トヨタ自動車の「シエンタ」がフルモデルチェンジしたが、ボディサイズはほとんど変わらず、見た目も大きくイメージを変えていないので、正直にいうと、どこが良くなったのかがいまいちわからなかった。新型シエンタに試乗した後、開発責任者の鈴木啓友さんに話を聞いてみた。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    どこが良くなった? トヨタの新型「シエンタ」

二律背反の要素を1台のクルマに

マイナビニュース編集部:シエンタは街でもよく見かけますし、小さいのにたくさん乗れるというコンセプトは日本の多くの方のニーズにハマっているようにお見受けします。ファミリーカーの印象ですが、乗ってみると何かを我慢しているような感じもしなくて、いいクルマだなと思いました。

Toyota Compact Car Company TC製品企画 ZP チーフエンジニア 鈴木啓友さん:シエンタはコンパクトカーでありながらミニバンの良さを求めるという、いってみれば「二律背反」のクルマなんです。コンパクトカーの良さは取り回しや視界、燃費といった部分ですが、一方のミニバンはたくさん乗れること、載せられること、広いこと、多人数乗車などです。「小さいのに広い」という相反する要素をいかにうまくパッケージングし、デザインするかがシエンタのポイントです。それができれば「家族に寄り添う相棒」のようなクルマが作れるのではないかというのが、そもそもの発想です。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    新型「シエンタ」のボディサイズは全長4,260mm、全幅1,695mm、全高1,695mmで、従来型と比べると高さが+20mmとなっているほかは変わっていない

編集部:確かに相反する要素を同居させるのは難しそうですが、それがうまくいっているのか、お客さんの多いクルマですよね。

鈴木さん:お客様のターゲットでいうと、ひとつは「エントリーファミリー」といいますか、小さなお子様がいるご家族。もうひとつはリタイアされたご高齢のお客様で、大きなクルマはもういらないけれど、買い物などには便利なクルマが欲しいという皆さまです。シエンタの開発では、例えば忙しい母親が何に困っているかといったようなことを綿密に調査しました。

編集部:具体的に、新型は従来型と何が違うんでしょうか?

鈴木さん:まずは形ですが、先代シエンタはもう少しスリークで走りそうな感じでした。新型は全幅、全長を「びた一文」大きくしないという大前提のもと、取り回し、視界といった基本性能を向上させるべく工夫しました。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    クルマはモデルチェンジのたびに大きくなっていきがちだが、「びた一文」という言葉からは新型「シエンタ」開発への決意のようなものを感じることができた

鈴木さん:取り回しでいえば、例えばボンネットの高さが変わっています。先代に比べ、ヘッドライトのあたりを高くしているんです。一方でインパネ、ダッシュボードは低くなっています。先代はステアリングの上から見るメーターだったのですが、新型ではステアリングの間から見るタイプに変更したのでインパネを低く、すっきりとした形状にできました。

ボンネットを上げてインパネを下げたことで、身長の低いドライバーさんが運転する場合でも車両のコーナーが確認しやすく、車両感覚をつかみやすくなりました。運転していて広々とした感覚にもなると思います。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    左が新型、右が従来型

鈴木さん:視界でいうとベルトライン、これは窓の下に入る横方向の線ですが、先代では車両後部にいくにしたがって跳ね上がっていたのを、新型では水平基調とし、かつ低くしました。左折時に左後方を確認する際、バイクでも自転車でも、できるだけ早く目視できるようにするための造形です。

  • トヨタの新型「シエンタ」
  • トヨタの新型「シエンタ」
  • 左が新型、右が従来型

鈴木さん:基本性能を上げることを考えた結果、シエンタの形が決まっていきました。どの部分についても「なぜこういう形になったか」を説明できるくらい、秘密がいっぱい入っているんです。例えばフロントの角が丸くなっていますが、これも単なるデザインではなく、ここが出っ張っているとクルマが大きく感じてしまったり、実際にぶつけてしまったりすることもあるので、Rを大きくとってあります。

編集部:ほかにはどんな工夫がありますか?

