トヨタ自動車が発売した新型「アクア」は、初代に比べ上質なクルマへと進化を遂げていた。同社には同じく小型車でハイブリッド(HV)が選べる「ヤリス」もあるが、この2台にはどんな違いがあり、どのようにして住み分けていくのか。双方に試乗したうえで考えた。

  • トヨタの「アクア」と「ヤリス」

    トヨタの小型車「アクア」と「ヤリス」を比較!

走りのヤリス、総合力のアクア

トヨタの5ナンバーHV「アクア」の初代は2011年に誕生した。3ナンバー車へと大型化した2代目「プリウス」の発売から8年が経過したころだ。当時、国内には同様の小型ハッチバック車として「ヴィッツ」(海外ではヤリス)があったが、ヴィッツにはHVの選択肢がなかったので、5ナンバーHVを待ちかねた消費者の大きな支持を得て、アクアは爆発的に売れた。

トヨタは海外向けにヤリスのHVを販売していたので、アクアは日本を主な市場と想定して開発した。2017年のマイナーチェンジでヴィッツにもHVが追加となったが、国内ではアクアの5ナンバーHVとしての認知度が高く、人気は衰えなかった。

現在の「ヤリス」(2020年2月発売、国内でもヴィッツではなくヤリスと名乗るようになった)は、発売当初からHVが選べるようになっていた。ただし、ヤリスの主軸はガソリンエンジン車だといえる。排気量に1.5Lと1.0Lの選択肢があり、1.5Lの前輪駆動(FWD)では6速マニュアルシフト(ほかは無段変速機=CVT)も選べる。エンジン車での運転を満喫したい人にはうってつけだ。

  • トヨタ「ヤリス」

    2020年2月に発売となった「ヤリス」。ガソリンエンジン車ではMTも選べる

ヤリスにはスポーツカーとしての性能を磨き上げた「GRヤリス」もある。世界ラリー選手権(WRC)に出場する競技車両としての印象は強く、客室が小さく見える造形でまとめられたヤリスは、見た目からしていかにも速そうだ。

ヤリスの競合としては、ホンダ「フィット」や日産自動車「ノート」が考えられるが、それらと比べてもヤリスは運転席中心の構成で、例えば後席の居住性に不足はないものの、後席への乗り降りがしにくく、空間的にやや窮屈な印象を受ける。それに対し、フィットやノートは後席の快適性も十分に確保されている。

  • ホンダ「フィット」
  • 日産「ノート」
  • 「ヤリス」はもちろん、「アクア」にとってもライバルとなるホンダ「フィット」(左)と日産「ノート」(右)

その点でいえば、アクアは総合的な性能に優れ、後席の居住性もよく、静かで快適で、横の窓ガラスも大きく、外からの光が入って明るい雰囲気だ。

  • トヨタの新型「アクア」
  • トヨタの新型「アクア」
  • トヨタの新型「アクア」
  • 新型「アクア」の車内は外光がよく入って明るい雰囲気。静かで後席の居住性も高い

アクアの開発責任者は、「コンパクト車用のTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)によるプラットフォームをヤリスから導入し、アクアにも適用したが、ヤリスが鍛え抜かれた俊敏さを特徴とするのに対し、アクアは上質さと安心感が特徴だ」と紹介している。

新型バッテリー搭載で上質さを獲得したアクア

登録車のコンパクトハッチバック車として、車両価格はヤリスが199.8万円~232.4万円(HVの価格。ちなみにガソリン車は139.5万円から)で、アクアは198万円~240万円とほぼ同じだ。しかし外観はもちろんのこと、乗り味や室内空間などを含め、明確な性格分けがなされているといえる。

HV同士での乗り味も、ヤリスとアクアでは明らかに異なる。ヤリスはガソリンエンジン車と一部仕様の異なる直列3気筒エンジンをHVに搭載しているが、直列3気筒エンジンならではの振動と騒音を減少させるバランスシャフトを採用していない。HVにはモーター駆動が加わるからなのだろう。

トヨタのHVシステムは「シリーズ・パラレル式」といって、ガソリンエンジンを発電にも走行の駆動用としても使うが、どちらかといえば走りはエンジン主体で、モーターは補助的な位置づけだ。これは、初代プリウスが誕生したときの開発目標が、ガソリンエンジン車の燃費を2倍にすることであったため、ガソリンエンジンを有効に使いながら、不得手な部分をモーターで補う考えだったからだ。エンジンが不得手なところとは、発進や追い越し加速など、アクセルペダルを深く踏み込む場面のこと。そこで燃費が悪化してしまう。この弱点をモーターで補おうというのがトヨタの考えだ。

したがってヤリスのHVも、エンジンで走っている印象が強く、その分、直列3気筒であるがゆえの振動や騒音を実感しやすい。

  • トヨタ「ヤリス」

    「ヤリス」はHVでもエンジンで走っている印象が強い

また、HV用のエンジンは「カムリ」を含め、熱効率を40%以上に高める仕様としたことで、燃焼音のためか騒音が大きくなる傾向にある。直列4気筒エンジンを登載するカムリでも、前型に比べエンジン騒音が大きくなっており、HVの商品性のひとつである静粛性が悪化している。この点は、カムリの開発責任者も認めるところであった。

ヤリスHVの騒音が全体的に耳に届きやすいのは、直列3気筒エンジンにバランスシャフトが採用されていないためだけでなく、熱効率を高めたことによる騒音も加わっているからだと思われる。

それに対しアクアは、新開発の「バイポーラ型ニッケル水素バッテリー」の採用により、従来型に比べ約2倍の出力を得られるようになっている。その効果として、従来は時速15kmまでだったモーター走行を時速40kmまで使えるようになった。

実際に試乗をしても、モーター走行であることを示すインジケータがメーター内に表示される機会が多かった。室内の静粛性はヤリスHVの比ではなく、大変に優れていると感じた。

  • トヨタの新型「アクア」

    新型「アクア」を運転していると、メーターにモーター走行であることを示す「EV」の文字が頻繁に表示された

開発責任者はアクアの特徴を「安心と上質」としていたが、静粛性の高い走行はアクアを小さな上級車に感じさせた。新開発のバッテリーをヤリスではなくアクアで最初に採用したことも、両車の住み分けを明確にすることに役立っている。

運転の醍醐味を日々実感したい人は、同じHVでもヤリスの方を選べばいい。ガソリンエンジン車のGRヤリスまでは選ばないとしても、WRCを戦う雄姿と重ね合わせることはできるだろう。コンパクトハッチバック車として、後席の居住性も含めた総合性能を求めるならアクアを選択するといいだろう。

価格もほぼ同じコンパクトハッチバック車で、ここまで性格分けをしたクルマを2台もそろえられるのは、TNGAなくしては不可能な商品展開であろうし、国内市場も手を抜かないトヨタならではの見事な戦略である。