ビジネスシーンにおいては「日本の企業や製品には『独創性』が足りず、そのために世界的なイノベーションを起こせない」といったことがよくいわれます。そんな現状を打破すするのは、もしかしたら「左利き」の人かもしれません。

  • 「没個性」の日本に「独創性」をもたらすのは「左利き」だ! では、右利きの人が独創性を高める方法は? /脳内科医・加藤俊徳

その根拠を語るのは、『1万人以上の脳を見た名医が教える すごい左利き』(ダイヤモンド社)という著書を上梓した脳内科医の加藤俊徳先生。その言葉の真意を聞きました。

■独創性を尊重しない日本のビジネスシーン

「独創性」に関する日本のいちばんの問題は、いわゆる二番煎じとそれに先立つ「一番煎じ」ともいうべきものを同一に扱いがちな点にあります。たとえば、二番煎じで発売された同じような商品であっても、最初に出たものより売れてしまえば価値があるというふうに考えられるのが日本のビジネス社会なのです。

例を挙げれば、出版社の雑誌編集部の場合なら企画会議には必ずといっていいほど「競合誌」のデータが持ち出されます。他社の競合誌のなかでよく売れたものがあれば、その要因を分析し、似たような企画をぶつける…。これでは、独創性が育つわけもありません。

日本では、企業戦略として「没個性」があたりまえになっている会社が非常に多いというのがわたしの印象です。「出る杭は打たれる」なんて言葉がありますが、それをビジネスにおいてもやってしまっているのが日本の企業社会なのです。

では、どうすれば独創性を伸ばしていけるのでしょうか? そのためには、それこそ会社を挙げて方針を変える必要もありますが、なによりシンプルに「真似をしない」ことが大切です。

そういう意味では、「左利き」の人こそがキーパーソンとなるかもしれません。なぜなら、現代人の9割が右利きという社会に生きる左利きの人は、左利きという時点で他の大多数とはちがうからであり、左利きの人は「独創性」に優れているというのがわたしの考えです。

その理由のひとつが、脳の持つ役割です。右脳が感性や直感的思考を司るということは多くの人が知っていますよね? そして、右脳は身体の左側の機能を司っていることもよく知られています。つまり、左手をよく使う左利きの人は、独創性に通じる感性や直感的思考に秀でているのです。

■左利きの人が独創性に富んでいるわけ

また、左利きの人が独創性に優れている理由は、脳の使い方にもあります。9割が右利きという社会のなか、なにかにチャレンジしたりなにかを覚えたりしようというときにも、左利きの人は右利きの人を見本にすることがほとんどです。

たとえば、野球をやろうというとき、やはり多いのは右利きです。監督やコーチが右利きなら、左利きの人は右利きの監督やコーチのフォームをしっかりと細部まで観察して、そのあとに頭のなかで左利きの動きに置き換えて「こうやればいいんだな」というふうに考えるという段階を踏まなければなりません。

つまり、自分のなかでなにかを生み出さなければ、日常生活のなかで苦労を強いられるわけです。常日頃からなにかを生み出すことが当然となっている左利きの人の独創性が高まることは必然といえます。

また、右利き優位の社会のなかでは、左利きの人は左手を使いたい場面でもときに右手を使わなければならない場面もあります。自動改札機のICカードタッチ部分や乗車券投入口は右側にあります。左利きの人でも、右手でICカードをかざすという人も多いでしょう。

じつは、このことが脳を鍛えることにつながります。わたしたちの脳は、自分が苦手なことを一生懸命にやろうとしていると、神経回路のなかに迂回路ともいうべき回路がたくさんできます。それだけ神経回路が緻密になるわけで、もちろんその分、脳の働きやスピードは高まります。

そして、左利きの人にとって重要なのはその次のステップです。たしかに迂回路がたくさんできている左利きの人は、それだけでも脳の働きや独創性が高まっています。でも、いつも「こうしたほうが右手を使ってもやりやすいかな?」なんて考えていては、せっかくの独創性を存分に発揮することはできません。

ですから、同じ仕事をするにも本来の左利きのままでやりやすい方法を考えたり、それこそ左利きを活かせる仕事や職種を選んだりすることが大切です。そうすれば、それまでに鍛えた脳と独創性が一気に成果を挙げてくれることになるでしょう。

■右利きの人が独創性を高めるための方法

一方、右利きの人が独創性を高めるにはどうすればいいでしょうか? そのための方法は簡単です。左利きの人がふだんやっていることをやってみればいいのです。

左利きの人が独創性に優れているひとつの理由は、脳の使い方にありました。右利き優位の社会のなかで、利き手ではない右手を使わなければならない場面も多いからこそ、脳の神経回路が緻密になります。だとしたら、右利きの人も積極的に左手を使ってみましょう。おすすめは、ドアノブを左手でまわすということです。

左利きのわたしの場合、ドアを開けるにもパソコンのマウスを使うにも、ほんの一瞬だけ「どっちの手を使おうか」と考える癖がついています。それは、利き手ではない右手を使う場面も多いからです。でも、右利きの人は右手しか使いません。

そこで、右利きの人もドアを開けるときに左手を使ってみてください。最初はかなりの違和感を覚えるはずです。でも、それが左利きの人が日常的に味わっている感覚なのです。

この違和感が、独創性とともに思考力も高めてくれます。わたしたちの脳は、なにかとなにかを対比することでその思考力が高まります。ところが、右手ばかりを使っている右利きの人は、左手で同じ作業をしたときの感覚を認識することがほとんどありません。右手の感覚しか知らずに対比する対象がないのですから、思考力がなかなか高まらないということになるのです。

そして、1週間もすれば左手でドアを開けるときの違和感は徐々に薄れていくでしょう。それこそが、脳の神経回路が緻密になってきている証拠です。脳というものはとても柔軟性に富んでいます。使えば使うほどその働きが高まるのですから、使わないのは損というもの。右利きの人も、ぜひ左手を積極的に使って独創性や思考力を高めていってほしいと思います。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人