【名場面その4】第6回 並んで用を足す栄一と慶喜

栄一が慶喜と出会ったのは円四郎のはからいだった。第1回で栄一は喜作(高良健吾)と2人、慶喜を待ち伏せて、アポなしで話しかけようとする。こんな大それたこと円四郎の根回しがあったから可能だったわけだ。第6回では、それ以前の偶然の出会い、慶喜と思いがけなく並んで用を足すシーンが登場。緊張と緩和のバランスのいい、微笑ましいエピソードだった。と同時に、徳川家と民衆が並んで用を足すことが理想の社会の象徴のようにも感じられた。

【名場面その5】第21回 徳川遺訓を2人で唱える栄一と慶喜

栄一(この頃は篤太夫)がパリに行く前に将軍となった慶喜(ちょんまげに軍服)と面会。2人は徳川家康の遺訓を声を合わせて唱える。

“人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。おのれを責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるよりまされり。”

このときの2人は声のみならず心が重なって聞こえた。

このほかにも第2回で能「知章」を舞う慶喜(能面の静謐な表情と慶喜の感情を抑えた表情の重なり合う)、第9回、謹慎中、ひげぼうぼうの姿で父の死に目にあえず涙するときの悲哀。第38回、長年連れ添った美賀子(川栄李奈)が亡くなったときの愛情深い表情、等々、名場面をあげたらきりがない。

草なぎが演じた慶喜は、誰にも心を許さないクールな人物に一見見えて、実はとても情感豊かで、心を許した人には愛情がダダ漏れする素直さがあって、とても親近感が湧いた。戦に勝つことに価値を見出す、その時代の人たちとは明らかにタイプが違うことがわかる空気を放っていた。隠しようのない輝きに戸惑いながら生きてきた時代、引退をきっかけに光を消している時代の演じ分けも、高齢者の背中の曲がり具合やゆっくりした歩き方の表現も見事だった。なによりも孤独な中でけっして理性を失わず、戦わずに生きることに徹した人物を丁寧に演じていたと思う。

「楽しかったなあ」という第40回の慶喜の言葉は、円四郎の江戸の庶民の言葉「おかしれい」はさすがに使用できない徳川家の人物であることも思わせて、でも円四郎と同じく世の中をおもしろく生きようとした心を感じた。生きてさえいれば苦しい出来事も「楽しかったなあ」と笑って思い返すことができる、そんなふうに慶喜を見て思った。

振り返れば、いい場面が満載。見た人それぞれの名場面を思い返しながら最終回に臨みたい。

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