新潟日報電子版は3月10日、「トキ鉄と北越急行 統合検討も」という記事を配信した。3月9日の新潟県議会で、自民党の沢野修議員が「県全体の地域鉄道網を考える時期ではないか」と県の考えを問い、交通政策局長の佐瀬浩市氏が「1つの大きな案として関係市と協議したい」と答えたという。
えちごトキめき鉄道と北越急行は、どちらも新潟県が筆頭株主の第三セクター鉄道で、赤字決算が続いている。新潟県が2月16日に発表した2022年度予算案によると、北越急行に2億8,000万円、えちごトキめき鉄道に7億3,000万円の支援を計上しているとのこと。新潟県が本気で動き出せば、いまにも統合に向けた取組みが始まるかもしれない。
しかし、北越急行は赤字とはいえ、連続黒字時代に積み上げた80億円以上の資産がある。ネット上では、「ほくほく線がコツコツ貯めたお金を取り上げるのか」と驚きの声が上がった。筆者も、「どうせ同じ財布にするなら、存廃問題が報じられた大糸線のJR西日本区間も入れてあげて」と思った。
「トキ鉄」ことえちごトキめき鉄道は、北陸新幹線の並行在来線のうち、新潟県内の区間を引き継いで開業。妙高高原~直江津間の妙高はねうまライン、市振~直江津間の日本海ひすいラインで列車を運行している。直江津駅でJR信越本線と接続し、妙高はねうまラインと直通運転を行う。妙高高原駅で長野県のしなの鉄道と連絡する。日本海ひすいラインは富山県のあいの風とやま鉄道と直通運転を行っている。
トキ鉄は観光列車「えちごトキめきリゾート雪月花」と、413系・455系の観光急行列車で知名度を上げた。並行在来線の宿命として、赤字経営となるため、開業翌年から「えちごトキめきリゾート雪月花」を新車で導入し、国内外の観光客に好評を得ている。2021年7月には、JR西日本から購入した413系・455系の観光急行列車が運行開始した。国鉄時代に製造された電車を復活させ、懐かしさもあって鉄道ファンから人気が高い。直江津駅には「直江津D51レールパーク」(2021年4月開業)もあり、鉄道の街として栄えた直江津のプライドを感じさせる。
北越急行はJR上越線の六日町駅とJR信越本線の犀潟駅を結ぶほくほく線を運行。国鉄時代に建設が中断された北越北線を継承した路線で、当初は十日町と日本海方面を結ぶ目的だった。後に東京と北陸を結ぶ短絡ルートとして評価され、特急列車の運転を見越した高規格路線となった。
開業後、越後湯沢駅から富山・金沢方面を結ぶ特急「はくたか」の運行ルートの一部となった。しかし将来、北陸新幹線の開業で特急「はくたか」が廃止されると、赤字ローカル線になる。それを見越して開業当初から収益を貯蓄し、現在も有価証券で運用している。ただし、決算書の推移を見る限り、純資産残高は減少している。
■当事者の鳥塚社長に聞いてみた
実際のところ、両社の統合に向けた取組みはあるのだろうか。今回の報道について、当事者であるえちごトキめき鉄道と北越急行はどう受け止めたのか。えちごトキめき鉄道は代表取締役社長の鳥塚亮氏に、北越急行には広報窓口を通じて問い合わせた。
北越急行からは回答を得られなかった。おそらく「青天の霹靂」だったのだろう。一方、鳥塚氏はインタビューに応じてくれた。
――統合案について、新潟県庁から具体的な話はありましたか?
