第43回将棋日本シリーズJTプロ公式戦、▲佐藤康光九段-△糸谷哲郎八段戦が6月25日(土)に宮城県仙台市「夢メッセみやぎ 展示ホールA・B」で行われ、糸谷八段が94手で佐藤九段に勝って2回戦に進出しました。

■序盤は予想通りの力戦に

今期日本シリーズの開幕戦となった本局は、抽選で選ばれたファンの方による振り駒の結果、佐藤九段の先手番に。両対局者は力戦の雄として知られており、本局の解説を担当した中村修九段は対局前に「どちらかというと人真似がきらいな二人のこと、どういう将棋になるのかわからない」とコメントしていました。

開始早々の3手目に佐藤九段が▲5六歩と突いたことによって、その予想が間違っていなかったことがわかります。棋譜読み上げの和田あき女流初段が「後手、糸谷哲郎八段、△3四歩」と読み上げ終わるのを待つかのように指されたこの一手は、この作戦が佐藤九段の用意であることを示していました。

3手目の▲5六歩は、開始早々に馬を作らせて戦おうというねらいの手です。プロ間でも実戦例はあるものの、力に自信がないと指しこなせない形です。

意表の一手を見た糸谷八段は大きく前に身を乗り出しますが、20秒ほどの考慮ののち、意を決したように角交換を敢行。△5七角と敵陣に打ち込んだ角をすぐさま△2四角成と馬にしながら自陣に引き付けました。聞き手の真田彩子女流三段は、『馬は自陣に引け』という格言をこの日のこども大会に参加したこどもたちにも参考にしてもらえればと言っていました。格言の通り、糸谷八段は自玉の守りを固めてじっくり指す方針です。

■佐藤の「遠見の角」か、糸谷の「守りの馬」か

馬を作られた佐藤九段としては、後手陣の駒組みが立ち遅れていることに乗じて早い戦いに持ち込みたいところ。▲8八同飛で向かい飛車に振ったあと、▲7六飛と「石田流三間飛車」の構えに組み替えて速攻の姿勢を見せます。さらに後手の6三銀が浮き駒になったのを見て、▲3六角の「遠見の角」を放ちました。糸谷八段の馬が後手陣の守備の要なら、佐藤九段のこの角は攻撃の要。一歩間違えれば遊び駒になってしまうだけに先手としても勇気が要る局面でしたが、持ち時間10分の早指し棋戦らしく2分ほどの考慮で決断よく指されました。

糸谷八段も一手受け間違えれば奈落の底ということで丁寧に受けに回りつつ、機を見て△5六歩からと金作りを見せつつ先手の動きを牽制しました。3六に打った角をいじめられる手と△5七歩成のと金作りを見せられた先手は、「受けがないときは攻め合いへ」の方針のもと強く▲7四歩と攻め合いに出ます。

■的確な大局観で糸谷がリード

佐藤九段が▲7四歩とと金づくりを見せたのに対して強く△5七歩成でと金を作った手が本局のポイントになりました。先手も▲7三歩成とと金を作り返します。一見すると後手のと金は何にも当たっていないのに先手のと金は飛銀取りになっており、先手の攻めのほうが厳しく見えますが、糸谷八段は数手後に△7二金という受けの好手を用意していたのです。

佐藤九段の▲7四歩を放置して△5七歩成と攻めるという両者の「読みの衝突」が起こったこの局面でしたが、この△5七歩成は自信のある手つきで指され、糸谷八段が局面に自信を持っていることをうかがわせました。攻めをいなされた佐藤九段はなおも▲6三角成と角を犠牲に攻め込みますが、どちらかというと攻めさせられている感じ。感想戦でも佐藤九段の「▲6三角成と成ってからは(先手が)悪いですかね」というコメントが裏付ける通り、この局面以降は画面に表示されるAIも徐々に後手の糸谷八段有利の評価に傾いていきました。中盤以降、解説の中村九段からたびたび「後手のこの馬が角なら(先手も戦えるが)…」という言葉が聞かれたことからも、この「角対馬」の対決では後手に軍配が上がったことが明らかになってきました。

■早指しで飛ばした糸谷八段が勝利

10分の持ち時間と5回の考慮時間を使い切り秒読みに突入した佐藤九段とは対照的に、糸谷八段の考慮時間はなかなか減りません。局面が最終盤を迎えてからも、30秒の秒読みのうち25秒まで読まれることが多い佐藤九段とは反対に、優勢を自認する糸谷八段はノータイムで応戦していきます。最後は糸谷八段が先手の攻めを受けながら蓄えた豊富な持ち駒を生かして佐藤玉を即詰みに討ち取り、見事勝利を手にしました。勝った糸谷八段は2回戦に進出。8月7日(日)に福岡県福岡市「福岡国際センター」で行われる次戦で永瀬拓矢王座と対戦します。

水留啓(将棋情報局)

早指し戦との相性の良さを見せた糸谷八段(写真は第46期棋王戦第1局のもの 提供:日本将棋連盟)
早指し戦との相性の良さを見せた糸谷八段(写真は第46期棋王戦第1局のもの 提供:日本将棋連盟)