将棋界最高峰の実力者同士の対決にふさわしい熱戦

将棋のタイトル戦、第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局(主催:産経新聞社)、▲藤井聡太棋聖-△渡辺明名人戦が6月18日に兵庫県「ホテルニューアワジ」で行われました。結果は171手で藤井棋聖が勝利。シリーズ成績を2勝0敗とし、防衛まであと1勝です。


第92期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負の星取表

本局の棋譜は「ヒューリック杯棋聖戦中継サイト」や「将棋連盟Live」で振り返ることができます。将棋最高峰の実力者同士の対決にふさわしい大熱戦だったので、是非ご覧ください。

■筋違い角の応酬

第1局に続いて相掛かりの将棋になった本局。前局は両者の飛車が縦横無尽に動き回る空中戦でしたが、第2局は互いの「筋違い角」が目まぐるしく動き回る将棋になりました。

最初に角を盤上に放ったのは藤井棋聖でした。▲5六角と中央に八方にらみの据えます。1~2筋からの攻めを狙いつつ、防御面では相手の棒銀の攻めを牽制しています。さらに数手後に▲6六歩と突いて自陣にまで角の利きを通して金にひもを付けました。

角ににらまれたままでは棒銀で攻め込むのは困難とみた渡辺名人は、△7三銀~△6四銀と銀を繰り替えます。銀を中央に利かせ、筋違い角には筋違い角とばかりに△5四角と打っていきました。

渡辺名人の筋違い角は攻めの狙い100%の角です。8筋をにらみ、飛車・銀との協力で突破をもくろんでいます。この強烈な攻めを喫するわけにはいかない藤井棋聖は、角をぶつけて盤上から角を除去しました。

渡辺名人はすぐさま△9四角と再度筋違い角を設置します。角切りから飛車を成り込むのが狙いです。狙われている銀に金でひもを付けた藤井棋聖に対し、渡辺名人は銀をぶつけて銀交換。ついに攻め駒の銀をさばくことに成功しました。

さらに、次に後手には△8七角成▲同金△同飛成の8筋突破が残っています。持ち駒の銀などを投入して受けるようでは、あまりにも利かされ。どうするのかと思われたところで、藤井棋聖は再び5六に打ちました。先後合わせて4度目の筋違い角です。

■どちらの角が働くか

▲5六角は8筋を直接受けた手ではありません。しかし、先の手順で後手が飛車を成り込んでくると、そこで▲7八角打というカウンターがあります。後手は竜を逃げるしかありませんが、▲2三角成が炸裂します。取ると後手玉は詰み、玉を逃げるしかありませんが、敵陣を突破できて先手勝勢です。

渡辺名人は残り時間1時間34分の中から44分を使い、角の利きを遮りました。これですぐに先手からの攻めはありません。

ここからは両者一直線の攻めではなく、相手の角を攻撃目標にした指し回しを見せます。藤井棋聖は右金を7七に持ってきて角にアタック。端に逃げた角を歩で追い、持ち駒の銀と歩を投入して角の利きをシャットアウトしました。9二に追いやられた後手の角はいかにも窮屈そうな格好です。

先手が相手の角を封じ込める作戦なのに対し、後手は相手の角を目標にして攻めていく作戦を採ります。矢倉囲いの一部である金を5四へと持っていき、歩の突き捨てで角を5筋へとおびき寄せてから、角取りに銀を打っていきました。

藤井棋聖が角を6七に逃がしたのが85手目。これだけ手が進んだにも関わらず、AIが示す形勢は50対50の全くの五分でした。両者がいかにハイレベルな戦いを繰り広げているのかが分かります。

ところが、ここで渡辺名人に本局初の失着が出てしまいました。本譜は単に△6四歩と突いて行きましたが、これが手順前後。正着は△6六銀▲同銀と金を取ってから△6四歩だったようです。

この2つの手順の大きな違いは、先手の銀の位置です。本譜では先手の銀は7五にいて、7四歩をしっかりと守っています。そのため、後手の角が逃げ出すことができません。△6六銀▲同銀を入れた場合、銀の位置は6六になります。この場合は7四歩のひもが外れており、どこかで△7四角と後手は角を飛び出すことができるのです。

このチャンスを見逃す藤井棋聖ではありません。相手の角を狙って、端を突いたのが好手でした。前述の通り、逃げ道がふさがれているため、後手は角を逃がすことができません。この機敏な動きによって、藤井棋聖は角香交換を果たしました。

後手としては角を取られた代償に、せめて飛車を成り込めればいいのですが、先手の6七の角がそうはさせません。歩の連打で飛車の利きを止めて侵入を阻止。さらには手番も握ります。

角の働きをめぐる一連の折衝は、相手の角を取りつつ、角を盤上に残した藤井棋聖に軍配が上がりました。形勢も藤井棋聖に傾き始めます。

■歩を用いた藤井棋聖の流れるような攻め

駒得を果たした藤井棋聖ですが、まだまだ勝つには長い道のりです。後手玉は金銀に守られた上に、飛車の横利きが通っています。一方、自玉の守りは不安定。頭の丸い角は狙われそうですし、目下銀取りがかかっています。

