「小型車の規範」と評されるフォルクスワーゲン「ゴルフ」が、フルモデルチェンジを経て8世代目へと進化した。新型「ゴルフ8」は電動化とデジタル化で話題だが、ゴルフとしての普遍的な価値まで変化してしまっているとしたら、それは由々しき事態だ。はたしてゴルフはどう変わったのか。試乗して確かめた。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」

    フォルクスワーゲンの新型「ゴルフ」に試乗!

ゴルフはゴルフ、不変の志

新型「ゴルフ8」は、やっぱりゴルフだったというのが私の感想だ。

フルモデルチェンジによって新しくなったフォルクスワーゲン(VW)の「ゴルフ」。新型は8世代目なので「ゴルフ8」と呼ばれる。日本導入モデルは全車、マイルドハイブリッド(MHV、48V)システムを搭載する。

欧州では2019年に発売となったゴルフ8だが、新型コロナウイルスの影響もあってか、日本導入は約1年半遅れとなった。ここまで発売のタイミングがずれるのは、近年の輸入車では珍しい。世界同時販売の傾向がここ何年か続いてきたからだ。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」

    欧州からは1年半遅れでの日本導入となった「ゴルフ8」(写真は「eTSI アクティブ」というグレード)

というわけで、待ちに待ったゴルフ8。MHVの搭載により何か新しい感触があるかと想像していたのだが、その乗り味は冒頭に述べた通り、「ゴルフ以外の何ものでもない」というものだった。

ゴルフ8の数日前に試乗したフォルクスワーゲンのSUV「ティグアン」は、マイナーチェンジを経て商品性が大幅に向上し、高級さが増していた。静粛性が高く加速も滑らかだったので、まるで電気自動車(EV)に乗っているかのような印象すら受けたほどだった。モデルチェンジによる変わり具合が、ゴルフとティグアンでは対照的だ。

  • フォルクスワーゲンの新型「ティグアン」

    マイナーチェンジで大幅に商品性を向上させたVWのSUV「ティグアン」

しかしながら、思い出してみれば、VWはゴルフのEVである「e-Golf」を発売した際にも、「エンジン車であるかEVであるかを問わず、ゴルフであることを開発の柱とした」としていた。実際にe-Golfを運転してみても、その運転感覚や乗車感覚はEVらしさをあまり感じさせず、「いつものゴルフを運転している」という印象が強かった。その哲学というか志は、ゴルフ8でも変わっていなかった。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ7」
  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」
  • 左が「ゴルフ7」、右が「ゴルフ8」

直列3気筒エンジンにMHVが相性抜群

ゴルフ8は全車がMHVとなった。グレード構成は1.0L直列3気筒ガソリンターボエンジンを搭載する「eTSI アクティブ ベーシック」および「eTSI アクティブ」と、1.5L直列4気筒ガソリンターボエンジンを搭載する「eTSI スタイル」および「eTSI Rライン」の計4種類だ。今回は最も廉価な「eTSI アクティブ ベーシック」以外の3車種に試乗した。印象に残ったのは「eTSI アクティブ」だ。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」

    日本で買える「ゴルフ8」は値段の安い順に「eTSI アクティブ ベーシック」(291.6万円)、「eTSI アクティブ」(312.5万円)、「eTSI スタイル」(370.5万円)、「eTSI Rライン」(375.5万円)の4グレード構成。写真は専用のエクステリアを備える「Rライン」だ

近年、登録車でも直列3気筒エンジンを採用する例が増えており、国内ではトヨタ自動車の「ヤリス」や「ヤリスクロス」、スズキ「クロスビー」、ダイハツ工業「タフト」、輸入車では「ミニ」、ボルボ「XC40」などがある。そうしたなか、ことに輸入車は、直列3気筒特有の不快な振動・騒音を感じさせないクルマづくりを行っている。

