雛人形(ひなにんぎょう)において、三人官女(さんにんかんじょ)や五人囃子(ごにんばやし)の下の段に配置される右大臣と左大臣。弓矢や剣を身につけていて、他の人形と比べて独特な雰囲気があります。また、「右大臣」「左大臣」というキーワードは、日本史で聞いたことがあるような気もしますよね。
「この2体の人形の仕事ってなんだろう?」と疑問を抱く人のために、右大臣と左大臣とは何かや、役割や衣装の違い、正しい並べ方、どちらが偉いのかなどを紹介します。
男雛・女雛を守る右大臣と左大臣とは
五段飾りや七段飾りの雛人形において、上段から数えて四段目に飾られる2体の人形が「右大臣」「左大臣」です。この2体は「親王飾り」や「三段飾り」などの、コンパクトなタイプの雛人形には登場しません。
雛人形の右大臣・左大臣は、「随身」とも呼ばれています。「随臣」とも書き、いずれも読み方は「ずいじん」または「ずいしん」です。それぞれがどういった役割を持つのかを詳しく解説していきます。
随身(随臣)の役割
雛人形において上段にいる男雛と女雛はそれぞれ、天皇と皇后になぞらえたものです。そして、随身(随臣)には、天皇と皇后の護衛としての役割があります。天皇と皇后が外出する際も宮中にいる際も2人の横につき、いざというときは身をていして2人を守る、いわばボディーガードです。
なお「随身」とは平安時代、右近衛府(うこんえふ)と左近衛府(さこんえふ)から選ばれた官人・舎人(とねり)が務めていました。右近衛府と左近衛府とは、ともに行幸の警備や宮中の警固などを担当した朝廷の常備軍のことを指します。
右大臣と左大臣はどっちが偉い? 違いやそれぞれの役割など
ここからは右大臣・左大臣について、細かい違いや役割、逆に共通点を紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
右大臣は力を司る役割
右大臣は力を司(つかさど)る随身(随臣)といわれています。多くの場合は緋色の衣装を着用していて、白い顔の若者です。弓と矢を持ち、凛々しい姿をしています。
右大臣は左大臣の補佐という立場にあり、もしも左大臣が不在のときには、右大臣が左大臣の代わりを務めることもあるそうです。
左大臣は知恵を司る役割
左大臣は知恵を司る随身(随臣)といわれています。黒色の衣装を着ており老人の姿をしていて、赤っぽい顔に、白くて長い髭(ひげ)をたくわえていることが多いです。左大臣はとても高位にあるとされる人物であり、今でいうと内閣総理大臣にあたる役割だとされています。
衣装の色の違いでどっちが偉いかわかる
左大臣、右大臣はどちらも闕腋袍(けってきのほう)という、武官の正装を着用しています。こちらの闕腋袍、前述のように右大臣は緋色、左大臣は黒色っぽいものを着ていることが多いのですが、これは身分の違いを表していると考えられているのです。
日本のひな祭りの始まりは諸説ありますが、平安時代に貴族の女の子たちの間で流行した、宮中の暮らしをまねた「雛遊び(ひいなあそび)」からという説が有名です。
平安時代には身分によって衣装の色が決められており、当時は緋袍(読み方:あけごろも、意味:緋色の上着)は五位、黒袍(読み方:くろほう、意味:黒い色の上着)は四位以上の衣装でした。よって、緋色の衣装である右大臣よりも、黒色の衣装である左大臣の方が上位であることがわかります。
ただしそもそもの話になりますが、右大臣・左大臣は、本来であればかなり高位の存在。特に左大臣は公卿(くぎょう)の筆頭であり、そのような高位の人が、一般的に下級官人の役割である随身を務めることはないといわれています。
