■AI審判の導入に賛成するワケ

――本の中ではAI審判についても書かれていました。導入の是非を問う声が日に日に大きくなっていますが、どのように思われますか?

僕は現役時代から導入に賛成なんです。おそらく、いかに現役の審判が試合をうまくコントロールしているのか、比較すると分かると思うんです。AIはルールに則ったストライクゾーンで正確に判定するので、そのまま導入するとあり得ない広さになってしまいます。高低差が広がり、左右のコースは狭くなって縦長の長方形型のストライクゾーンになる。

これまでのストライクゾーンには、アンパイアと選手の間で作り上げてきた“ルール外のゾーン”というものがあります。それが各国によって異なっていて、だから「アメリカは広い」とか「日本は狭い」とか国によって違いが生まれます。それだけ縦長になるゾーンを、果たして現役選手たち、そしてファンの方々は受け入れられるのか。導入して野球がどのように変わるのか、個人的には楽しみです。

――“ルール外のゾーン”も含めて「日本人選手たちが打てるゾーン」ということですか?

国によって体型も異なりますから、分かりやすく言うとそういうことになります。だから、明文化されているストライクゾーンを日本の野球では採用していない。野球のルールブックで、ルールとして唯一プロ野球に採用されていないのはストライクゾーンといっても過言ではありません。そのまま採用してしまうと、今の野球は成り立たなくなるはずです。

実は日本のプロ野球では、一度高めにゾーンを広げたことがあったんです。選手たちには長年、体で覚えたストライクゾーンというものがあって、それをボール1つ分高めに設定しなければならなくなると、1年経ってもほとんどの選手が対応できませんでした。見逃してストライクだったときに選手は「えっ!?」と驚くんですが、「あっ、忘れてました(笑)」と。そんな会話を何度もしました。

■心に残っている教え「間違いは1球で止めておけ」

――選手との交流エピソードも書かれていましたが、中でも印象的だったのは城島健司選手の「おしゃべり戦術」。そんなにしゃべる方だったんですね(笑)。

もちろん話さないキャッチャーもいますが、接触の機会が最も多いポジションがキャッチャーでした。城島選手は特におしゃべりで、1回から9回までずーっとしゃべり続けています(笑)。4時間近い試合でもずっとしゃべってますから、本当にすごいです。ストライクゾーンのことはもちろん、野球に関する雑談が多い。雑談なので今となっては何を話していたのか覚えていませんが(笑)、ルールの確認など真面目な話ももちろんしていましたよ。そうやって審判を利用するのが非常に巧みな選手でした。

――選手や監督との接し方で、気をつけていたことはありますか?

親しくなりすぎない。そこはやっぱりジャッジにも影響してしまいますからね。一定の距離を保つことは心掛けていて、バランスよくやっていたつもりです。それは先輩からも教わっていたことで、例えばグラウンドで必要以上に会話をしていると怒られるんですよね。だから、審判側から話しかけることはありません。聞かれたら答える、受け身の姿勢に徹していました。

――そのほか心に残っている教えは。

「間違いは1球で止めておけ」。ギリギリストライクをボールと判定してしまった場合、審判員の中には2通りの考えがあります。最初にストライクをとったらそのコースを試合終了まで貫く人と、それは間違いと受け止めて次からはボールに修正する人。どちらが正しいというわけではなくて審判員としての考え方なのですが、私は後者。間違いは間違いとして反省して、すぐに修正するようにしていました。

――「間違うことが許されない仕事」では、その瞬時の判断はとても難しそうですね。

そうですね。まずは、「間違いを間違いであると気づくことができるか」というのも大事なポイントです。だから、前者の「最初のストライクを言い続ける」は結果的に間違いに気づいていないと評価をされることになります。もちろん、そこでの評価は給料にすぐに影響はしませんが、アンパイアはそういうところでも評価される仕事なので、日々シビアにやっていました。

■“野球好き”では務まらない

――そもそも審判員はどのような評価制度なんですか?

1年契約なので1年間の査定表をもとに評価をされます。選手のように細かい数値による査定はなく、重視されるのは、トラブル処理ですね。例えば監督が抗議に来て、1分間で説得してベンチに戻らせると評価は上がる。プロの審判員で大事なのは正しい判定は当然なのですが、トラブルをいかに速やかに処理して試合を円滑に進められるか。これが1軍と2軍で評価される大きな違いだと思います。

トラブルは必ず起こります。信頼してくれている監督であれば1分程度で済むこともありますが、逆に信頼されていない監督だと長引いてしまう。とはいっても、ゴマをすってアンパイアから歩み寄ってしまうようなことがあると、審判としての役割を果たせなくなってしまいます。だから、審判が嫌われるのは仕事としてしょうがないこと。何事にも毅然と対応するというのが最も大事なんです。

――上司に呼び出されて、担当試合の映像を検証したこともあったそうですね。

場内放送で、ヤクルトのデントナ選手を、間違って中日のブランコ選手とアナウンスしてしまったときですね(笑)。私は間違いに気づいていなかったんですが、次の日に呼び出されて上司と一緒に映像を見て「何が間違いなんですか?」と聞いたら、「名前」と言われて「あー!」って(笑)。場内放送はあまり練習しないので、緊張するんですよね。できるだけゆっくりと、初めて野球を観る人にも伝わるような説明をするようにと言われていました。

――これから場内アナウンスも注目するようにします(笑)。リプレイ検証が可能なリクエスト制度が2018年シーズンから導入されましたが、審判員にとってどのような変化があったのでしょうか?

正直、審判員としては認めたくなかったのですが、即座に間違いを認めて正しいジャッジに変更することが可能な制度の導入は、致し方ないのかなと思います。審判員からすると“公開処刑”みたいなものですからね。球場のオーロラビジョンに大きく映し出されて、選手、監督、観客のみならず、テレビの視聴者からも厳しい目でチェックされるわけですから。

――ダルビッシュ有さんのツイート「野球の審判って無茶苦茶難しいのに叩かれることはあっても褒められることはほとんどないよなぁ」(2022年4月25日投稿)を思い出しました。それだけのプレッシャーとストレスの中で、29年間も続けられたのはなぜだと思いますか?

「好きなことを仕事にできた」ということが一番じゃないですかね。審判員として合格したあと、当時の指導員から「野球好きでは務まらない。野球が好きな人は無数にいる。野球を愛していないと続かない仕事」と言われたんです。山あり谷ありいろんなことがありましたが、引退して思うのは……野球を愛していたんだなって。ちょっと言葉にすると恥ずかしいんですけど(笑)。だから今、学生野球で審判をしていてもやりがいを感じることができているのかなと思います。「元プロ野球の審判員」として見られるから、本当は嫌なんですよ。当然、変なジャッジはできない。ある意味、プロのときよりも緊張感のある仕事ですが、今までの経験を生かして同じような気持ちで真剣に取り組んでいます。