昨年12月、日本人として9年ぶりにハーレーダビッドソンジャパンの代表取締役に就任した野田一夫氏。英国バイクの老舗・トライアンフモータージャパンで長らく辣腕を振るってきた野田氏の就任により、ハーレーダビッドソンはどう変わるのだろうか。話を聞いてきた。

  • ハーレーの野田社長と「パン アメリカ 1250 スペシャル」

    日本では7月から日本デリバリーが始まった「パンアメリカ1250スペシャル」と野田氏

ハーレーダビッドソンの新たな販売戦略

――野田さんがハーレーダビッドソンジャパンの代表取締役に就任されたと聞いて、正直にいうと驚きました。これはハーレーダビッドソンの2021-2025年販売戦略である「The HARDWIRE」を見据えたものとお聞きしましたが、どういう戦略でしょうか?

野田さん:「The HARDWIRE」には6つの戦略がありますが、簡単にいうとビジネスの基本的なところを押さえていこうということです。

  • ハーレーダビッドソンが掲げる「The HARDWIRE」

    ハーレーダビッドソンが掲げる「The HARDWIRE」

野田さん:まずは収益を意識します。選択と集中ではないですが、ハーレーダビッドソンが勝てるセグメント、もしくは今後伸びていくセグメントで戦っていくということです。ただ、将来も考えて電動化も進めていきます。それ以外にも、我々はアパレルやアクセサリーのほか、ローンや保険といった金融商品なども扱っているので、それらも含めた全ての商品に注力していきます。

ここまではモーターサイクルや物の話ですが、やはりそれだけではなく、バイクで重要なのは遊んでもらうこと、いわゆるカスタマーエクスペリエンスです。満足して買ってもらうこともそうですし、買ってもらった後もみんなでツーリングに行って楽しんでもらうとか、そこもしっかりやっていかないといけません。

ですが、結局、それをやるのって人なんですね。こういうがあります戦略よといくらいっても、社員の人がそれを理解していなかったり、社員の人を無下に扱っていたりしては、一緒にやろうという気持ちになってもらえませんよね? それではダメなんです。

よくよく考えると、要はこれって基本に立ち返っているんですよね。収益を上げるというのは企業にとって当たり前のことですし、勝てるところでちゃんと戦っていくというのも当たり前の話。どの商品でも利益を出すということも、社員教育も同じです。そういうことをやっていくというのは自分のポリシーというか、これまでやってきたことと非常に親和性が高いと思っています。

――その戦略の中で、野田さんが代表取締役に選ばれた理由はどのように考えていますか? やはり、トライアンフでの実績が大きかったのでしょうか。

野田さん:具体的に聞いたわけではないですが、ヨッヘン・ツァイツ(ハーレーダビッドソン社長兼CEO)からは「ハーレーダビッドソンは新しい転換期にきていて、今後は大きく変わっていかなければならない」という話を聞きました。

まずひとつは、「The HARDWIRE」をしっかりとやれる人間を求めていたこと。それともうひとつは、日本でちゃんとビジネスを回していくために、文化を理解していること。私どもの直接のお客様というのはディーラーで、彼らに卸売りしてバイクを売ってもらうというビジネスです。その彼らと同じ言葉で喋れるというのは、意外と大事ですよ。

――確かに、言葉が通じるというのは大きいですね。

野田さん:それで、日本人で戦略もやれそうな人間ということで、私に話がきました。もちろん、おっしゃっていただいたように、トライアンフでは入った時よりも販売台数が倍以上になりましたし、ブランドの認知度やイメージもだいぶ上がったと思います。なので、そういう結果も見た上での話だと思います。

コロナ禍でも販売が好調な要因は?

――コロナ禍の中、輸入バイクの販売は好調です。ハーレーダビッドソンの現状はいかがですか?

野田さん:受注自体がすごく好調です。この先、車両が入ってくる予定もありますが、10月の最初くらいまでに入ってくる予定の車両には、もう全部、お客様がついている状況ですね。だから今年は、かなりの部分で販売のめどがついているということで、そこは順調です。

問題は、皆さんに見えている部分でいうと、JAIA(日本自動車輸入組合)さんの登録台数。これは、もちろん車両がこないと登録できませんので、そこの部分だけが問題かなという感じですね。

――好調の要因は何でしょうか?

野田さん:1番はやはり、モデルイヤーの切り替わりです。これまでは夏に新しいモデルイヤーの商品を出していましたけど、今年はコロナの関係などいろいろあり、2021年モデルからは1月の発売となりました。これがすごく人気があって、発売と同時にお客様がついて、売れているのが大きいと思います。

  • ハーレーの野田社長

    「結果は後から付いてくるんじゃないかなと思います」と語る野田氏

――今後、ハーレーダビッドソンの販売戦略をどう変えていきたいとお考えですか?

