マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、米国の金融政策について解説していただきます。


今、金融市場では米国の金融政策がいつも以上に注目を集めています。米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は昨年春の「コロナ・ショック」に対して、政策金利を0‐0.25%という事実上の「ゼロ」まで引き下げ、さらには国債やMBS(住宅ローン担保証券)を大量に購入する量的緩和(QE)という強力な金融緩和に踏み切りました。

強力な金融緩和に加えて、個人への給付金や失業保険の上乗せなど大型の財政出動のサポートもあって、米経済は急激な落ち込みから回復。今年に入ると、ワクチン接種の進展や行動制限の緩和も手伝って、景気は一段の強まりをみせています(足もとのコロナ感染拡大が再び懸念材料にはなっていますが)。

金融政策の正常化

そうしたなか、インフレが大きく上振れしていることもあって、コロナ対応の強力な金融緩和がいずれ正常化に向かうとの見方が強まっています。金融政策の正常化は、まず量的緩和の購入額を徐々に減らしていくテーパリングを行い、テーパリングの終了(=債券の新規購入ゼロ)後に「ゼロ金利」を解除して利上げを行うというプロセスとなりそうです。したがって、テーパリングがいつ始まるかというのは、非常に重要なポイントになります。

FRBの慎重姿勢にも変化

FRBは昨年来、「景気は引き続き脆弱であり、下向きのリスクが大きい」、「インフレ率の上振れは一時的」として金融緩和を長期化させる意向を表明してきました。ただ、ここへきて金融政策正常化対する慎重な姿勢に変化がみられます。

6月15-16日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)では、これに参加するFRB当局者18人のうち11人が2023年末までの利上げ開始を予想しました。少なくとも3月までは、利上げ開始は24年以降との見方が多数派でした。

FRBのパウエル議長はそのFOMC後の記者会見で、テーパリング開始の条件である「(最大雇用と物価安定の目標に向けて)さらに著しく前進するまで」はかなり遠いと強調しました。ただ、「(テーパリングを開始するための)議論を議論した」と認め、7月のFOMCから目標に向けての進捗の評価を始めると明言しました。

テーパリングに向けて少しずつ前進⁉

7月27-28日に開催されたFOMCでは、景況判断が一段と前向きに修正されました。そして、「最大雇用と物価安定の目標に向けてさらに顕著な前進があること」としていたテーパリング開始の条件について、「それらの目標に向けて前進しており、引き続き今後のFOMCで進捗を点検する」と前向きの表現がなされました。パウエル議長は記者会見で「まだ、そこ(顕著な前進)には至っていない。そこまでには距離がある」として、金融市場が早期のテーパリング開始観測をけん制しました。それでも、FRBはテーパリング開始に少しずつ近づいているとの印象です。

現在、金融市場では年内にテーパリングの開始を予告し、来年早々に開始するとの見方が有力です。足もとでコロナの感染が再拡大していることは懸念材料ですが、それが景気に大きな悪影響を及ぼさない限り、その見方が現実のものとなる可能性がありそうです。

2013年のテーパー・タントラム

FRBが2008年秋のリーマン・ショック後に導入したQEを終了した際には大きな混乱が起こり、テーパー・タントラム(癇癪=かんしゃく)と呼ばれました。2013年5月の議会証言でバーナンキFRB議長(当時)がテーパリングの可能性に言及しただけで、長い金融緩和に慣れ切っていた金融市場が冷水を浴びせられ、株価やその他の資産価格が大きく下落しました。現在のFRBは当時の失敗を繰り返さないように腐心しており、テーパリングを開始する場合は十分な余裕をもって予告するとしています。

すでに地ならしは始まっている⁉

もっとも、すでにテーパリングの「地ならし」は始まっているとみるべきでしょう。金融市場がテーパリングの開始を強く意識しているからです。2013年のケースでは、5月の議会証言の後、FRBは12月のFOMCでテーパリング開始を正式に予告、翌年1月から実施しました。今回もFRBは年内残り3回のFOMCのうちのいずれかで予告し、あまり間を空けずにテーパリングを開始するのかもしれません。