鳥塚 : 正式な話はありません。しかし、花角知事の頭の中にはあるだろうなと思います。新潟の交通体系の将来を考えたときに、知事、交通政策局、そして交通事業にかかわる人は、「いずれそういう話題も出るだろうだろうなぁ」と思っているでしょう。議事録は見ていません(※)が、議会の場で質問されたから、可能性のひとつとして交通政策局長が答えた。そういう受け止めです。
(※)2022年3月18日時点で、新潟県議会のサイトは未公開
――誰もが思っていて口にしなかったことが、議会で明らかになった。
鳥塚 : (知事の)花角さんは国土交通省出身ですから、観光と交通のプロなんです。おそらく日々の会話の中で、将来の交通構想について話をされていたんでしょう。交通政策局長が独断では言えませんので。そして議会で質問された沢野先生は、県議会で6期も務めて、議長経験もある重鎮です。沢野さんも交通問題に長けていらっしゃる。只見線の存続問題にもかかわっていらっしゃいます。私も只見線の存続問題のときにお会いしていまして、只見線は福島県なのに、なぜ新潟県の先生が、とお尋ねしたら、「なにをおっしゃる。私の地盤の阿賀町は会津藩。明治政府が勝手に県境を引いたけど、福島とは密接な関わりがある」って。とても頼もしい方なんです。
――交通のプロが交通政策に対してガチな質問をしたわけですね。
鳥塚 : 交通政策局長の佐瀬さんはよく存じ上げております。実に正直で、真っ直ぐで、役人としてけがれたところがまったくない。ポーカーフェイスはできないし、そこまで言わなくてもいいですよっていうくらい(本音で)話してくれます。だからこそ、沢野先生ほど交通に通じた議員から質問されたら、それなりの答え方をしますよ。お茶を濁すことはできない人です。検討課題として将来は考えられますね、という趣旨の話をされて、それで終わった話だと思います。誰もが想定したことだから驚かないですよ。ただ新聞で報じられたので、事情を知らない人は驚くでしょうね。
――将来の可能性であって、いますぐ統合するという話ではないんですね。
鳥塚 : 私のところには話がありませんし、トキ鉄は中期経営計画(5カ年計画)を作って新潟県に提出しています。そこでも北越急行との合併のような話は一切ありませんでした。だからニュースになったことは寝耳に水ですけど、誰でも思っていることです。それは北越急行さんも同じだと思いますよ。このままじゃダメだろうなという認識はある。
交通はネットワークですから、新潟県にとっては上越新幹線と北陸新幹線の2つの路線を結ぶネットワークが大切、重要課題です。越後湯沢と上越妙高を結ぶ路線を見たときに、越後湯沢から六日町までJR東日本、六日町から犀潟まで北越急行、犀潟から直江津までJR東日本、直江津から上越妙高までトキ鉄。これは利用者目線だとありえない。少なくとも北越急行は越後湯沢~直江津間であるべきです。交通体系を考えた場合に、越後湯沢~上越妙高、越後湯沢~糸魚川という線形になっているので、新潟県が交通ネットワークを考えるならそこだと思います。
――利用者目線としては、ネットワークを統合したほうが便利です。新潟県としても管理しやすくて都合がいいと考えているのでは?
鳥塚 : どうでしょうね。それぞれ路線の性格、成り立ちが違うんです。トキ鉄は並行在来線です。これは、新幹線を受け入れる代わりに県と自治体が責任を持って継続するという約束があるんですね。北越急行は並行在来線でもないし、特定地方交通線でもない。第三セクターではありますが、言わば自治体が設立した地域鉄道です。必ずしも新潟県がやっていかなきゃいけないっていうことではないのかな、と思います。並行在来線のトキ鉄は、「やめます」とは言えないんです。
――存続を約束されていない鉄道だからこそ、北越急行は黒字時代に蓄えてきた。
鳥塚 : ただし、それは会社の性質の違いであって、路線の意義という意味では、北越急行さんはものすごい路線なんですよ。車だったら1時間かかるところを15分で走っちゃう。山脈みたいなところを2つも越えてね。十日町から直江津も六日町もそんな感じでしょう。峠越えだし、冬の道路は通行止めになってしまう。トンネル、高架、高速列車対応設備、大変な技術を投じた、交通機関として画期的、素晴らしい路線です。それを使いこなせているか。お客さんがいない。需要の掘り起こしをしなくちゃいけない。