鈴木さん:例えばタイヤサイズは15インチ1択にしました。上級グレードでは16インチ、17インチという風にタイヤを大きくするのが一般的ですが、新型シエンタは15インチだけです。なぜかというと、タイヤが小さい方が小回りが利きますし、燃費もよくなるからです。実際、最小回転半径は5.2mから5.0mになっています。

見た目でいえば大きいタイヤの方が立派なのですが、タイヤが大きいと扁平になって乗り心地も悪くなりますし、シエンタは山道を攻めるようなクルマではないので、そこは快適性を取りました。ただ、15インチだと貧相になりそうなものですが、シエンタはバランス的に悪くないと思っているんですが、いかがですか? タイヤ周辺に黒いパーツを入れているのは、視覚的にタイヤを大きく見せるためでもあります。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    フランス車っぽいとの声もある新型「シエンタ」のデザイン。タイヤが小さくても特に悪い印象は受けないが、どうだろう?

ユーザーの声から生まれた工夫も

編集部:考えてみると、先代シエンタがたくさん売れたのはニーズをうまくとらえたからだと思うので、フルモデルチェンジするのは難しかったんでしょうね。大きく変えるとお客さんも離れてしまいそうですし。でも、工夫の余地はあったということですか。

鈴木さん:先代の進化で終わりではないと思っていましたし、時代も変わっていくので、良さはいかしつつ、徐々にアップデートしていきたいという考え方です。

使い方の面でも工夫はたくさんあります。調べてみると、お客様が重視しているのは2列目のシートなんです。例えば子供さんをケアする母親は、たいていの場合は2列目に座りますから、ここの広さや使いやすさが大事だと考えました。

まず、2列目のドアはステップがトヨタでもダントツなくらいに低く、乗りやすくしてあります。1列目と2列目の距離は先代より80mm広がっています。これにより2列目の足元に買い物かごをすっと置けたり、子供さんを立たせたまま着替えさせられたり、チャイルドシートが取り付けやすくなったりしています。

  • トヨタの新型「シエンタ」
  • トヨタの新型「シエンタ」
  • トヨタの新型「シエンタ」
  • 2列目の使い勝手には特にこだわったという

編集部:新型シエンタの開発ではユーザーの声を徹底的に聞いたそうですが、具体的にはどうやったんですか?

鈴木さん:いろいろですが、例えばディーラーネットワークを介してヒアリングしたり、フォーカスグループインタビューを実施したり、開発陣そのものが街に出て実際に生の声を聞いたり、社内でも話を聞いたりしました。

ユーザーの声をいかした部分で象徴的なのはカップホルダーです。これまでは丸い形状が多かったんですが、実際に売られているもの、ユーザーさんが買っているものを見ると、紙パックの飲み物も結構な割合なんです。それと、1Lの飲み物を買う人も多いですから、ドアポケットには大きな飲み物や水筒が入るようにしました

  • トヨタの新型「シエンタ」
  • トヨタの新型「シエンタ」
  • 紙パックの飲み物を入れられるカップホルダーや大きな水筒を差し込めるドアポケットなど、使い勝手にも工夫が満載だ

鈴木さん:ほかには、例えば高校生くらいのお子さんをお持ちのご家族ですと、お子さんが自転車で学習塾に通っているケースが多い。帰りに雨が降った場合はクルマで迎えに行って、自転車を後ろから載せて帰るわけですが、通学用の自転車って、けっこう大きなタイヤを履いていて重たいんです。これを車に積み込むには、先代シエンタだと少しだけ、バックドアの開口が狭かった。だから新型では、開口部を15mmだけですが広げました。自転車を載せるのに、こするか心配しながら積むかすっと入るかでは、使っていて気持ちが違うと思うんです。

