エンジン音もなく、ほとんど振動もせずに走る電気自動車(EV)は、ちょっと無機質過ぎて、乗って楽しそうには思えない……。そんな先入観は、アウディ「RS e-tron GT」に乗ればどこかに吹き飛んでしまうかもしれない。試乗して味わった不思議な感覚をお伝えしたい。

  • アウディ「RS e-tron GT」

    EVは無機質? アウディ「RS e-tron GT」は明確に否定する(本稿の写真は撮影:原アキラ)

試乗した「RS e-tron GT」は「e-tron GT」の中でも高性能版であり、アウディが“ブランドシェイパーモデル”と呼ぶクルマだ。出力的にはポルシェのEV「タイカン」の「ターボ」と「GTS」の間あたりに位置する4ドアスポーツモデルである。

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    アウディは2025年までに販売台数の3分の1を電動化モデルにする計画。BEV(電気自動車=バッテリーEV)用に4種類のプラットフォームを用意する。「MLB evo」は先に登場した「e-tron」、「MLBモジュラーエレクトリフィケーション ツールキット」は「Q4 e-tron」で使用。「e-tron GT」は「J1 パフォーマンスプラットフォーム」を使う。もうひとつはこれから出てくる「プレミアム プラットフォーム エレクトリックPPE」。「J1」はアウディと同じフォルクスワーゲングループのポルシェ「タイカン」も使用しているプラットフォームだ

とにかく低く、幅広い

RS e-tron GTのボディサイズは全長4,990mm、全幅1,965mm、全高1,395mmで、ホイールベースは2,900mm(タイカンと同じ)。同じアウディの4ドアスポーツクーペである「RS7」よりも幅広く、低く構えたスタイルが特徴だ。

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    低くて幅広いスタイルが特徴

可変式エアインテークを備えたフロントグリルはブラックの塗装で、まるで黒いマスクをかぶっているような雰囲気。BEVモデルなので開口部分はそれほど広くはなく、代わりに周囲を認識するためのセンサーユニットがナンバープレート下にドンと収まっている。

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    黒いマスクをかぶっているようなフロント

サイドは大きなブリスターフェンダーとそれに収まる21インチホイールが迫力満点。装着するタイヤはグッドイヤー製「イーグルF1」で、電動車用に開発した「ELECTRIC DRIVE TECHNOLOGY」の文字が刻まれたものを装着していた。

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    サイドは迫力満点

最低地上高が低いので肉眼では確認できなかったが、アンダーカバーには細かいディンプルがついていて、Cd値0.24(空気抵抗の少なさ)に貢献しているとのこと。通常はリアエンドにピタリと収まっているリアスポイラーは、速度に応じて起き上がる可変式を採用している。

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    リアスポイラーは可変式

インテリアはブラックレザーにハニカムのレッドステッチが入るスポーツシート。ルーフの低いクーペスタイルにしては、室内のスペースがかなり広い。リアシートはバッテリーの搭載方法を工夫して足元の床を下げ、上下方向のスペースをしっかりと確保しているところが好ましい。

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  • クーペスタイルだが車内はかなり広い

デジタル2画面のメーター部分はアウディの従来モデルに準ずる形で、BEVの特別感を際立たせようとするような過剰演出がなく、乗り込んだ時に違和感は感じない。逆に、空調やドライビングセレクトなどには物理スイッチが多用されていて、思いのほか使いやすいのだ。

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  • 思いのほか物理スイッチが多く、使いやすかった

ラゲッジも実用的なサイズだった。リアシートを倒せばフラットな床が出現するので、ゴルフバッグのような長いものも積み込める。フロントボンネット下にも収納スペースがあり、充電ケーブルの入ったケースが綺麗に収まっていた。

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  • フロントボンネットの下(写真右)も収納スペースになっている

エンジン車に近い感覚を残した走り味

RS e-tron GTのパワートレインはフロント175kW(238PS)、リア335kW(455PS)を発生する2基のモーターで、駆動方式は四輪駆動(4WD)。システム最高出力はオーバーブースト時で475kW(646PS、最大トルクは830Nm)、通常時で440kW(598PS)となっている。

リアに2速の自動変速ギアを搭載しているのはタイカンと同じ。パフォーマンスとしては0-100km/h(停止状態から時速100kmhへの加速に要する時間)が3.3秒、最高速度260km/hというスーパーカー的な数字を公称している。

33個のモジュールからなる総電力量93kWhのバッテリーは、安定した性能を発揮し続けられるよう4つの冷却システムで温度を管理する。航続距離はカタログ上の数値で534km。東京から神戸の先まで行くことができる性能だ。

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    性能はスーパーカーレベル。走りは?

センターコンソールにある赤い丸形のスタートスイッチを押すとシステムがすぐに立ち上がり、「ゴーン、ゴーン」と遠くで鳴り響くような人工音が聞こえ始める。アウディジャパンの広報によると、本国ではいろいろな起動音を試していて、今はこの音色と音量がベストと判断したとのこと。これまでエンジン車に乗っていたユーザーが乗り換えても、あまりBEVであることを意識しないでドライブできるよう考慮した結果なのだという。

小さなシフトスイッチを「カチリ」と手前に引き、ドライブに入れて走り出してみると、都内の一般道で交通の流れの中にいれば、かなり「普通のクルマ的」な感覚で走れるのが意外だった。ステアリングやアクセルペダルには微妙な(不快ではない)振動が伝わってきて、乗っているのが無機質な乗り物ではなく、血の通ったクルマであるような意識が芽生えてくるから不思議だ。

一方で、首都高の合流でアクセルを踏み込めば、“ワープ感”を伴った怒涛の速さを見せつけてくれる。右足の半分もペダルを踏めば頭はヘッドレストに押し付けられ、さらに踏み込むとヘッドレストにめり込んでいきそうなくらいだ。

そんな時でも電動クワトロ4WDシステムと低重心の超ワイドトレッド、可変式エアサスの足回りが安定しきっているので、路面に張り付くように加速する。姿勢はまったくフラットなままで、破綻しそうな雰囲気は微塵も見せない。一瞬で制限速度に達してしまうのでアクセルを緩めると、何事もなかったかのように平然と巡航し始めるから、ホントにすごい。

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    従来のクルマらしさも残しながら、ペダルを踏み込めばワープのような加速を見せた「RS e-tron GT」

充電ポートはフロントフェンダー右側に最大8kWの普通充電、左側に最大150kWの急速充電を備えている。アウディでは、電動車に対応できるe-tron店を全国102店舗まで拡大しており、そこでは150kWの充電器を随時導入していくとのこと。1,799万円という価格の敷居は高いけれども、電動化に対する敷居はだんだんと低くなっているのである。

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  • アウディ「RS e-tron GT」
  • フロント右側に普通充電、左側に急速充電のポートを備える