多様性と包括性のある社会を目指し、刑務所との新たな協働について考える「刑務所と協働するソーシャル・イノベーション」が、3月17日に開催された。
さまざまな分野で活躍する社会起業家やビジネスパーソンに向けて、刑務所との協働を呼びかける本カンファレンス。「再犯防止」「地域社会への貢献」など刑務所を取り巻く課題の解決と、"誰も置いていかない社会"という人的資源の社会的包摂を含めた「循環型社会」の実現が目標に掲げられた。
本記事ではヤフーの大野憲司氏、大林組の歌代正氏、セイタロウデザインの山崎晴太郎氏が登壇した基調講演の模様をレポートする。
■PFI刑務所に関わる企業が参加
製品・サービスの開発の文脈で"イノベーション"という言葉が広く使われるようになって久しい昨今、社会課題解決にイノベーションを用いる「ソーシャル・イノベーション」が近年注目を集めている。
「刑務所と協働するソーシャル・イノベーション」は、民間の資金やアイデア、ノウハウを活用した官民協働の「PFI刑務所」を運営する小学館集英社プロダクションや法務省などが共催。
本カンファレンスを通じてさまざまなセクターが連携することで、一般社会から隔絶された刑務所が、社会課題の解決に向けた共創のパートナーとなる可能性が探られた。
基調講演では地方創生と未来の刑務所のあり方をテーマに、各刑務所と協働している民間企業の実践家3名によるてい談を実施。地域と連携したPFI刑務所の活動などが紹介された。
歌代氏は平成16年に島根県浜田市の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」を立ち上げ、大林組のPFI事業の担当者として、その整備や運営などに携わってきた。
「当時はこういうカンファレンスも当然ありませんでしたし、刑務所や受刑者についての情報発信はほとんどない時代でした。法務省で行政改革会議の提言が出され、担当者となった私はその議事録を読み込む中で日本の刑務所や受刑者が置かれている現状や、刑務官の苦労を知りました」
「島根あさひ社会復帰促進センター」は浜田市に合併前の平成15年に旭町が誘致した2000名の受刑者を収容する施設。大林組では提案書の提出にあたって、「官民共同の運営」「人材の再生」「地域との共生」という法務省の基本方針のもと、入札前に地域の人たちへのヒアリング調査を実施したという。
地域の力と収容施設の運営とが融合した社会復帰支援コミュニティの形成、就労支援活動などを掲げ、同施設はビジターセンターや子ども園などからなる「地域交流エリア」を設置。今日まで受刑者の更生と円滑な社会復帰に向けた取り組みをおこなってきたと振り返る。
「当時の旭町は人口3000人ほどで、誘致の背景には地域経済の活性化ということも当然あったようです。ただ、単に経済的なことで施設を受け入れたというわけではなく、受刑者の更生に関わることに深い意義を感じている地元の方々が非常に多いのが印象的でした。『島根あさひ社会復帰促進センター』は地域の連携協力なしでは語れませんし、そうした地元の方々の思いに我々もしっかり応えたいということを今日まで考えてきました」
■社会復帰に欠かせないデジタルの力
ヤフーのCSR推進室、大野憲司氏は山口県美祢市の「美祢社会復帰促進センター」で「ネット販売実務科」という職業訓練の立ち上げに関わった。
「ヤフーでは学生を対象としたデジタル教育のプロジェクトを展開してきましたが、受刑者と関わるようになったのは、私がプライベートで参加していた異業種交流会で、矯正局の前局長と出会ったことがきっかけになります。それまで私の人生で刑務所や受刑者との接点がなく、最初はやっぱり怖かったですね。訓練開始まで準備期間が半年ぐらいあったんですが、その間は刑務所の本を読んでみたり、むやみに筋トレしてみたりしました」
2018年にスタートした「ネット販売実務科」は、受刑者の職業訓練としてネット販売のノウハウを伝えるというもの。職業訓練のカリキュラムの中で、受刑者は美祢市道の駅のヤフーショッピング用のストアページ制作を担当。
「ネットやデジタルの力と地域の連携という意味では、それぞれの地域課題に即した組み立てをしていくことが必要で、ヤフーが単独で技術などを提供するだけでは成り立たない。訓練生の受刑者が個人で作業するのではなく、コミュニケーションしながらチームで役割を分担するかたちをとっている点も、『ネット販売実務課』の特徴です」
「ネット販売実務科」では1回あたり約4時間の講義を年間16回実施しており、これまでに男女約40人の受刑者が受講したという。
「訓練生と向き合ってきた中で、彼らの過去が透けて見えることもあるんですが、やっぱり刑務所に入りたくて入っている人はあまりいない。罪を犯す前のタイミングで手を差し伸べて、思いとどまらせる社会の仕組みや彼らが駆け込める場があったなら、と感じることも多くあります。刑務作業として一般にイメージされるような軽作業は今も多くありますが、オンラインが前提で成り立つ社会で、デジタルの力を身につけられる職業訓練を行えれば社会復帰もしやすくなる。結果的に再犯防止につながると思っています」
■受刑者と地域の強固な関係性
同じく「美祢社会復帰促進センター」で「販売戦略科」を昨年実施したのは、企業ブランディングなどを手掛けるデザイン事務所「セイタロウデザイン」代表の山崎晴太郎氏。
「社会課題のレイヤーから落とし込むだけでは、どこかで限界があると僕は思うんですが、その地域のある種のコミュニティハブとして刑務所を機能させていくようなことがデザインの力でできたらなと思っています」とのことで、刑務所と地元住民との関係を考える上で印象的だったエピソードを紹介した。
「これは映画にもなった話ですが、美容室が併設されている奈良の少年刑務所では、美容師資格の職業訓練を受けた受刑者が実際にそこで働いているんですよね。500円くらいで髪を切ってくれる理容室で、その地域ではとても大事な場所になっていると聞き、受刑者と地域の強固な関係性をデザインできるのではないかと考えるようになりました」
同社は2017年、重要文化財「旧奈良監獄」の利活用プロジェクトでクリエイティブ統括を担当。当初は刑務所という建物への建築的な関心が強かったそうだが、刑務所や受刑者と関わるうち、広告ポスター制作を通じてデザインやコミュニケーションの力を養う職業訓練を実施するに至ったという。
「デザインには記号消費を助長してしまうジレンマもある一方で、ポジティブなかたちでイメージを伝え、社会を設計していくこともできると信じています。刑務所って社会から隔離して社会に適合するかたちに教育する場所だと思うんですが、ある部分は社会とつなぎ続けて、ある部分は矯正に向かわせるといったことも、バーチャルやネットを使えば実現しやすい。次の時代にはバーチャル刑務所のような施設もできるかもしれませんね」
後編記事ではプログラムの後半に行われた、有識者によるインスピレーショントークのもようをお伝えする。