編集部:毎回のことだと、ちょっとした不満でも積み重なっていきますからね。なるほど。

鈴木さん:こういうことは、机の上だけで仕事をしていてもなかなか気づけないポイントです。

  • トヨタの新型「シエンタ」
  • トヨタの新型「シエンタ」
  • バックドアの開口部は縦に15㎜広くなっている

鈴木さん:あとはそうそう、2列目にUSBポートが付いているのですが、ご覧になりましたか? 運転席の背面にUSBの差込口があって、ここにポケットも付けました。普通はセンターコンソールの後ろにUSBポートがついていたりするんですが、それだとお子さんのお世話をするときや2列目に乗り降りするときにケーブルが邪魔になる場合があるんです。細かいことですが、積み重ねが大事なんです。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    運転席の背面にUSB(タイプC)の差込口とスマホを入れておけるポケットが

性能は進化したのか

編集部:新型シエンタには「トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー」(TNGA)を導入されたそうですが、これで性能は大きく変わったのでしょうか?

鈴木さん:相当、上がってます。わかりやすいのは燃費で、ハイブリッドだと最高で28.8km/Lです。ガソリンタンクの容量は40Lでそこまで大きくないのですが、掛け算すると走行距離は1,100kmを超えます。四駆でも、ハイブリッドなら25km/Lを超えますから1,000kmです。月にどのくらい走るかという話ですが、年間1万kmくらいが普通だとすれば、月に1回給油するかしないかといった感じですよね。この燃費はTNGAの新しい3気筒エンジンを搭載したから達成できました。

もちろん静かさや乗り心地、運動性能も上がっています。シエンタは速く走ったり山道を攻めたりするクルマではなく、街で快適に乗るクルマですから、静かさと乗り心地の良さにこだわりました。板金の骨格、構造などから全て見直しています。

  • トヨタの新型「シエンタ」

    TNGA導入でクルマとしての能力も向上しているとのこと

編集部:いつも不思議だったんですけど、TNGAを導入すると、どんなクルマでも良くなるものなんですか? 速く走りたいクルマも快適に走りたいクルマも、同じように良くなるんでしょうか。新型シエンタは「ヤリス」「アクア」と同じプラットフォームを使っていますが、ヤリスとシエンタでは目指す姿が違いそうなものなのですが。

鈴木さん:それは、ポテンシャルが上がっているからですね。その上で、どんな味付けをするかということなんです。ポテンシャルが上がると、味付けに自由度がでます。

例えば、ハンドルを切ったら切っただけ曲がる性能が「操縦安定性」、走っていて振動が少ないといった性能が「乗り心地」だとすれば、この2つはどちらかというと反対方向の性能なんです。両方を良くするには、ポテンシャルを上げるのが効果的です。ボディの骨格をがっちりと固めれば操縦安定性は上がりますが、ちょっとした段差でも大きな衝撃が生じます。逆にフニャフニャにすると衝撃は減りますが、ハンドルを切っても遅れて曲がったりして気持ちが悪いんですよね。

これまでは板金を溶接でとめていたんですが、新型シエンタでは構造用接着剤を使っています。接着剤はヤリスでも使っていますが、新型シエンタでは2種類の接着剤を使い分けました。クルマの端の方にはガッチリと固める接着剤を使用し、人が乗るフロア周りには衝撃を吸収してくれる「高減衰接着剤」を使っています。その結果、ハンドリングはカチッとさせつつ、振動は吸収するしなやかなクルマにできました。

編集部:接着剤が2種類ですか…なるほど。ちなみに、接着剤ってはがれたりはしないんですか?

鈴木さん:それは大丈夫です(笑)。

ステアリングも従来と比べればまっすぐ走る能力が上がっていますから、修正舵が少なくなり、運転していても疲れが少なくなっています。TNGAの良さは長距離に乗ればはっきりとわかっていただけると思います。

安全装備、運転支援システムも進化しています。例えば、歩行者や自転車が飛び出してくるなどのリスクを先読みして、さりげなく運転を支援する「プロアクティブドライビングアシスト」(PDA)という機能なども付いています。安心して乗れるというのもシエンタのコンセプトです。