大河ドラマ『鎌倉殿の13人』第36回「武士の鑑(かがみ)」(脚本:三谷幸喜 演出:末永創)は、義時(小栗旬) VS 畠山重忠(中川大志)の死闘が力みなぎる回だった。珍しく真っ直ぐ熱い、少年漫画のような。その立役者は中川大志であった。大河ドラマ主演待望論も高まった。

  • 『鎌倉殿の13人』畠山重忠役の中川大志

『鎌倉殿の13人』で異色回とも言える第36回。なぜかと言うと、これまでずっと正々堂々としないで権謀術数を弄する人たちの物語で、スカッとすることがなかったから。たいてい後味が悪い。それが面白さであって、脚本も演出も演技も上等だ。権力争いのために本心を隠している人たちばかりなので、みんな斜に構えている。三谷幸喜ドラマといえばフジテレビの一連の鈴木雅之演出に代表されるような、シンメトリーで俳優の顔を正面からばしっと映す明快な画が印象的だったが、『鎌倉殿の13人』は角度をつけて撮っているようなものばかりだ。前後にいる人の表情もすぐにぼかすのも、何を考えているかわからない霧のような感じを表しているのではないかと想像している。

第36回は少年漫画的なアングルで義時と重忠の顔をしっかり映していた。時政(坂東彌十郎)がりく(宮沢りえ)と共に権力を振りかざすようになったことで重忠が反発。北条家と重忠の関係性が悪くなり戦うことに。やむをえず闘うことになった義時と重忠の一騎打ちを、刀でなく拳で決着をつけたいと提案したのは小栗だったという。

小栗が立派なのは、殴られてぼろぼろになった顔もさらしていて、重忠に花をもたせていることだ。重忠は「武士の鑑」として後世に名を残すだけあって、義時にいまのままで鎌倉はいいのかと問いかけて正々堂々と闘い散っていく。

なかでも重忠と和田義盛(横田栄司)との友情が泣かせた。最初の頃は仲良くなかった2人だが(一方的に和田義盛が対抗していたような気もするが)いつの間にかいいコンビのようになっていた。だから義盛が考えそうなことは重忠は予想して回避してしまう。振り返れば、第15回、重忠は義盛の性格をついて「思いとは逆のことを言う」作戦を行っていた。長く一緒にいるからこそ相手のことが手にとるようにわかる。それがたとえ、闘う相手であっても、深いつながりがある証しであることが切ない。

重忠は義盛のことだけでなく義時のこともわかっていて、泰時(坂口健太郎)を狙うと見せかけて(多分見せかけていたと思う)、義時をおびき寄せる。坂口健太郎が十分大人なので、若干違和感を覚えるが、泰時は1183年生まれでこのときまだ22歳。子鹿のように頼りなさそうなのも無理もない。泰時のピンチを察して助けに来た義時と重忠は一騎打ちする(この前に泰時を守ろうとする鶴丸〈きづき〉の忠実さもいい)。重忠は義盛たちに息子を殺されたにもかかわらず、泰時を殺さず、義時のことも止めをさせそうだったが見逃す。自分が死ぬことで、生涯、武士の鑑として名を残すほうを選んだことがすごい。実際、こうしてなんだかかっこいい人として後年讃えられているのだから。

『鎌倉殿』は最初のうち、自決を書かず生きることを大事に描いて来た。それが仁田忠常(ディモンディ高岸宏行)の自害に続き、重忠があえて死ぬ道を選ぶ。これはつまり、生きることを優先するあまり他者の命を損ない過ぎて、本来の命の大切さを見失いはじめていることを示しているのではないだろうか。

他者を殺めながら生にしがみつく北条ファミリーと義時。重忠の死を懸けた説得によって、家族とはいえ時政を執権の地位から追い落とすことを決意する義時。重忠のおかげでようやく正しい道を進むと思いきや、稲毛重成(村上誠基)を犠牲にしてしまう。しかも自分の手はやっぱり汚さず、三浦義村(山本耕史)にやらせるのだ。やっぱり義時の考えていることは微妙。自分が執権になれば、「そのために父を追いやったと思われます」と政子(小池栄子)に重責を任せるし。

義時の自己防衛が徹底すればするほど重忠の潔さが神々しくなっていく。実際は陰惨な話でも重忠の話があまりにも美談だから陰惨さが薄まって、清々しい回に思えてしまうのはさすが三谷氏。

もしも、北条家の公式記録にして、『鎌倉殿の13人』もこれをベースにしているとされる『吾妻鏡』を三谷氏が書いていたらすごくうまいこと義時たちを良く見せて、かつ面白く書いたであろう。もっとも『鎌倉殿の13人』こそ才人・三谷幸喜による『シン・吾妻鏡』みたいなものと考えていいのではないか。そもそも『吾妻鏡』を書いた人って誰なんだろうと気になって調べてみたら、国立公文書館のサイトよると北条家一門の金沢氏という人が中心になって編纂していたらしい。

さて。戦闘シーンばかり注目される第36回だが、重忠が覚悟して戦に出るとき、妻・ちえ(福田愛依)と別れを惜しむ場面も印象的だった。愛おしそうに妻の頬をなでる重忠。夫婦のシーンは、義時や義盛たちと一緒にいるときと比べてほぼなかったはずだが、いい夫婦だったのだなあと感じさせた。雄々しさだけでなく甘さも演じることができる俳優・中川大志。今後の活躍に期待しかない。

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