近年、従業員の健康管理を経営的な視点で考え実践する「健康経営」が注目されている。社員への健康投資を行うことは、社員ひとりひとりの生産性アップや組織の活性化、企業ブランドの向上に繋がるなど、多くのメリットもある。

大手飲料メーカーのキリンビバレッジでは、健康経営に取り組む企業を支援する法人向けサービス「KIRIN naturals(キリン ナチュラルズ)」を提供している。2019年1月より全国展開し、現在350以上の拠点に導入されているこのサービスは、従業員の健康的な食習慣の実現とヘルスリテラシー向上を目的に「野菜と果実のスムージー」や「健康セミナー」をオフィスへ届けるというものだ。

オフィスで働く従業員に提供するサービスのためコロナ禍で大きな影響を受けたと思いきや、導入企業数は伸びているという。21年12月には、ANAグループから受け入れた出向社員のアイデアを取り入れたマナーセミナーを実施するなど、新しい取り組みも行っている。

なぜコロナ禍でも好調なのか、事業の立ち上げから現在まで「KIRIN naturals」を担当するキリンビバレッジ 企画部 新規事業開発室の善田英樹さんに話を伺った。

  • キリンビバレッジ 企画部 新規事業開発室 善田英樹さん

キリンが培ったノウハウで「健康経営」をサポートする

「KIRIN naturals」は2017年に首都圏でテストサービスを開始、2019年から全国での展開を行っている。提供するサービスは大きく3つ。ひとつはオフィスで手軽に野菜と果実を摂れるスムージーのデリバリー、健康の悩みを解決する健康セミナーの実施、そして2020年10月からは従業員専用の健康支援Webサイト「KIRIN naturals ウェルネスストア」の提供も加わった。

しかしキリンビバレッジといえば、国内の大手飲料メーカーだ。消費者向けの商品を多く手掛けるなか、なぜ法人向けのサービスを、しかも健康経営のサポートを行っているのだろうか。

  • 「KIRIN naturals」では3つのプランが用意されている。上記はオンライン健康セミナーと健康支援サイトを提供する「ベーシックプラン」

「2016年頃、キリングループでは健康をテーマに新しいビジネスモデルを創出しようというプロジェクトがありました。そこで生まれたのが『KIRIN naturals』です」と善田さんは振り返る。アイデアの背景には野菜不足などの食の課題、特に忙しく働く人の課題を解決したいという思いがあった。その前後、2015年から経済産業省と東京証券取引所が「健康経営銘柄」の選定・公表を始めたことにより世間でも健康経営への注目が高まり始めていた。

「健康経営銘柄」は東京証券取引所の上場会社のなかから「健康経営」に優れた企業を選定し、投資家にとって魅力ある企業として紹介する制度だ。また2017年には特に優良な健康経営を実践する企業を表彰する「健康経営優良法人認定制度」もスタートした。健康経営の取り組みが社会的な評価に繋がるため、企業にとって健康経営を行うメリットはますます高まっている。

だが善田さんによると、健康経営の施策を行うものの形骸化してしまい、浸透しないケースも多いという。「トップダウンで言われ、何をすればよいかわからない状況だったり、実施しても効果検証が不十分だったり、企業によって様々なフェーズがあります。また人事の方が健康経営の担当を兼任する場合もあり、業務の負荷が多く手が回らないという話も聞きます。施策の意義があるのか、従業員に満足してもらえているのか、担当者の抱える不安を解消するのが『KIRIN naturals』の役割だと考えています」

健康経営を行いたい企業に、キリンビバレッジの強みを活かしてどのようなサポートができるのか。善田さんは朝食の欠食率の高さや野菜不足という課題に着目し、2017年秋にスムージーの提供を開始した。オフィスに野菜が安く提供されていたら買ってくれるのではないだろうか、スムージーの形態なら飲まれやすいのではないかと考え開発された「野菜と果実のスムージー」は、同社の飲料のノウハウを活かした一品だ。冷蔵庫や貯金箱などオフィス用の販売キットは無償で貸し出しを行い、必要な月に必要な量だけ提供する。

  • ケールなど緑の野菜を中心とした「KIRIN The GREEN」、ニンジンの色が鮮やかな「KIRIN The YELLOW」、程よいトマトの酸味が特徴の「KIRIN The RED」

またスムージーのデリバリーをするなかで、導入企業の担当者から「健康の啓蒙セミナーができないか」という相談も受けたという。

健康経営優良法人認定制度の認定基準には、『ヘルスリテラシーの向上』という項目がある。これは管理職もしくは一般社員に対する教育機会の設定を評価するというものだ。スムージーに興味を持つ方以外にも参加できるよう、食育に関する内容やオフィスで行える簡単なエクササイズ、オーラルケア、睡眠セミナーなど専門家の監修を受けたセミナーの提供も開始した。

コロナ禍以後、オンラインでの健康セミナー開催数は約6倍に

オフィスで健康経営をサポートする「KIRIN naturals」だが、2020年初頭から起きた新型コロナウイルスの影響は大きかったという。オフィスに人が来なければ提供できないため、スムージーのデリバリーサービスは打撃を受けた。

一方、健康セミナーはオンライン化したことで開催数が6倍近くに増えた。コロナ禍以前に行っていた対面型の健康セミナーは、段取りや会場の手配など手間も多く、開催頻度は年に50回程度だった。しかしオンライン化したことで、開催回数は年間約300回と約6倍になり、セミナーのテーマも6種類から40~50種とバリエーションを増やした。参加者の規模も15人程度から事業所の枠を超えた数百人規模のものまで幅広く対応できるようになったという。

