コロナ禍によって、私たちの生活は大きく変化し、当たり前が当たり前でなくなる経験をしました。働き方、人との関わり、家族との関係などを見直すことになり、「幸せとは何か」と改めて考えた人も多いのではないでしょうか。

今回、ご登場いただくのは、幸福学研究の第一人者である前野先生。幸せになるための生き方、そして自転車と幸せの関わりについても考察していきます。

  • 幸せになるための「近道」とは?(2)

●教えていただく先生
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科
博士(工学)前野 隆司 教授
東京工業大学卒、同大学院修士課程修了。キヤノン株式会社勤務、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学客員教授、慶應義塾大学理工学部教授などを経て、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。

後編のお話

  1. 健康は幸せになるための資本。
  2. 自然に触れる、人をつなぐ、リフレッシュできるという効果。
  3. 「やりがい」と「つながり」が「生きがい」になる。

■前編「幸せになるための「近道」とは?(1)」はこちら

――(前編で紹介した)4つの因子はどれも難しいものではないと感じます。これからの生活に取り入れられそうですね。

そうですね。人はなんのために生きるのかを考えたときに、お金持ちになる、有名になるということよりも「幸せになる」ことの方が大切な目的になると考えています。いくつになっても成長の場をもつこと。偏りのない仲間をもつこと。楽観性を忘れないこと。そして無理せず、自分らしいペースで進んでいくこと。このような生き方は、その人の人生を豊かにすると信じています。

――では先生、自転車と幸せの関わりを考えていきたいのですが、どのように思われますか?

まず欠かせないのは「健康」への貢献ですね。健康と幸せには密接な関係があり、国内外でのさまざまな研究でも健康な人ほど幸福度が高い傾向が出ています。この理由は健康な状態は免疫機能が高く、病気にかかりにくい、ストレスを抱えにくいことが幸福感につながること、さらに心身の健康な状態が「やりたいことをできる」という自由な生き方の基盤になっていることも要因だと考えられます。

――まさに健康づくりは幸せづくりですね。それでは移動手段のツールとしてはどうでしょう。

もちろん関係性はあると思います。ウォーキングでもいいのですが、自然を感じながら自分のペースで移動することは幸福感につながりやすく、マッサージなどのリラクゼーションを行うよりも自然の中を満喫する方が幸福度が上がるという研究結果もあります。

――そうなのですね。自然を感じ、いろいろな場所に出向くことで、生活にもプラスの影響があるように思います。

幸福感を下げる要因のひとつに孤独が挙げられます。特に都市部では核家族化によって住民同士の関わりが希薄になり、助け合う関係も失われつつあります。孤独を防ぐには家にこもらない環境づくりが重要。外に出て気持ちいい場所を通りすぎる、買い物をする、誰かと会う約束をする、そんなライフスタイルの実現に、自転車が担う役割は大きいのではないでしょうか。

――では、自転車に乗ると気持ちがスッキリするという傾向があるのですがこれについてはどうでしょうか?

それは自転車を走らせることに集中している状態によるものかもしれませんね。無心のゾーンに至る状態を「フロー」といい、悩みや不安を忘れさせ、自分の状態を客観的に把握するきっかけになると考えられています。走ることで知らず知らず気持ちを落ち着かせ、リフレッシュさせる効果になっているのかもしれませんね。

――因子「2」にあった、多様な人との関わりをつくるきっかけとして自転車が機能するのではと思いますがいかがでしょうか。

ポジティブな姿勢とオープンマインドで、エコに、健康的に自分の身体で行動することを楽しもうとすることがカギになりますね。行く先々での出会いや体験を前向きに作っていくことは、その人の社会的な居場所を広げ、多様な価値観や属性の人との関わりを作るきっかけになっていきます。自分のまちを縦横無尽に走り、何か新しいことがはじまっていく体験を楽しもうとする気持ちが、新たな幸福を呼び込んでくれるかもしれません。

――なるほど。関わりをもとうとする積極的な姿勢や意識が確かに必要ですね。

私が以前研究に関わった「芝の家」という場づくりプロジェクトでは、東京都の芝というまちに縁側つきの家があり、オープン時は誰もが出入り自由。ここに地元の子どもやお年寄りが自然に集まるようになり、お菓子を持ち寄ったり、小さなお祭りを開いたり、どんどん関わりが活発になっていった事例があります。何か特別な仕掛けを提供しなくても、オープンな場があれば自然に関わりが生まれることがわかり、地域の幸福にはこういう場が必要だと感じています。

――良いお話ですね。関係が希薄化している都心部にこそあってほしい場所です。

地域の再生に「やりがい」と「つながり」が「生きがい」になるという考えがあり、これは住民の幸福にも深く関わっていると考えています。家にこもってテレビやゲームから刺激を受ける楽しさもありますが、やはり生身の体験や人とのふれあいは人の幸せの根源的な要素としてとても重要です。季節の変化を感じたり、自然を愛でる気持ちが自らわいてくるような感度をもつことも、幸福への近道だと私は思っています。

――幸福は待つのではなく、自ら意識と行動を変えて呼び込ぶものなのだと感じました。幸せを感じる時間をたくさんもつことが豊かな人生になるようです。前野先生、ありがとうございました。

■前編「幸せになるための「近道」とは?(1)」はこちら

※この記事は「Cyclingood(サイクリングッド)」掲載「幸せになるための「近道」とは? (2)」より転載しています。