雲坂根スイッチバック」はJR木次線の出雲坂根~三井野原間にあり、全国的に珍しい3段式スイッチバックで知られる。ぐんぐんと標高が上がり、眼下に出雲坂根駅を見られるだけでなく、最上段の線路から道路橋「奥出雲おろちループ」を見渡せるなど、車窓風景が面白い。鉄道ファンのみならず観光客にも定評がある。

  • 木次線出雲坂根駅。ここからスイッチバック区間を乗車し、三井野原駅前からバスで戻る観光客も多いようだ

しかし、たまに訪れる観光客や鉄道ファンだけで路線経営は成り立たない。JR西日本の発表によると、木次線は宍道~備後落合間の全線において、2021年度の平均通過人員が153人/日だったという。このうち宍道~出雲横田間は220人/日、スイッチバック区間のある出雲横田~備後落合間は35人/日。全線の利用者が少ない上に、わずかな利用者も宍道~出雲横田間に片寄っている。出雲横田~備後落合間の35人/日は、JR西日本において芸備線の東城~備後落合間(13人/日)に次ぐワースト2位となっている。

営業係数(100円の収入を得るためにかかる費用。「100」を超えると赤字)で見ると、木次線は「6,596」で、100円稼ぐために6,596円かかる。これもJR西日本において、芸備線の東城~備後落合間(営業係数「25,416」)に次ぐワースト2位。JR西日本はこうした路線を「鉄道の特性、役割を果たしていない」と考えている。他のJR旅客会社も大手私鉄も同様だろう。交通企業の責任を果たすために、鉄道である必要はない。バスやオンデマンドタクシーのほうが適している。つまり、鉄道として存続の危機となっている路線がたくさんある。木次線も例外ではない。

こうした状況を背景に、スイッチバックの楽しさを広め、存続させるにはどうすればいいか。これがシンポジウムのテーマだった。司会は江上英樹氏。鉄道ファンにおなじみの漫画『鉄子の旅』を送り出した元漫画雑誌編集長である。江上氏は2021年12月のコミケで、『日本最大級のスイッチバック ~出雲坂根をなんとかするための“妄想プロジェクト”全ガイドブック~』を制作、頒布した。それが今回のシンポジウムにつながっている。

  • シンポジウムと「鉄道マンガ展@奥出雲」が行われた「鉄の彫刻美術館」

江上氏は「出雲坂根スイッチバック」を盛り上げるため、木次線の三井野原駅から徒歩15分の「鉄の彫刻美術館」で「鉄道マンガ展@奥出雲」を企画。資金を集めるためにクラウドファンディングを実施し、返礼品のひとつがシンポジウムの参加権だった。

■スイッチバックを楽しもう

シンポジウムでは、鉄道ジャーナリストの梅原淳氏が登壇し、JR西日本の経営状況と木次線の収支を解説した。JR西日本の通勤定期について、割引率が京阪神大手私鉄の割引率より高いため、最も多い顧客である京阪神通勤利用者の売上が少ないと指摘。JR西日本、というより国鉄時代から長距離旅行者の売上が多かったため、それを原資に大手私鉄並みの運賃を実現してきたという。

コロナ禍による乗客減少をきっかけに、JR西日本をはじめ各鉄道事業者が運賃制度の見直しに着手している。定期運賃の割引率を大手私鉄並みにすれば、収益性が上がる。JR西日本が毎月公開している収支概況を見ると、コロナ禍の影響が顕著だった時期と比べて改善しており、楽観的とはいえ、木次線の廃線問題には至らないかもしれない。

  • シンポジウムで登壇した梅原淳氏

続いて筆者の番となった。筆者は「木次線応援団」の最初の登録者となっている。きっかけは2016年、三江線の廃止発表だった。「次は木次線かも」と、木次線沿線の雲南市と奥出雲町が危機感を抱いた。折しも木次線の前身、簸上(ひかみ)鉄道の開業100周年の取組みと、当時すでに存続が危ぶまれた「奥出雲おろち号」に代わる観光列車が必要とのことで、筆者が新たな観光列車「木次線ワイントレイン」を提案した。

しかし、準備期間が短かったことなどもあり、集客に失敗する。いま思えば、乗車区間が出雲市駅から木次駅までで、行程にスイッチバック区間を含めなかったことも敗因のひとつだった。その失敗談とともに、「木次線の次の観光列車にスイッチバックは欠かせない」と反省を語った。

JR西日本は、「奥出雲おろち号」に代わって山陰本線の観光列車「あめつち」の乗入れを提案したが、木次線のスイッチバック区間は運行しないという。スイッチバックを生かしたルートで、沿線で生産するワインや日本酒、チーズを楽しむ列車を検討してほしいと筆者は話した。

3番目は「鉄道解説系YouTuber」の「鐵坊主」氏。カナダ在住の「鐵坊主」氏は、ジャパンレールパスを使った日本国内取材にこのシンポジウムを組み込んだ。旅行会社勤務の経験を踏まえ、出雲横田~備後落合間を観光鉄道に転換し、高千穂あまてらす鉄道のようなスーパーカートの導入を提案した。高千穂町と奥出雲町は人口規模などで共通点が多いという。

  • 「鉄道解説系YouTuber」の「鐵坊主」氏もシンポジウムに参加

高千穂あまてらす鉄道は、旧高千穂鉄道の廃線跡でトロッコ車両「グランド・スーパーカート」を運行しており、国鉄時代から「最も高い鉄道橋」として有名だった高千穂橋梁を観光できる。起点の高千穂駅は他の鉄道路線と接続していないが、人気は高く、鉄道観光化の成功例ともいえる。この方法なら、「あめつち」と接続して運行できるし、三井野原駅発着便は「奥出雲おろちループ」と組み合わせたコースも作れそうだ。ループ道路とスイッチバック線路を組み合わせた観光地は、世界にも例がないだろう。

