ついカッとなって上司や取引先ともめた、心ない言葉をパートナーにぶつけてしまった…。人間は「感情の生き物」といわれるものの、感情に振りまわされてしまえばろくなことがないというのも事実です。

  • イライラも怒りも妬みもすべて消え去る心理学。感情の浮き沈みをなくすには? /心理カウンセラー・中島輝

わたしたちの「感情」について伺ったのは、心理カウンセラーの中島輝さん。感情の振れ幅を抑える方法を、「心理学のプロ」が紹介してくれました。

■「視野の広さ」が感情の振れ幅を左右する

——同じ人間であっても、感情の振れ幅が大きなときとそうでないときがあります。それはどんなちがいによるのものでしょうか。
中島 ひとつは、かかわる人やものごととの関係性です。たとえば、たまたま入った飲食店の店員の横柄な態度に少しムカついたということがあっても、その感情の振れ幅はそれほど大きなものではないでしょう。多くの場合、翌日になれば、あるいはほんの数時間のあいだにもすっかり忘れてしまいます。なぜならそれは、店員と自分との関係性が薄いものだからです。

でも、関係性が濃い恋人と喧嘩をしたといったことがあればどうでしょうか? ふだんの「愛している」というポジティブな方向への振れ幅が大きい分、「かわいさ余って憎さ100倍」というように逆にネガティブな方向への振れ幅も大きくなりますし、心を傷つけられた相手の言葉や態度などをいつまでも忘れられなくなるといったこともあります。

ただ、このこと以上に感情の振れ幅に大きな影響を与えるのは、「視野の広さ」だと考えます。家族や友人、職場などさまざまな自分を取り巻くもののなかで、ひとつのものだけに意識が向かっていたらどうなるでしょう? 恋人と喧嘩をしたときに恋人にしか意識が向かっていない場合、やはり感情の振れ幅は大きくなりますし、そのときの強い感情もなかなか収まりません。

——そうなると、感情に振りまわされなくなるための方法となると、視野を広げるということでしょうか。
中島 そうなりますね。恋人や家族と喧嘩をしたといったときにはいったん別の部屋に移るなど物理的に距離を置き、他のことを考えるというのも手です。

あるいは、会社でネガティブな出来事が置きて深く落ち込んでしまったというときなら、家族のことを考えて「自分には、こんなに応援してくれるいい家族がいるじゃないか」というふうに視野を広げて意識を会社のことからそらすといった具合です。

■感情に振りまわされる人に目立つ「二分思考」

——続いて、人によるちがいを教えてください。感情の振れ幅が大きい人にはなにか特徴がありますか?
中島 「二分思考」の人が多いという印象ですね。二分思考とは、ものごとに対して「ゼロか100」かといったふうに両極端にしか考えられない、はっきり白黒をつけたいという思考のことです。

ですから、好き嫌いでいっても、「この人のこういうところはちょっと苦手だけど、こういうところは好きだな」といった考えを持てずに、それこそ「好き」か「嫌い」の二者択一になります。このことだけでも、感情の振れ幅が大きいことが容易にイメージできるのではないでしょうか。

——たしかにそうですね。つまり、いわばグラデーションの部分といったものが見えないということでしょうか。
中島 そうです。そしてその思考は、自分に対しても向かいます。二分思考の人は、仕事をするにもなにをするにも、とにかく100点満点を目指します。その結果が80点だとして、まわりからは「80点でもいいじゃないか、十分にすごいよ」と思われることであっても本人はまるで納得しません。二分思考のために、本人にとっては80点も0点と同じことだからです。

こういう人は、見方を変えれば、真面目で一生懸命な頑張り屋だという側面を持ちます。でも、手の抜きどころを知らないために自分を追い込むようなことにもなる。真面目で一生懸命な頑張り屋であることは大きな長所ですが、その二分思考によって自分を極度に追い込んでしまえば、それこそ自律神経失調症やうつ病といったものを発症する可能性も出てきます。

そうなって本来の能力を活かし切れなくなってしまえば、本人にとってはもちろん、家族や勤務先など周囲にとっても大きな損失です。

——二分思考の人が感情の振れ幅を抑えるにはどうすればいいでしょうか。
中島 こういう人には、ぜひ「ま、いっか」を口ぐせにしてもらいたいと思います。この言葉は、どんな状況においても心に余裕をもたらしてくれると同時に、ものの見方や人間の見方を変化させる、わたしの思うマジックワードです。「80点でも、ま、いっか」というふうに、つねに口にしましょう。そうすれば、感情の振れ幅を抑えることができるようになり、自分自身を守ることにもなるでしょう。

さらに、ストレス耐性が高まって、ネガティブな現象に合わせた心の変化をも楽しむことができるようになってきますので、「自分の運命を決定する権利を自分が持っているのだ」と精神的自立感が高まるということにもなります。

■ネガティブな感情が湧いたら、即座に「ありがとう」

——「ま、いっか」は二分思考ではない人にとっても、感情の振れ幅を抑えるために有効なものですか?
中島 もちろんです。感情に振りまわされたくないと考える人には、併せて「パーパス思考」というものも紹介しておきます。パーパス(purpose)とは「目的」を意味する英語です。ビジネスシーンにおけるパーパス思考にはさまざまな解釈がありますが、狭義には単純に「目的思考」となります。

「感情の振れ幅を抑えたい」と考える人は、なぜそう考えるのでしょう?「感情の振れ幅を抑えたい」という思いの先には、「イライラや怒りをうまくコントロールして家庭や職場でよりよい人間関係を築きたい」など、なんらかの目的があるはずです。そうであるならば、その目的を強く意識しましょう。

そうすれば、ただ「感情の振れ幅を抑える」ことを目的としている場合と比べて、その先にある大きな目標を見据えているがために、「きちんと感情をコントロールしよう!」という意識がより強く働き、感情の振れ幅を抑えられるようになっていきます。

もうひとつおすすめの方法を紹介するなら、先ほどの「ま、いっか」ではありませんが、イライラや怒りなどネガティブな感情が湧いてきたときには、すぐに「ありがとう」と口にしたり思ったりすることも有効です。「あの上司の態度、ムカつくなあ」と思ったらすぐに「ありがとう」と思うという具合です。

——「ありがとう」ですか。どういう効果があるのでしょう?
中島 もちろんこれは、「上司のムカつく態度」などネガティブな感情を引き起こしたもの自体に対して感謝を述べるといったものではありません。そうではなく、イライラなどネガティブな方向に向かった感情を、「ありがとう」という言葉によって半ば無理やりポジティブな方向に引き戻すことを狙ったものです。

「イラついた、ありがとう」「ムカついた、ありがとう」「腹が立つなあ、ありがとう」というように繰り返して習慣化していけば、ネガティブな感情を即座にポジティブな方向に引き戻すという「切り替える力」を身につけることができます。

そして、「こういうことが起きたらイラつく、ムカつく、腹が立つ」といった過去の経験による固定観念から脱出することができるため、「未来に生きる力」にもなる言葉です。ネガティブな感情に振りまわされることなく「本当にやりたいこと」に集中していけるので、これからの人生の方向性もポジティブに考えることができようになるでしょう。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/川しまゆうこ