こうして大蔵大丞に出世した栄一だが、大久保利通(石丸幹二)が税金を陸軍、海軍の歳費に800万、250万と使うことには承服できないと猛反対。「民の税を降ればでてきるうちでの小づちといっしょにされては困る」というセリフは現代の税金に苦しむ庶民の心も代弁してくれているようだ。怒った大久保は改正掛を解散にすると言い出す。この時の栄一の怒りと悔しさに溢れ、それでも一点の染みもない清潔感あふれる表情が印象的だ。栄一の怒りには邪なものがない。彼がなぜこんなにも美しく育ったのか。それはその後でわかる。

市郎右衛門が亡くなった。葬儀の日、遺体が運ばれていく道の脇でたくさんの農民が手を合わせ名残惜しむ。それだけ人望のあった人だった。「俺が家を出てからの長い間も畑を耕し藍やお蚕様を売って村のみんなと共に働いてきたんだな」と振り返る栄一に千代が「まことに尊いお姿でありました」と返す。市郎右衛門の仕事机に座って彼のつけた帳簿を開く栄一。丁寧な、生真面目な文字がびっしり並ぶ。それは廃藩置県の前四日間で必要事項を洗い出した栄一の姿にも似ている。血は争えない。

静かに布を染める市郎右衛門の作業姿を思い出し「なんと美しい生き方だ」と栄一は声に力を込める。そう、栄一がどんなに野望渦巻く政治の世界に巻き込まれても澄んだ美しさを持ち続けている理由は父・市郎右衛門の美しい生き方を見て育ったからであろう。この回の序盤、血洗島では女性たちが歌を歌いながら仕事をしている姿を、市郎右衛門が満足そうに見ていた。四季の移り変わりで育てるものを変え一年中、土地も人も稼働させるように工夫する。その秩序に基づき、誰も傷つけず争わず、育むことだけを慎ましい労働は美しい。

くにの夫も農民ではないが同じようにコツコツと生きてきた労働者であって、そんな人が戦争でいなくなるようなことを承服できないのが栄一である。くにとのことも彼女の哀しみを放っておけなかったのではないか。栄一が戦のない世を作ることは、父の守ったこの美しい故郷を守ることなのである。

(C)NHK