かつての遊びまわっていた大学生と異なり、いまの大学生は多くが真面目に勉強に励むといわれます。その傾向の影響からか、社会に出てからも真面目で、結果的に「頑張り過ぎて」しまい、それが原因となって肉体的にも精神的にも自分を追い込み、心や身体に様々な悪影響が表れます。極度の疲労を感じるようになったり、いわゆる「燃え尽き症候群」に陥ったりするようなことです。

  • いつも頑張り過ぎて、燃え尽きてしまうあなたへ。本当に「やりたいこと」で頑張っていますか? /心理カウンセラー・中島輝

ところが、自己肯定感研究の第一人者として知られ、ベストセラーを多く持つ心理カウンセラーの中島輝さんは、「いまの若い人は、自分は『頑張り過ぎている』と勘違いしていることも多い」と語ります。いったいどういうことなのか、その言葉の真意を聞きました。

■「頑張り過ぎている」のではなく、そう勘違いしている

——何十年も経済状況が上向かないなか、危機感を持って真面目に仕事に臨んでいる若い世代が多いと聞きます。その結果、「頑張り過ぎてしまう」人もいるようですが、このことをどのように見ていますか?
中島 わたしの見方は、少し異なります。言葉は厳しいかもしれませんが、わたしからすると「本当に頑張るべきことに頑張ってもいないのに、頑張り過ぎていると感じている」人がたくさんいるのだと感じています。

それで「極度の疲労を感じる」とか「燃え尽きた」と思うのは、少し違うように思うのです。そういう人がやっているのは、ある意味で真面目ともいえますが、世間に合わせることという見方もできます。わたしからすると、「いわれたことをきちんとやっておけば、なんとか平凡な人生を送れるだろう」といったところに価値を置いているように思えるのです。

——「平凡がいちばん」というのが、いまの若者のメンタリティーの特徴なのでしょうか。
中島 その傾向は、わたしのところにくるクライアント(相談者)や講座の受講生を見ていてもよく感じることです。いまの時代は、新しいことに挑戦したり必死に努力をしたりすることに対して時代錯誤的な印象があるようで、熱くなにかに打ち込むことが称賛されにくくなりつつあります。

しかも、日本はとても同調圧力が強い社会です。そこでなにか世間からはずれたようなことをやると、「周囲から否定されたり攻撃されたりするのではないか…」という不安を感じてしまう。そのため、周囲から突き抜ける方向ではなく平凡を目指し、とにかくいわれたことだけはきちんとやっておこうという発想になるというのです。

でも、いわれたことだけをやっておくというのは、じつは精神的にはとてもつらいことです。自分がやりたいことや熱くなれることに打ち込んでいるときは、それがたとえ肉体的にはつらいことであっても精神的なつらさはそこまで感じませんよね? 頑張り過ぎているどころか、頑張っているとも感じないでしょう。

ところが、ただ単にやらなければならないことをやるのは、そのことの肉体的負担がそれほど大きくないものであっても、精神的にはつらく感じるものです。そのために、自分は「頑張り過ぎている」というふうになるのです。

■足りないのは、やりたいことや、やるべきことを「区別」する力

——つまり、自分は「頑張り過ぎている」と勘違いしている人が多いということですね?
中島 もちろん、なかには本当に頑張っている人もたくさんいます。そういう人は、肉体的にも精神的にも自分を追い込んで、その結果として心身に様々な症状が表れます。極度の疲労を感じるようになったり、いわゆる「燃え尽き症候群」に陥ったりするような人もいます。

ただ、やはり「頑張り過ぎている」と勘違いしているケースもよく見かけます。そういう人たちに見られるのは、「自分がやりたいこと」「誰かに指示されたことでも本当にやらなければならないこと」、または、「やらなくてもいいこと」を「区別」する力が欠けていることです。

仮に誰かに指示されたやりたくないことであっても、社会人であれば絶対にやらなければならないこともあるのが現実です。そのことについて自分自身できちんと判断・区別して、平凡でいるためにただ「やりたくもないけどやらなくちゃ…」と嫌々やるのではなく、「これは自分自身にとって本当に必要なことだから」と感じることが大切です。そうできれば、精神的な負担は大きく減ることになります。

もちろん、なかにはやる必要がないこともあるでしょう。そういうことであれば、やらない、あるいは誰か適した人に任せたり助けを求めたりする必要も出てきます。そうするためにも、やはり区別する力が必要なのです。

——場合によっては、「逃げる」ということも有効ですか? 「逃げる」というと、よくない言葉だという印象を受ける人も多いものですが。
中島 もちろん、逃げることを選択するのもありです。それこそ、自分がやる必要もないことを理不尽にやらされている状況に置かれて苦しんでいるなら、さっさと逃げ出すことも選択肢となります。そうでないと、メンタルが壊れていくだけでなく、本当に自分がやるべきことややりたいことに割くべきリソースを無駄遣いしてしまうからです。

逃げるということは、まったく悪いことではありません。みなさんはなんのために生きていますか? 自分や家族などの人生をよりよい人生にするためですよね? そうするために自分がやるべきことややりたいことがあるのなら、そこに持てる力を一心に注ぎ込むほうがいいと思います。そのためにも「自分がやりたいこと」「やるべきこと」「やらなくてもいいこと」を区別する力を身につけましょう。

■やりたいことを実際にやれば、「区別」する力が伸びる

——その肝心な区別する力を身につけるにはどうすればいいでしょう。
中島 それは、「心の容量」を増やすことです。やるべきことややらなくてもいいことの区別ができなくなっている人は、単純に心の余裕がなくなっていることが多いのです。その余裕を持つことができれば、やるべきことややらなくていいことの区別が冷静にできるようになります。

そこでおすすめしたいのは、「週に一度や二度は、すべてを忘れて気分転換をする」ということです。平たく「気分転換」といいましたが、具体的には「自分の欲望のまま、やりたいことをやる」ということ。

いま、YouTubeなどの動画共有サイトでは、「やりたいとは思っても自分ではなかなかできない」といったことを扱うコンテンツが人気ですよね。大食いなどはその典型ではないでしょうか。そういうコンテンツを観ることで、他人のユーチューバーを通じて満足しているのだと推測します。

でも、本当に自分でやりたいと思っていることがあるなら、実際にやってみるべきではないでしょうか。大食いをしてみたければ、やってみればいいのです。そうしたリアルの体験を通じてしか得られないことがなければ、自分の心の容量はいつまでたっても広がりません。

いつも節約した生活を送っているならたまには思い切り買い物を楽しんでもいいし、以前から興味を持っていたけれど二の足を踏んでいた趣味をはじめるといったことでもいいでしょう。

そういうことを思い切って自分自身で体験することで、心の容量を増やすと同時に、自分の「やりたいこと」に向かう意識や目線もどんどん鍛えられます。そうして、「やりたいこと」「やるべきこと」「やらなくてもいいこと」を区別する力も伸びていくと思います。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹 写真/川しまゆうこ