長野県松本市とNTT東日本 長野支店は4月14日、美ヶ原高原で無線技術を活用したインターネットサービス実証実験についての協議書を締結。過酷な自然影響下における無線の通信技術や通信品質に関する実地検証を実施している。

  • 長野県のほぼ中央に位置する「美ヶ原高原」(長野県松本市)

今回は松本市役所観光プロモーション課の木内翼氏、NTT東日本 長野支店 第二BI部 営業担当課長代理の阪田菜保子氏、設備部 主査の小川峻氏に、この実証実験を始めた背景などをインタビューした。

長年の課題だった山岳地域の通信環境

年間50万人が訪れる松本市の人気観光エリア「美ヶ原高原」。今回の実証実験はNTT美ヶ原無線中継局に光設備を新設し、そこから松本市美ヶ原駐車場売店までの約2キロの間で無線通信を行い、高速インターネットサービスを提供する。

松本市美ヶ原駐車場売店は年間約2万人の観光客が訪れる観光施設で、豊かな自然を体感できる一方、標高2,000メートルの美ヶ原高原は積雪、強風、激しい雷雨なども発生する厳しい自然環境下にある。

  • 標高2,000メートルの美ヶ原高原は積雪など厳しい自然環境下にある

美ヶ原の魅力向上や観光PRを担当する木内氏は、今回の実証実験のきっかけについて、次のように語った。

「これまでも駐車場売店には松本市の保有する『Matsumoto City Free Wi-Fi』が設置されていましたが、市街地と仕様が異なり、同時接続できる機器の数や回数に制限がありました。容量も動画などは見られず、メールを送るのが精一杯。携帯キャリアによっては一部圏外になるような場所で、雷や濃霧も発生します。美ヶ原をPRしていくなかで、その安全性や魅力向上の観点から、昨年の夏頃に通信環境の拡充をお願いしました」(木内氏)

  • 松本市役所観光プロモーション課の木内翼氏とNTT東日本 長野支店 第二BI部 営業担当課長代理の阪田菜保子氏(インタビューはオンラインで実施)

昨年秋にはNTT東日本のスタッフが市の職員とともに現地を視察。その後、実証実験を行う上での事務処理や技術的な確認などを経て、今年4月の協議書の締結に至ったという。

「弊社でも山岳地域の通信環境の整備は課題として認識しており、無線技術によって高速通信を提供する手法を確立していきたいと考えてきました。特に過酷な自然環境下で安定したサービス提供を検証するため、本部から各県域で実験できる場所がないか、照会を掛けられていたタイミングでした」(小川氏)

実証実験の期間は今年5月中旬から10月下旬までの予定。今回の実証実験では雷雨や積雪などの自然環境が無線の通信にどのような影響を及ぼすのかという点も含め、サービス提供後の保守・管理に関する課題や対応について確認していく。

  • 子局となる美ヶ原高原駐車場売店(長野県松本市)

「大前提としてNTT東日本の現在の通信サービスは全て有線によるもので、地上や地下に目に見える物理的なケーブルを、実際にお客様のところまで引いています。安定した通信速度でサービスを提供し続けるための無線通信は、ある程度の期間、実地で技術的な検証をする必要があり、これまで弊社のサービスとしてはなかなか踏み込めなかったんです」(小川氏)

将来的には都市部での活用も

実証実験で使用されている通信装置は、2つのアンテナ間で20キロまでの通信を提供できる仕様。今回の美ヶ原のケースでは双方向の見通しが確保できる場所に、親局と子局のアンテナを配置できるかがポイントになったようだ。

  • NTT東日本 長野支店 設備部 主査の小川峻氏(インタビューはオンラインで実施)

「標高関係ではNTT美ヶ原無線中継ビルの方が少し高い位置にありますが、1階の地上部分からだと森に遮られてしまう。売店側のアンテナを見下ろす形で、ビル建物の上に立つ鉄塔に親局となるアンテナを取り付けることで、双方の通信を可能しました」(小川氏)

現在は落雷などのトラブルも想定しながら、スキー場山頂や高原など光設備の敷設が困難なエリアでのインターネットサービスの本格的な運用に向けた体制について、検討を進めている段階だ。

「今回の実証実験によって無線による通信サービスを提供する技術が確立されれば、美ヶ原のような自然環境に手を加えることが難しい国定公園や、電柱を立てることが難しい山岳地帯で広く導入できます。また、都市部でも汎用していけるか検討していきたいです」(阪田氏)

自治体などの方針で無電柱化が推進されているエリアでは、通信設備を地下に埋める必要があるが、設備の増設や保守における負担が大きい。そのため、無線技術による高速通信はそうした山岳地以外のエリアでの選択肢としても期待されているようだ。

上高地での無線を活用した新たな検討も

今回の実証実験によって松本市の市街地と同じように、美ヶ原高原の売店でも公衆無線LAN「Matsumoto City Free Wi-Fi」が使えるようになった。

「『Matsumoto City Free Wi-Fi』は接続数を取得して、観光面の分析に活用できるWi-Fiなので、売店でも市街地と同様に接続数の取得が可能かという点も、今回の実験で合わせて検証していきたいと考えています」(阪田氏)

木内氏は駐車場売店で働く従業員がストレスなくパソコンを使える環境が実現したことで、作業効率も大幅に向上したと語る。

「極端な場合はホームページやSNSの更新や動画像の送受信のためだけに、従業員に人里へ降りてきてもらうこともあり、どうしてもタイムラグが発生していました。美ヶ原は自然現象が大きく現れる場所で、例えば朝方に雲海が発生することなどもあるんですが、リアルタイム性を求められるSNSの運用も軌道に乗り始めています」(木内氏)

自治体のリアルタイムな情報発信は防災などの面でも重要だが、観光客の利便性にも大きく貢献するようだ。

「スマホ決済など、インターネットを使ったサービスやキャンペーンを市街地と同じように連動させられれば、松本市として統一的なPRが可能になります。松本市の東に美ヶ原があるのに対して、西側には上高地があります。そちらも非常に人気の自然環境がある観光スポットなので、上高地での無線を活用した新たな検討もしていきたいです」(木内氏)