野田さん:それはいろんな側面がありますので、ひとつだけ挙げるならば、やっぱり重要なのは商品ポートフォリオでしょうね。

これは入社前のディスカッションの時にもいっていたんですが、やっぱりアメリカンクルーザーしかないというのでは、ちょっと厳しい。バイクって、クルーザーに乗っても楽しいし、アドベンチャーに乗っても楽しいじゃないですか。ということは、お客様は動くんです。なので、もうひとつ柱を持たなければいけないというのは、常々思っていました。まさに今回の「パンアメリカ」がそうなんですね。ここはもう、しっかりとやらないといけないと思います。

「パンアメリカ」を超える? 新モデルを7月に発表

――あらためて、パンアメリカはハーレーダビッドソンとしてどういった位置付けでしょうか?

野田さん:一言でいえば、このモデルは本当に、歴史が変わるみたいなイメージですね。本当にものすごく大きな話で、アメリカンクルーザーのブランドがこういうモーターサイクルを出すこと自体が重要です。

これはひとつの例ですが、ヨッヘン・ツァイツをはじめ、だいたい30人くらいが入るマネジメントのミーティングというものがあります。その中でも、何十年と勤めている人間が「このタイミングにここで仕事をやれているということはすごくラッキーだ」とか、「こんなのは一生に1回しか経験できない」っていうくらいの大事件なんです。なので、ハーレーダビッドソンの今後の方向性というか、運命を変えるとても大きなモデルですね。

  • ハーレーダビッドソン「パン アメリカ 1250 スペシャル」

    ハーレーダビッドソンの新しい歴史を紡いでいく「パンアメリカ」(写真はパンアメリカ1250スペシャル)

――パンアメリカではどんなユーザーを獲得していきたいですか?

野田さん:パンアメリカはハーレーダビッドソンのオーナーさんにしか売らない、というモデルではありません。新しいモーターサイクルを出すからには、やっぱり新しいお客様を獲得していきたいという思いはあります。

ただ、正直にいいまして、競合車からお客様を取ってくるというようなことは、あまり考えていないんです。おそらく、みなさんが思い浮かべられるのはBMWさんの「GS」。「あれにぶつけるんでしょう?」と思われているかもしれませんが、すごく差別化ができているので、全く違うものだと考えています。

キャラクター的にも、パンアメリカはもっとアグレッシブに、スポーティーに走るモーターサイクルです。場合によっては、「スポーツバイクにずっと乗っていたけれど、今度はアドベンチャーに乗ってみたい」とか、「結婚したからタンデムに乗ってみたい。その時にはアドベンチャーがいいな」とか、そういう人でもいいんです。

今まで、「ハーレーダビッドソンって、ちょっと自分の趣向じゃないな」と思っていたような方が、「ちょっとこのモデルは違うな」「これだったら乗ってみてもいいのかな」みたいな感じで、ハーレーダビッドソンに乗る入り口のひとつになってくれればいいと思います。

――野田さんというと、どうしてもトライアンフの時の商品大攻勢をイメージしてしまいます。今後、ハーレーダビッドソンでも同様の戦略を期待していいんでしょうか?

野田さん:具体的に、こんな感じでとか数がこれくらいでっていうことは言えませんが、今回のパン アメリカの試乗会と並行して、7月13日に同じエンジンを使った新型車の発表を準備しています。ということは、こうしたサイクルでどんどんやっていくということです。

近年の販売台数が厳しかった要因としては、もちろん外部的要因もありますが、ひとつはモデルライフサイクルの谷間だったということです。いろんなモデルがライフサイクルの最後の時期にきています。何をいっているかというと、今はちょうど、ここから切り替わるというタイミングなんです。そこが私としては、非常にラッキーでしたね。パンアメリカや今度の新モデルのように、今後も導入は続きますので、そこは期待してください。

――今後もハーレーダビッドソンの攻勢が続くわけですね。

野田さん:特に、7月13日の新モデルはめちゃくちゃ売れると思っていて、逆にどうバランスを取ろうかなというところがあります。パンアメリカも本当に力を入れなければならないですが、おそらく我々と親和性が高いのは、次に出てくるモデルです。なので、私がそっちにばかり目が移っちゃうと、今度はパンアメリカに集中できなくなってしまうので、そこをどうバランスを取ってやっていくのか。ちょっと考えますね(笑)。