ところがここから藤井棋聖は、歩を用いた流れるような攻めで一気に抜け出してしまうのです。

まずは相手の玉・金・桂が利いている3三の地点に焦点の歩を放ちます。金で取った後手に対し、▲3五歩~▲3四歩~▲3六歩の歩の3連打で、あっという間に金銀を上ずらせ、渡辺玉から遠ざけることに成功します。

相手玉付近に手を付けたかと思いきや、藤井棋聖は今度は一転、9筋の飛車に働きかけます。歩を成り捨てることで飛車の横利きをそらし、▲6一角と金取りに打ち込んだのが厳しい一着となりました。

金取りの対処が難しい局面。渡辺名人は金を横にかわしましたが、これが藤井棋聖の攻めをさらに勢い付かせてしまった敗着となりました。感想戦で示されたのは銀を引いて受ける手。これならまだ難しかったようですが、「銀か。これはでもかなり不利感がありますね。すさまじい利かされだから……」と渡辺名人は感想を述べました。

本譜は藤井棋聖の歩使いがさらに冴え渡りました。巧みに歩を使って相手の4四金を翻弄し、馬を作ることに成功。金銀を中段に投入して中央を厚くした渡辺名人に対し、そのディフェンスラインの裏側を突く▲4二歩も攻めをつなげる好手でした。この歩がと金に昇格して、敵玉付近に大きな攻めの拠点ができました。

■最後は自陣の駒が全軍躍動

劣勢ながらも金・銀・歩で藤井玉の上部から攻めていく渡辺名人。馬と角が自陣に押し込まれ、飛車の働きもいまいちな藤井棋聖ですが、それらを見事に働かせます。

まずは桂を銀取りに跳ねて、銀をあえて自玉付近に呼び込みます。攻め駒を自玉に近づけるだけに怖い手ですが、藤井棋聖には狙いの一手がありました。

それが銀を捨てる▲6六銀。馬の利きを敵陣に通す絶妙手です。相手が金で銀を取ってくれば、▲3一馬と王手で敵陣に馬を飛び込んで、相手玉を寄せ切ることができます。やむなく渡辺名人は歩で馬の利きを遮断。そこで自陣で眠っていた角を、▲7六角と飛び出したのが攻めの継続手でした。

この角は中盤の筋違い角の応酬の中で藤井棋聖が打った角です。相手の角を入手する際に大きな貢献を果たしたこの角が、最後の最後にもう一働き。「勝ち将棋鬼のごとし」とはまさにこのことでしょう。

渡辺名人はここでも歩で角の利きを止めます。藤井棋聖は先ほど「捨てる」と書いた銀で金を入手。結局銀を取らせる余裕を与えませんでした。

さらに藤井棋聖は相手の攻めの銀に、自陣の遊んでいた銀をぶつけて交換を迫ります。これが決め手になりました。銀は渡辺玉を寄せるために必要な最後の駒です。この駒の入手に、今まで一切目立たなかった先手の右銀が働きました。

粘りようがないと判断した渡辺名人は、最後自玉を詰まされる順に誘導。藤井棋聖はしっかりと渡辺玉を詰まし、171手で勝利となりました。

本局は互角の戦いが長く続く見ごたえのある熱戦でした。そして、優位に立ってからの藤井棋聖の歩を使った鋭い攻めは迫力満点。今年度の名局賞候補と言ってもいいのではないでしょうか。

この勝利で藤井棋聖は2連勝。あと1勝で初防衛となります。第3局に向けては「スコアのことは意識せずに、また今まで同様に盤に向かえればと思います」と語りました。いつも通り、最年少タイトル防衛や、最年少九段などの記録は全く意識していない様子です。

一方、後のなくなった渡辺名人は「そうですね……(しばし沈黙)、まずは1つ返すことを目標にやりたいと思います」と絞り出すようにコメントを残しました。

また、渡辺名人は対局当日に自身のブログを更新。「44手目△54角と打ってからは玉を固めて実戦的にというプランで持ち時間の面でも上手くいっていたはずですが、最終的に自分だけ1分将棋になってるし、最初の図あたりからの細かい精度の差が敗因になりました。」(渡辺明ブログより)。と振り返っています。

確かに渡辺名人が振り返っているように、藤井棋聖の指し回しの精度の高さには驚かされました。特に優位に立ってからは寸分の狂いもなかったのではないでしょうか。

この強敵相手に渡辺名人がどう立て直してくるのか。それとも、それすらものともせずに、藤井棋聖が防衛を果たすのか。注目の第3局は7月3日に静岡県「沼津御用邸東附属邸第1学問所」で行われます。

強敵相手に完璧な内容で勝利した藤井棋聖(提供:日本将棋連盟)
強敵相手に完璧な内容で勝利した藤井棋聖(提供:日本将棋連盟)