4番目に登壇した永橋則夫氏は、ボランティア活動で備後落合駅の管理や木次線・芸備線のツアーガイドを担当している。鉄道ファンにとって知る人ぞ知る人物である。国鉄職員としてディーゼルカーを運転した経験もあり、「『あめつち』もスイッチバックを通れるはず。JR西日本は初めからできない前提で話をしようとする」と辛辣な発言も。観光列車の試案として、「SLやまぐち号」の客車を借り、前後を気動車で挟むアイデアを披露した。

5番目に登壇した藤原紘子氏は、道の駅「奥出雲おろちループ」の運営会社に所属し、「駅長」と呼ばれて親しまれている。鉄道には詳しくないと謙遜しつつ、江上氏と縁がつながり、このような大きなイベントを開催できてうれしいと語った。筆者は翌日の昼頃、道の駅「奥出雲おろちループ」に立ち寄った。駐車場が満車で、売店も食堂もにぎわっていた。藤原駅長はレジや品出しなどに忙しそうだったが、「奥出雲おろち号」をはじめ、木次線の列車の通過時刻を案内していた。人々が展望台に集まり、写真を撮ったり手を振ったりしながら木次線の列車を見送る。この人たちが木次線で出雲坂根駅まで往復してくれたらいいのにと思った。

筆者はいままで、木次線の「出雲坂根スイッチバック」は鉄道趣味、「奥出雲おろちループ」はドライブやバイクツーリングの趣味で、別々の存在だと思っていた。しかし、道の駅は「奥出雲おろちループ」の頂上で、三井野原駅から徒歩圏にある。道の駅に駐車し、木次線に乗ってスイッチバックを降りて、帰りは出雲坂根駅から「奥出雲おろちループ」を歩いて登る。そうすれば、きっとあなたの願いが叶う……というようなしかけを作ったら楽しそうだ。

■イベントで集客、JR西日本にとっても必要な路線になろう

シンポジウムでは、飛び入り参加の島根大学鉄道研究会が木次線に関するアンケートや木次線PRプロジェクトを紹介。その後、パネルディスカッションが行われ、来場者と登壇者の活発な意見交換が行われた。来場者は約80名かそれ以上。用意した60席がすべて埋まり、立ち見も出るほど。その中には自治体の職員もいた。

最後に、司会の江上氏が「今後もこのような活動を続けていきたい」と挨拶して閉会。参加者たちは「鉄道マンガ展@奥出雲」の展示や、同展のために制作された木次線スイッチバックのNゲージジオラマを鑑賞した。クラウドファンディングの返礼品には、このジオラマに「植樹する権利」があり、「植樹祭」も開催された。

  • 江上氏を中心に制作したNゲージジオラマ。自動運転システムを搭載している

シンポジウムの来場はクラウドファンディング参加者を優先したが、来場できない参加者にも、返礼品としてストリーム配信と質問参加が行われた。今後、アーカイブ配信も準備中だ。手前味噌になってしまうが、ローカル線の活性化を考える上で、有意義かつ活発で、熱い内容だった。多くの人に見てもらいたい。

「鉄道マンガ展@奥出雲」は11月23日まで開催されている。鉄道が登場する漫画の多さに驚くとともに、人気の鉄道漫画のほとんどで「出雲坂根スイッチバック」が登場したことも興味深かった。クリエイターにとっても、鉄道のスイッチバックは興味深い存在なのだろう。

赤字ローカル線問題がたびたび話題になるが、その多くは「地域にとって鉄道は必要か否か」の域を出ていない。それだけだと、地域の利用がなければ廃止されてしまう。「地域のみんなで鉄道に乗って残そう」ではなく、「地域のみんなで鉄道に乗りに来てもらおう」と考えたい。

各地からローカル線に乗りに来てもらうと、その旅行者が地域での飲食・宿泊等で消費する。つまり、ローカル線に乗らない人も恩恵を受ける。そうなると、鉄道に乗らない人も「鉄道があって良かった。鉄道は必要」となるはずだ。

そして、そのローカル線に乗るために新幹線や在来線の列車が利用される。JR西日本にとっても、そのローカル線が必要な存在になる。鉄道の存続活動の目標はそこにある。鉄道会社にとって必要な鉄道、地域になること。ローカル線が廃止される理由は、赤字だからというだけではない。沿線の人々が無関心だからといえる。多くの人々が必要だと思えば、自治体も国もJRも、なんとか費用を工面できないかという方向へ動き出す。その好例がJR只見線だろう。

  • 道の駅「奥出雲おろちループ」展望台より。「奥出雲おろち号」が来た

その意味で、木次線沿線は頑張っている。シンポジウムの前日、木次線利活用推進協議会臨時総会が「木次線の車両4両をラッビングする」と発表したばかり。さかのぼれば、「木次線応援団」の結成以降、さまざまなイベントが開催されてきた。これだけ沿線が盛り上がると、JR西日本も廃止とは言い出しにくい。廃止候補路線が10あるとして、まず5路線を選ぶとき、判断基準に「沿線の熱意」はきっとある。江上氏、藤原駅長はじめ「出雲坂根スイッチバックをなんとかしたい人たち」による今後の展開も楽しみだ。筆者も応援団員として貢献していきたい。