毎年のように将棋界の歴史を塗り替え続けている藤井聡太竜王。2020年度に最年少でタイトルを獲得したかと思えば、2021年度の終わりには五冠を獲得、19歳にして名実ともに将棋界の頂点に君臨する存在となりました。
日本将棋連盟が毎年刊行している『将棋年鑑』では、巻頭特集として藤井竜王のロングインタビューを行っています。本記事は、『令和4年版 将棋年鑑 2022』の巻頭特集インタビューの取材に際して、藤井竜王の仕草や言葉の端々からインタビュアーが感じ取った言外のニュアンスについて記したものです。インタビュー本編では表現しきれなかった細かい機微を少しでも感じ取っていただければと思います。
■森林限界を超えて
Twitterでファンの方からいただいた質問の一つ「お気に入りの前面展望の路線は?」の回答で現れたものです。前面展望とは鉄道の先頭車両から見た前方の眺めのことです。運転士の気分を味わえるもので、前面展望の動画はYouTubeなどで鉄道ファンによく観られているようです。藤井竜王も以前のインタビューで前面展望の動画を見るとおっしゃっていました。
――お気に入りの前面展望の路線はどこですか?
「最近はヨーロッパの前面展望を見ていることが多くて、特にスイスが多いです」
――その中で具体的に一つ挙げるとしたらいかがでしょう?
「ベルニナ線の景色はやっぱりいいですね」
聞いたこともない路線が出てきました。「やっぱりいいですね」という言い方からベルニナ線以外の動画も見たけど、やっぱりベルニナ線が最高だな、みたいなニュアンスを感じます。
――ベルニナ線ですか。すみません、全くわからないのですが、どういったところが魅力でしょうか。
「イタリアのティラーノからスイスのサンモリッツというところまで、アルプスの峠を抜けていく路線なんですが、すごく景色がきれいで世界遺産にもなっています」
――動画はYouTubeで見るんですか?
「はい。YouTubeで見ています」
――研究で疲れたときに見たりするのですか?
「バックグラウンドで再生している感じです」
藤井竜王は幸せそうに語ります。
インタビューのあと、私もこのベルニナ線の動画をYouTubeで観たり、ネットで調べたりしたのですが、調べる中で目を引く記述がありました。
「ポントレジーナ駅以降の標高が約1800mを超える区間は森林限界を超える」(Wikipediaより)
なに!?
藤井先生もまだ超えていない森林限界を超えているだと!
YouTubeでベルニナ線を見ていると途中から森林限界を超えることになるんだと思いますが、その動画を見て「よし、自分も超えよう」と藤井竜王も思っているんでしょうか。
■負けず嫌い
――渡辺先生とは対戦成績に差がついていますが、相性の良さのようなものを感じますか?
「過去のタイトル戦を振り返っても終盤の時点でこちらが苦しかった将棋が少なからずあったので、その中でたまたま結果がこちらに幸いしている、という印象です」
常に謙虚な藤井竜王らしい回答です。
――星が偏っている、という意味で言うと大橋貴洸六段は逆に苦手にされている印象を受けます。
「大橋六段とは公式戦で多分6局対戦していて、それほど対局数が多いわけではないので。これが20局くらいやっていたら考えますが(笑)」
続いて、藤井竜王相手に4連勝している大橋六段について聞く、ちょっと意地悪な質問です。おっしゃっている内容はとてもマイルドですが、この質問に対する藤井竜王の回答がとても早かったのをよく覚えています。
また、大橋六段との対局数を即答されたのも印象的で、藤井竜王の生来の負けず嫌いの性格が一瞬顔をのぞかせたようなやりとりでした。
■VSの相手
将棋年鑑の巻頭インタビューでは毎年、「強くなるための取り組み」を聞いています。藤井竜王が何を課題だと考えていて、それに対してどのように取り組んでいるかは毎年少しずつ変わってきています。
――強くなるための取り組みに関して、昨年はDL(ディープラーニング)系のソフトを使って序盤の形に対する精度を上げることに取り組んでいるとおっしゃっていましたが、現在はどのような取り組みをされていますか?
「昨年からの取り組みも引き続きやってはいるんですが、序盤よりも中盤のミスで形勢を損ねることが多いかなと思うので、ソフトと途中局面から指すといった取り組みをしています。なかなか対人の実戦は機会がないので」
なんと!ソフトとVSしているとは。
いろいろな棋士にお話を聞くと、ソフトの使い方として自分の対局や気になる局面を入力して指し手の参考にする、という方が多いようです。ソフトは人間とは違う視点の手を指摘してくれるので、そういう使い方になるのかなと思っていましたが、藤井竜王はソフトと対局して勉強されているんですね。
互角の局面を作って、そこから対局されるそうですが、ソフトに勝つこともあるんでしょうか。藤井竜王とソフトの対局、一回でいいから見てみたいです。
■一番大きな目標は
――では最後に今年の抱負をお願いします。
「何かわかりやすく目標があるということはないんですけど、まずはやっぱり去年よりも内容を良くしたいというのが一番大きな目標になるかなと思います。その上でタイトル戦でも防衛戦だけではなくて挑戦の機会を作れるように頑張っていけたらと思っています」
結果ではなく内容を追い続ける姿勢は、プロに入ったばかりの頃から一貫してずっと変わりません。
そして「防衛戦だけでなく挑戦も」という言葉。
インタビュアーへの気遣いもあったかもしれませんが、結果を求める言葉も加わりました。第一人者としての責任感がそう言わせたようにも感じられます。
島田修二(将棋情報局)