ゴルフ8も同じで、試乗中に3気筒エンジンらしさはほとんど感じなかった。また、排気量が実質999ccしかないにもかかわらず、エンジン回転数が毎分1,500回転付近の低速であっても、加速に不満を覚えることはなかった。まさにその領域で、ベルト式のモーター機能付き発電機(ISG)がモーターとして働き、力不足を補っていたのだろう。

どちらの排気量のエンジンでも、アクセルペダルを戻し始めるとエンジン回転を停止するコースティング機能が働く。再びアクセルペダルを少しでも踏み込めば素早くエンジンが始動し、遅れることなく加速する。その切り替えにおいてもベルト式ISGがエンジンの再始動を補助するので、セルモーターを回したときの「キュルキュル」という不快な音が聞こえないばかりか、素早くエンジン出力をもたらしてくれる。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」

    1.0Lは最高出力110PS、最大トルク200Nm、1.5Lは150PS、最大トルク250Nmを発生する(写真は1.0L3気筒ガソリンターボエンジンを搭載する「eTSIアクティブ」のボンネットを開けたところ)

変速機には2枚の湿式クラッチを使う7速DSGを採用。この機構も加速をより滑らかにし、速度やアクセル操作に対して適切なギアを素早く、また滑らかに選定することで、望んだ速度へ素早く到達させることに一役買っているはずだ。

扁平率55%のタイヤを装着するeTSI アクティブは、国内の速度域でも操縦安定性と乗り心地の調和がとれていて、1.5Lエンジン車のタイヤ銘柄に比べ騒音も少なかった。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」

    1.0Lエンジン搭載車は16インチ、1.5Lエンジン搭載車は17インチのタイヤを装着している(写真は1.0L)

座席は前後とも適切な着座姿勢を保つことができた。ことに前席は座り心地がやや軟らかく、優しく体を受け止めてくれるが、運転姿勢は崩れず、体も座席からずれない優れた作りとなっていた。VWの、あるいはゴルフとしての実直なクルマ作りが実感できるポイントだ。後席も座面と床との距離が適切で、腿を座面できちんと支えてくれるので、着座姿勢が崩れにくい。背もたれの角度も適正で、腰に負担が掛からない。後席の3点式シートベルトは、荷室調整のため背もたれを前方へ倒し込んだ際にも引っ掛かることなく、常に適正な位置に収められていた。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」
  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」
  • 「ゴルフ8」のシートはVWの実直なクルマ作りが実感できる出来栄えだ

車体寸法を前型のゴルフ7と比べると、全長は30mm長く、全幅は10mm狭く、全高は5mm低くなっているが、ほぼ同等といえるだろう。1.8m近い車幅となったゴルフ7は狭い道で運転しにくさを感じたが、ゴルフ8はわずか1cmとはいえ車幅が狭くなっているし、車幅を意識させず不安なく運転できる視界が確保されていた。ただし、日差しによってはフロントウィンドウにダッシュボードが映り込むのはいただけない。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」

    視界良好な「ゴルフ8」だが、日差しによってはフロントウィンドウにダッシュボードが映り込む

ゴルフは初代から、「小型ハッチバック車として世界の規範となるクルマ」と評されてきた。全体として、ゴルフ8もその名に恥じない仕上がりだった。褒め過ぎと思われるかもしれないが、低価格帯の車種でも基本性能の完成度の高さに感嘆した。

1.5L直列4気筒エンジンを積むeTSI スタイルとeTSI Rラインは、エンジン排気量が大きいだけあって出力の余裕を感じた。一方で、MHVとして何か特別な利点が感じられるかというと、普通のガソリンターボエンジン車であること以外、印象に残るものは少なかった。もちろん、小型ハッチバック車として完成度は高いが、では前型のゴルフ7と何が違うのかと聞かれると、運転感覚や乗り味について新しさは実感しにくかった。

