日産自動車の軽電気自動車「サクラ」は、補助金を使えば100万円台からという値段も衝撃だが、プロトタイプに乗って感じた走行性能の高さにも驚いた。エンジンから電気へという自動車業界のゲームチェンジは、軽EVの普及により地方で先行するかもしれない。
和の内外装は上質感たっぷり
5月20日に発表となった日産自動車の新型軽電気自動車(軽EV)「サクラ」。走りについては前回の記事でお伝えしたように、ボディサイズは軽自動車規格ながら、その枠を超えるほどの走行性能を持っていることが試乗で確認できた。
サクラは日産の軽自動車「デイズ」をベースにしたクルマで、ボディの寸法などはほぼ一緒。一方でデザインは、2019年の東京モーターショーに登場した「Nissan IMk Concept」を踏襲している。イメージカラーの「アカツキ-サンライズカッパー」を身にまとったサクラを眺めていると、コンセプトモデルが持っていた「先進感」と「タイムレス ジャパニーズ フューチャリズム」のいいところを頑張って再現していることを感じることができる。
例えばフロントには光るエンブレムと光るVモーションに加え、軽自動車初となるプロジェクタータイプの3眼薄型ヘッドライトを装着。ブラックのグリルには日本の伝統的な「格子」からヒントを得たデザインを盛り込んでいたりする。バンパー下やホイール、充電口のフタ部分には、こちらも日本の伝統である「水引」をモチーフにしたデザインを採用しているなど、サクラはとにかく「和」テイストを推しているのだ。インテリアも同様で、ドアの内張やペダル部分には水引の模様が入る。
7インチと9インチの2つのディスプレイを水平方向に置き、柔らかな素材で表面を覆ったチョイ置きスペース付きのダッシュボードとベンチシートの組み合わせ、さらには上級モデルが採用したカッパー色のフィニッシャーなどを見るにつけ、オリジナルのIMKを彷彿させる出来栄えになっていて感心する。
ボディカラーには日本の美しい四季をテーマとする特別な4色を用意。春の「ブロッサムピンク/ブラック」、夏の「ソルベブルー/チタニウムグレー」、秋の「アカツキ-サンライズカッパー/ブラック」、冬の「ホワイトパール/チタニウムグレー」をはじめとする全15色から選択できる。
「あちこちにお金がかかっているな」と思いつつボディを眺めていると、リアハッチの右側にある「Zero Emission」の部分はシンプルなステッカーになっていた。コストダウンという点で目立ったのはそれぐらいだ。
もちろん、デイズの室内の広さはサクラでもキープされている。特に後席の足元部分には、上級コンパクトモデルを凌駕するほどの余裕がある。背もたれはリクライニングが可能で、前方に倒せば広大な荷物スペースを確保することも可能。運転支援の「プロパイロット」も当然、装備している。
EVへのゲームチェンジは地方から?
サクラの商品企画を担当した日産自動車 Japan-ASEAN企画本部の鈴木理帆リージョナルプロダクトマネージャーに話を聞いてみると、「このクルマを手に入れたら、もう一生ガソリンスタンドに行くことがなくなるかもしれません」と、かなりインパクトのある第一声。鈴木さんは続ける。
「私は岩手の出身ですが、最近、地方ではガソリンスタンドの数が減ってきていて、給油のためにかなり離れたスタンドまで行かなければならない状況にある方がいることは、個人的にもよくわかっている事実です。そんな時代でも、サクラなら数日に1回、しかも自宅で充電しておけば毎日普通に乗れるので、そこが解消できるんです」
確かに、筆者の実家がある岡山の郊外でも、クルマは1人1台の世界がそこらじゅうにあるのに、近所のガソリンスタンドは閉店になってしまっていて遠くにしかない。戸建てに住んでいる方が多い地方であれば、10万円程度で充電設備を取り付けてしまえば(ディーラーによっては取り付けを金銭的にサポートしてくれるらしい)、いつでも簡単に充電できるようになるはずだ。
「ガソリンスタンドに行くのはチョット」という方や「セルフでの給油は苦手」というユーザーにも、サクラの登場が朗報になるというのが鈴木さんの見方だ。ちなみに、知り合いの女性ドライバーに聞いてみると、「給油はいつも旦那さんの仕事」とか「セルフスタンドは怖いので、わざわざ給油スタッフがいる遠くのスタンドまで行っている」というくらいだから、そうしたユーザーにもしっかり訴求できる魅力的な商品であるといえる。
また、いささか個人的な話なのだが、サクラが岡山の水島製作所製(日産と三菱の合弁会社NMKVによる)であるのもうれしいところ。実は筆者の父親が1964年に初めて購入したのが同じ水島製の初代三菱「ミニカ」(空冷2気筒18PSで4人乗り、リアには立派なトランクがついていた)で、同郷で生産されていることから購入を決めたという経緯がある。
サクラも三菱製軽EV「ekクロス EV」も、我が家の最初のマイカーと同じ場所で生まれたクルマであることで親近感が湧くし、三菱自動車に元気がない時期には工場が縮小されていた期間があったというけれども、最近は再び工場が大きくなり、勤める人が増えて地元が活気づいているとの話も聞けた。
さらにいうと、筆者の愛犬もサクラという名前だった。だった、というのは残念ながら2年前の奇しくも5月20日(サクラの発表日と同日)が命日だからなのだが、なんと16歳半まで生きた長寿犬だった。
自動車のサクラが16年後も生産され続けているかどうかはわからないけれど、その頃には自動車とそれを取り巻く環境は大きく変わっているはずだし、ひょっとしたら「エンジン車からEVへの乗り換えのきっかけを作ったゲームチェンジャーはサクラだったよね」なんていわれるクルマになっているかもしれない。そんなことを考えさせてくれたサクラのデビューだった。