また、五位の人が着用する緋袍を、公卿が着ることは通常ありません。そして逆に下級官人のはずの随身は、四位以上の人が着る黒袍はもちろん、五位の人が着る緋袍を着ることはないのです。このように実際の決まりとの矛盾はありますが、雛人形においては、俗称である右大臣・左大臣という呼び方や、衣装の色が浸透しているのです。
共通している持ち物
衣装の色には違いがありますが、持ち物は右大臣・左大臣ともに同じで、以下を持っているのが一般的です。
- 巻纓(けんえい):冠の後ろについている薄い羽根が丸まったような飾りで、武官の装飾です
- 儀仗の剣(ぎじょうのけん):腰に下げている剣で、儀式のための装飾的な武器です
- 弓、矢:弓は左手、矢は右手。いずれも装飾性の高いものを所持しています。また、背中にも装飾性の高い背矢を差しています
右大臣・左大臣の並び方はどうする? - 位置関係は男雛から見て左上位に
左大臣の方が右大臣よりも地位が上であることからもわかるように、当時は左の方が右よりも上位であると考えられていました。
だからといって、雛人形と向かい合ったときに自分の右にくるのが右大臣、左にくるのが左大臣というように並べるのは誤りです。
正しい右大臣・左大臣の並び方は、男雛から見て右に右大臣、左に左大臣となるようにします。そのため雛人形を並べる人の視点では、右にいるのが左大臣、左にいるのが右大臣ということになります。間違えやすいので、しっかりと覚えておきましょう。
なお、当時は左が上位という考え方であるのにもかかわらず、なぜ男雛自身は女雛よりも右側にあるのだろうと、不思議に思う人もいるかもしれません。もともと男雛は女雛の左側に並んでいたのですが、大正天皇の即位の礼のときに、洋装の天皇陛下が西洋文化に倣って皇后陛下の右側に立たれたことで、この風習が雛人形にも反映されたといわれています。これは関東で作られる関東雛の特徴で、京都で作られる京雛は、今でも当初のまま左側に男雛、右側に女雛のスタイルを貫いています。
他の雛人形の役割も解説
雛人形の段飾りには、右大臣・左大臣のほかにも、さまざまな役職の人形が並びます。右大臣・左大臣に詳しくなったついでに、他の人形たちについても理解を深めておきましょう。
三人官女(さんにんかんじょ)
男雛と女雛の下の段、上から2段目に並ぶ3人の女性で、女雛に仕えています。3人とも教養のある女性で、楽器の演奏をしたり歌を詠んだり、家庭教師といった教育係としての役割もこなしていたとされています。
なお三人官女の中央にいる女性には眉毛がありません。さらにお歯黒をしています。当時の習慣では、既婚女性は眉毛を剃りお歯黒をしていました。一方、両隣の女性は眉も剃らずお歯黒でもないため、真ん中の女性は年長者なのではないかと考えられます。
五人囃子(ごにんばやし)
三人官女の下の段にいるこの5人は、楽器を持っていることからわかるように、楽器の演奏をする楽団です。五人囃子は元服(読み方:げんぷく、意味:成人の儀式)前の少年たちで結成されています。おかっぱ頭は当時の少年の髪型です。
仕丁(しちょう)
右大臣・左大臣の下の段に並び、宮中の雑用係をしている3人です。身分は低く、庶民であるとされています。それぞれ泣き上戸、怒り上戸、笑い上戸と呼ばれ、表情が豊かなのが特徴です。
ひな祭りの右大臣・左大臣は、男雛(天皇)と女雛(皇后)のボディーガード
右大臣、左大臣は随身(随臣)と呼ばれ、男雛と女雛を護衛する、現在でいうとボディーガードの役割を持っています。
右大臣は腕力のある若い男性、左大臣は知恵のある老人の姿をしていて、左大臣の方が高位であることは、それぞれの衣装の色からも判断できます。
雛人形を飾りながら、それぞれのお人形にはどういった役割があるのか、右大臣、左大臣が武器を手にしている理由についてなど、あれこれ話し合うのは楽しいものです。ぜひ本記事を役立ててください。