「開催頻度が増えた背景として、テレワークに切り替わったことで従業員同士の顔が見えない、コミュニケーションが取りづらくなったという課題を抱える企業が増え、従業員が交流する場を作りたいというニーズが高まったことが挙げられます。またスムージーのデリバリーも一時は打撃を受けましたが、最近はオフィスのレイアウト変更を行う際に導入したいという需要も増えています」。利用者が減ったネガティブ要素はあるが、トータルではプラスになったと善田さんは現状を説明する。

企業の担当者からの反応も好評だという。健康経営の施策は継続して行う必要があるが、都度啓蒙セミナーを企画運営をすることはかなり手間と時間のかかるものだ。様々なパートナーと提携している「KIRIN naturals」を活用することで、食生活や運動、睡眠など多様なセミナーが開催可能になる。

  • オンラインの健康セミナーを受講する様子

オンラインセミナーのコンテンツでも、新たな取り組みを行っている。2021年12月からはANAビジネスソリューションと連携した「マナーセミナー」も開始した。これは2021年春から受け入れているANAグループから出向した社員からの提案をきっかけに実現したものだという。

「マナーや人間関係といったコミュニケーションの話題も、健康セミナーのテーマのひとつです。人事部門に出向したANAグループ社員の方と話をするなかで、マナーやホスピタリティなど、ANAグループにある接遇のスキルをセミナーにしたら面白そうだと思い一緒に企画しました。ANAグループ社員の方を講師に迎え、人間関係の向上に繋がる心掛けを伝える内容です」。本編を45分、その後15分の質疑応答をチャットで行う双方向のセミナーだ。一方的な内容ではなく、視聴する従業員が参加して楽しんでもらえるよう工夫を凝らしている。

  • ANAグループのマナースキルを学べる「マナーセミナー ~得意先や同僚と良い関係を築くために~」

健康支援Webサイトの活用でPDCAを回せる健康経営に

これまでオフィスで提供していた「KIRIN naturals」のサービスは、オンラインセミナーを始めたことで自宅にも提供できるようになった。「今まで福利厚生は職場で行うものでしたが、テレワークで自宅も職場になったため、福利厚生の範囲が広がっている、つまり福利厚生の市場も広がっていると言えます」と善田さん。

2020年10月には、従業員専用の健康支援Webサイト「KIRIN naturals ウェルネスストア」(以下ウェルネスストア)も展開、リモートワークに対応した新プランも追加した。「ウェルネスストア」は健康に特化した福利厚生のサイトで、「野菜と果実のスムージー」をはじめとした特定保健用食品・機能性表示食品などを含むキリンビバレッジ商品を購入できる通販ショップの機能と、また健康に関するオンデマンド動画を視聴できる機能を備える。動画は60本近く格納されており、1本見ることに100円分のポイントが付与され(毎月最大で500ポイント)、このポイントで健康食品の購入ができる楽しさもある。

「『ウェルネスストア』を使ってもらうことで、従業員の利用状況などのデータが取れるようにもなりました。ログインや動画視聴、アンケートの結果などを基にセグメントに分け、『不摂生な人が多い』『健康意識が高い』など企業ごとの傾向を出しています。健康経営の施策を考える際、健康診断の結果を元に課題を見つける企業が多いですが、悪い点に目を付けて改善しようとすると従業員が押しつけられたように感じることもあります。そうではなく、健康経営の施策は社員に喜んで取り組んでもらうことが重要なんです」

どんな動画に興味を持っているのか、どんな商品を購入したのか、『ウェルネスストア』のデータを活用することで従業員の趣味嗜好や興味関心に紐づいた施策を作り、セミナー後には振り返って次回の取り組みを考えられるようになった。なんとなく運動の話、次は食事の話……とむやみやたらに行うのではなく、データを分析してPDCAを回すことで健康セミナーの効果も高まるだろう。

このデータの活用や分析も、キリングループの強みを活かしたものだ。「キリングループはBtoCのメーカーとして多くの商品ブランディングを手掛けており、お客様理解や商品のブランドマーケに長けていると自負しています。お客様理解は従業員の理解に、ブランドマーケティングは健康経営の施策を考える際に役立てています」と善田さんは自信を持って語る。

健康経営の担当者と伴走するサービスに

コロナ禍の影響を受け、今後も健康経営への関心はますます高まっていくだろう。最後に「KIRIN naturals」のこれからの展望を伺った。

「健康セミナーは、自社だけでなく多くの企業と協業して作っています。12月からスタートしたANAグループとのコンテンツをはじめ今後も様々な知見を持った方と協力し、より良いコンテンツを提供したいですね。また『ウェルネスストア』のデータを活用し、セミナーなどの取り組みを通してリテラシーや意識がどう変わるかの仮説と検証を繰り返していくことで、フレームワークも作っていく予定です」。健康経営の施策は結果がすぐに見えづらいものかもしれないが、従業員ひとりひとりの行動や反応を把握することは、目的の達成に向けて欠かせないものだろう。

「『KIRIN naturals』はスムージーを届けるイメージが強いかもしれませんが、あくまで手段のひとつです。サービス開始時から今まで、企業の健康経営施策をトータルで支援するサービスであることは一貫しています。また健康経営の担当者は孤独を感じる場面も多いですが、そんなときにしっかりと伴走できるパートナーになりたいですね」と今後に期待を寄せた。