――地方紙の発信を真に受けて、全国の鉄道ファンがびっくりしたという図になりそうですね。
鳥塚 : 大糸線もそうなんですよ。JRは「切り離したい」、国は「勝手に切り離すな。地元ときちんと話し合いをしなさい」。地元も知らん顔はできませんよ。その確認が大糸線の会議のテーマだったんです。それを廃止前提だとか存廃論議とか、マスコミが騒いでいるだけです。地元は冷静で、騒いでいるのは大都市の鉄道ファンかな(笑)。トキ鉄と北越急行の話も、そんなに大きなニュースではないし、後追い報道もないし。
――トキ鉄は北越急行のお金が欲しいんだと思ってましたよ(笑)。
鳥塚 : そんなことはないです(笑)。北越急行さんとは会社同士のお付き合いもありますし、列車の乗入れもやってます。社長同士、営業同士、運輸部門同士がつねに連携できて、同じ会社みたいな風通しの良さはあります。あいの風とやま鉄道さん、しなの鉄道さん、JR東日本さんとも電話1本の間柄です。もう2年くらい飲み会をやってませんが(笑)、そこで話題になるくらいの話ですね。具体的な検討にはならないと思いますよ。
――そうすると、今回は鉄道の存続に熱心な議員が、県に対して「どうするの?」と問いかけたら、正直に可能性のひとつとして回答されたと。
鳥塚 : 新潟県知事や交通政策局の中で、新潟県の将来の交通ビジョンはできているはずです。佐渡汽船の問題もあるし、トキエアをどう活かすかとか、交通ネットワークをどうするか真剣に考えていると思います。出たとこ勝負で答えているわけではない。
鉄道はそれが「2つの新幹線をリンクさせるにはどうしたらいいか」という課題なんだと思います。新潟県は細長い地形で、上越は県庁から一番遠い地域なんです。トキ鉄は県庁すら通らない。だから県庁がどこまでトキ鉄を案じてくれているかな、なんて思うこともあります(笑)。でも、補助金も出してくれるし、トータルな交通の見方をされていると思います。
――目先の赤字のためにこっち(北越急行)のお金を使おうというような、単純な話ではないんですね。
鳥塚 : それはまったくないです。トキ鉄のほうが赤字額は少ないんです。対して北越急行さんは、長大トンネルがあって、あれだけの立派な設備ですから、これから修繕費がもっとかかります。30年経つと、あれだけのスペックをどう維持していくか。トキ鉄としては、北越急行が積み立てたお金より、膨大な修繕費を引き受けたいかどうか、そういう話です。
トキ鉄は貨物列車が走るから、貨物調整金という線路修繕費に使えるお金が入ってくる。でも北越急行は貨物列車が走らない。仮に統合するとしたら、北越急行も貨物列車が走れる体制にして、犀潟~直江津間も我々の線路にして、黒井の貨物駅からも線路使用料を取れるような形にしていく必要があります。
いま、隅田川から上越線を走って長岡回りで富山へ行く貨物列車があります。これがほくほく線経由だとかなりショートカットできます。首都圏の物流にもプラスになりますよ。ほくほく線は山をぶち抜いてショートカットですから、物流も人流も大きなメリットがあります。
そこまで行くと、新潟県だけでは解決できなくて、国の支援というか制度改正が必要ですね。並行在来線の考え方を変えよう。存続できるしくみを作りましょうという話です。上下分離にしたらどうか、とか。だから、いろんな可能性のひとつとして、トキ鉄と北越急行の統合と言っても、第一種鉄道事業同士を合わせる方法もあるし、上下分離の下、線路設備を新潟県保有に統合して、トキ鉄と北越急行は第二種鉄道事業として運行するという形もあるでしょう。
■地域の交通ビジョンが重要
地方紙が議会の情報を淡々と記事化してネット配信したところ、全国の鉄道ファン、鉄道関係者が敏感に反応した。それが今回の顛末のようだ。しかし、鳥塚氏の「個々の鉄道の経営問題よりも、県全体の交通ビジョンが先にある」という話が興味深い。
各交通事業者が問題意識を持ち、連携して県民の移動手段をより良くしていく。これは新潟県だけでなく、各都道府県、さらには国の交通政策に必要な考え方だろう。もしかしたら、新潟県、えちごトキめき鉄道、北越急行が手本を見せるかもしれない。