相穴熊の熱戦を制す

藤井聡太王位への挑戦権を懸けて争われる、お~いお茶杯第63期王位戦(主催、新聞三社連合)の挑戦者決定リーグ白組の羽生善治九段―久保利明九段戦が2月16日に関西将棋会館で行われ、128手で久保九段が勝利しました。

本局は両者にとってのリーグ開幕戦でした。久保九段は第50期以来のリーグ復帰で、通算は3期目。他棋戦の実績から比較するとリーグ在位が意外な少なさですが、まずは初の残留、そこからのリーグ優勝を目指します。

■驚異的な羽生九段の王位戦実績

対して羽生九段の王位戦実績は圧巻です。前期も挑戦者決定戦に進出しており、王位獲得通算18期は獲得数2位となる大山康晴十五世名人の12期を圧倒的に引き離しています。何よりすごいのは、リーグ初参加の第34期から一度も陥落がないことでしょう。6人中4人(紅白2リーグなので12人中8人)が落ちる王位リーグは、将棋界の中で最も残留が難しいリーグと言えますが、その中で丸29年にわたり一度も陥落がないというのは、言葉もないほどの驚異的な記録です。

■ギリギリの終盤戦

本局は後手の久保九段が四間飛車に振って、相穴熊となりました。お互いの玉頭である9筋が戦場となったのは、いかにも相穴熊らしい展開でしょう。大駒を切った張ったの乱戦で迎えた83手目、羽生九段は▲9四銀と敵玉頭の制圧に掛かりますが、対する久保九段の△6六角が好手でした。先手は次に△7九竜を許してはいけないので▲6九歩の底歩で頑張りますが、△8八角成と打ったばかりの角を切り飛ばして、先手の穴熊が一気に薄くなりました。以下はお互いにギリギリの終盤戦が続きます。

最終盤のポイントは109手目以下の進行でしょうか。ここで久保九段は△7七金▲9七玉と形を決めてから△6四金と打ちました。自玉を安全にするだけでなく、次に△5五金と角を取った手が詰めろになっています。ですが、△7七金では先に△6四金と打つべきでした。何故なのか、まずは実戦の進行を追ってみましょう。

実戦の△6四金に対して羽生九段は▲9二成銀△同玉と後手玉を危険地帯に引っ張ってから▲9四歩とさらに圧力を掛けます。対して久保九段は△8八銀▲9八玉△5五金と先手玉に詰めろを掛けました。これで先手玉は受けなしなので羽生九段が勝つには後手玉を詰ますしかありません。▲9三銀から追い込みますが、わずかに届かず、久保九段が熱戦を制しました。

■重大な手順前後

ところが、▲9二成銀△同玉の交換を入れずにじっと▲9四歩と突いておけば先手勝ち筋でした。対して後手はまだ持ち駒に銀がないので△5五金と角を取るくらいでしょう。この手自体も詰めろなので後手が勝ちそうです。しかし時間差で▲9二成銀△同玉▲9三銀を決め、△同桂▲同歩成△8一玉と本譜と同じように進めると、後手玉は詰まないのですが、そこで▲9五香と玉の逃げ道を開く手が成立しているのです。銀を先に渡さなかったため9八玉型にされず、この順があります。▲9五香の局面は先手玉に有効な詰めろがかかりません。対して後手玉は次に▲8四桂でほぼ受けなしです。

では109手目の局面に戻って、すぐ△6四金だとどうでしょうか。対して▲9四歩△5五金▲9二成銀から前述の順に進めるのは最後の▲9五香が利きません。先手玉がまだ8八にいるので△7九角から詰まされてしまいます。△6四金には他の手もありますが、いずれも後手が有望なようです。

指す手の順番が逆になったことで狙い通りの結果にならないミスのことを手順前後といいます。

長く手順を示してしまいましたが、まとめると、重大な手順前後が久保九段、羽生九段に続き、それにより結果が揺れ動いたことになります。わずかな手の組み合わせの違いが勝敗に直結する、やはり将棋は難しいですね。

相崎修司(将棋情報局)

久しぶりの王位リーグで好発進の久保九段
久しぶりの王位リーグで好発進の久保九段