井上尚弥は、日本が生んだ歴代最強のプロボクシング世界チャンピオンである。そして彼はいま、WBA、WBC、IBF、WBOのバンタム級4団体世界王座統一を目指している。だが、そこに至るのは容易ではない、マッチメークが難航しており時間がかかりそうだ。

  • 井上尚弥の4団体世界王座統一は現実的に可能なのか? その行方を考察─。

    2019年11月7日、さいたまスーパーアリーナで行われたWBSS決勝・ノニト・ドネア戦、激闘の末に井上尚弥はダウンを奪い判定勝利を収めた。12月に井上は2年1カ月ぶりに日本のリングに上がる。(写真:山口裕朗/アフロ)

WBAスーパー、IBF王者の井上は12月14日、東京・両国国技館でアラン・ディパエン(タイ)を相手に防衛戦を行うが、これは格下相手の調整試合。モンスターがKO圧勝で魅せてくれるだろう。来年、4団体王座統一は実現するのか? その行方を占う─。

■アラン戦は圧勝が求められる

「ようやく日本のファンの前で試合ができます。気合が入ります」
6月に3ラウンドTKO勝ちを収めたマイケル・ダスマリナス(フィリピン)戦以来、約半年ぶりの試合が決まった際に、井上尚弥はそうコメントした。
12月14日、東京・両国国技館においてWBAバンタム級(スーパー)、IBF同級の2本のベルトを賭けて試合を行うことになったのだ。だが、対戦相手はWBC同級王者のノニト・ドネア(フィリピン)でも、WBO王者のジョンリエル・カシメロ(フィリピン)でもない。ネームバリューが低く、明らかに格下のアラン・ディパエン(タイ)と拳を交える。

井上は、本当はドネア、カシメロのいずれかと年内に闘いたかった。ふたりを順番に倒して王座を統一するつもりだったのだ。
しかし、話は上手く進まない。

そうこうしているうちに、ドネアとカシメロは、WBC、WBO両団体から指名試合を求められた。指名試合とは、王座認定団体がランキング上位の選手との対戦を王者に義務付けるシステム。これを拒否すると王座を剥奪されることになる。

そのため、次のようなマッチメークがなされた。

▶12月11日(日本時間12日)、米国カリフォルニア州カーソン/ディグニティ・ヘルス・スポーツパーク
WBC世界バンタム級タイトルマッチ
ノニト・ドネア(王者/フィリピン)vs.レイマート・ガバリョ(暫定王者/フィリピン)
▶12月11日(日本時間12日)、アラブ首長国連邦ドバイ/コカ・コーラ・アリーナ
WBO世界バンタム級タイトルマッチ
ジョンリエル・カシメロ(王者/フィリピン)vs.ポール・バトラー(1位/英国)

これにより、両者と統一戦を闘えなくなった井上は、自らが保持する2つのベルトの防衛戦に舵を切る。試合間隔を、これ以上開けたくないからだ。
最初、井上陣営はWBAの上位ランカー2人に対戦を求めた。
1位のルーシー・ウォ―レン(元スーパー王者/米国)と2位のゲーリー・アントニオ・ラッセル(米国)。しかし、2人からは色好い返事は返ってこなかった。おそらくは、「井上と闘っても勝ち目がない」と判断してのことだろう。
そんな過程を経て、対戦相手はタイのアラン・ディパエンとなった。

アランは、戦績12勝(11KO)2敗を誇る30歳。来日経験もあり、2019年6月に後楽園ホールで荒川竜平(中野サイトウ)と対戦し2ラウンドTKO勝ちを収めている。とはいえ、強豪と拳を交えたことはなく実力的には、井上と釣り合う選手ではない。
今回のアラン戦は、試合勘を維持するための「調整試合」。井上には、先を見据える上でもKO完勝が求められる。

  • 試合間隔が空くも、井上の調整に余念はない。同門の松本圭佑を相手に熱いスパーリングを行う(10月12日)。11月4、5日には大橋ジムで、元3階級世界王者の田中恒成とも拳を交えた。(写真:山口フィニート裕朗/アフロ)

■階級アップの判断もあるか

井上が勝負をかけるのは来年である。
4団体王座統一に向けての理想形は、ドネア、カシメロと来年春と秋に連戦し勝利すること。
あるいは、来年春にドネアとカシメロが統一戦を行うならば結果を待ち、その勝者と4本のベルトを賭けて夏か秋に闘い勝つことだ。日本人初の4団体王座統一は井上の悲願である。

だが、その計画がスンナリ進むかどうか。
12月の防衛戦で、ドネアとカシメロが王座を防衛できるとは限らない、負けてベルトを失うかもしれない。そうなれば状況は、さらに混沌とする。
ドネアとカシメロには、井上と闘う覚悟ができているだろう。これまでの経緯を考えても対峙を避けるわけにはいかない。
対して、レイマート・ガバリョ、ポール・バトラーが新王者となった場合は、どうだろうか?
「井上と闘っても勝てない。ならば、他の相手と防衛戦を行なった方が得策」
そう陣営が判断し、王座統一戦を避ける可能性もある。

4団体王座統一は、強ければできるというものではない。
そこに至るには、交渉、駆け引き、そしてタイミングの良さも必要となる。
それでも井上は言う。
「自分のいまの適性階級は、あくまでバンタム級。(王座統一戦が)決まるまで気長に待つしかないですね。バンタム級で4本のベルトを絶対に手に入れたい」
時間がかかっても4団体王座統一を果たすつもりだ。

ただ、その機会に恵まれなかったとしてもモンスター井上尚弥が、この時代において「バンタム級世界最強」であることに異論を唱える者はいないだろう。そのことは、「パウンド・フォー・パウンド(階級の壁を越えての最強)」の上位に井上が名を連ねていることでも証明されている。

4団体王座統一に挑む機会が得られぬならば、「階級を上げる」という判断を井上は下すことになるかもしれない。待っている時間がもったいない。スーパー・バンタム級における新たなる闘いを、モンスターの絶頂期に観たいとも思う。

文/近藤隆夫