デジタル化した「ゴルフ」に足りないもの

そのうえで、ゴルフ8の売り物のひとつである「デジタル化」については、気づかされることがあった。

ひとつは運転支援機能の「トラベルアシスト」だ。ステアリングのボタンを押すだけで自動運転レベル2相当の運転システムが起動できる同機能は、マイナーチェンジを経た新型ティグアンも採用しているものだが、ゴルフ8では稼働時の信頼性がいっそう高まり、快適で、より楽に移動できそうな印象を受けた。その点をフォルクスワーゲン グループ ジャパン(VGJ)の広報に確認したところ、「機能として大きく何かが違うことはないが、マイナーチェンジの車種への採用と、フルモデルチェンジしたゴルフ8への搭載では、開発時点であらかじめ機能を想定して採り入れたゴルフ8のほうが、より適正に作動させられるのではないか」との説明だった。

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    「トラベルアシスト」は高速道路や自動車専用道路などで使える機能。同一車線内を設定速度で走行し、前走車がいれば追従してくれる

トラベルアシストは「アウトバーン」(主にドイツを走る高速道路。速度無制限区間がある)での利用も想定した機能で、時速210キロまで使用可能だ。作動時の様子は、国内の高速道路で用いるうえで何ら支障のないものだった。

一方で、操作がしにくい部分もあった。ひとつはシフトだ。縦一列にイグニッションのオン/オフ、パーキングボタン、シフト操作、駐車ブレーキスイッチ、ブレーキホールドスイッチが並び、直感的に操作しにくかった。

  • フォルクスワーゲン「ゴルフ8」

    シフトレバーは直感的な操作がしにくかった

例えばイグニッションスイッチは、その他のスイッチと同じ四角い形で並べるのではなく、丸でもよかったのではないかと思う(スイッチの色は変えられていたが、それでも判別しにくかった)。そのほうが、瞬時にイグニッションであることを認識できる。また、シフト操作のうち、「P」ポジションはシフトレバーと別に設定されており、レバーと別操作となるため、瞬間的な迷いを生じやすい。

カーナビゲーション画面を使ったタッチ式の空調の設定なども、タッチやスワイプによる操作が何かの拍子にうまくいかないときがあり、やり直さなければならないことがあった。スマートフォンを使うときは、例え歩きながらでもクルマほど速く移動していないが、それでも立ち止まったほうが操作しやすいし、人との接触事故などを考えれば立ち止まって操作すべきだろう。クルマでも、スマートフォンと同じような操作方法を採用することで親しみやすさを感じさせようというのであろうが、頭で理解できても、実際に操作すると必要以上の視線移動を余儀なくされる場合がある。

デジタル化におけるヒューマン・マシン・インターフェイス(HMI)に関しては、米国のテスラなどと比べ、VWはあまり上手ではない。

「ゴルフ」を知りたい人には廉価版がオススメ

結論としてゴルフ8は、走行性能や使用上の機能性に定評のあるゴルフ以外の何ものでもなかった。変わらない価値の尊さを教える完成度の高いクルマだ。しかし、時代が求めるデジタル化については、まだ経験値が足りない気がした。ことに1.5Lガソリンターボエンジン車に乗っているときは、ゴルフ7から買い替える必要性を実感しにくかった。

それでも、1974年の初代誕生以来、世界の小型車の規範といわれ続けるゴルフを味わってみたいという新たな消費者には、廉価な1.0Lエンジン車が大いにオススメできる。ゴルフを存分に堪能できるだろう。

実は、今回は試乗できなかった最も廉価なグレード「eTSI アクティブ ベーシック」がとても気になる存在で、標準装備の充実度も高いと思う。ところが、ハイビームでヘッドライトの配光を自動調節する「マトリックスヘッドライト」を選べないのは、実に残念だ。ボルボは日本に輸入するクルマの安全装備について、価格の上下を問わず全車同一としている。これは「安全のボルボ」という評判に則った正しい施策だ。同じように、世界の小型車の規範との評価を得ているゴルフも、安全走行を支援する機能の標準化については、車両価格で差をつけるべきではなかったのではないだろうか。それが全ての顧客に安心をもたらし、ブランド評価をさらに高めることにもつながるはずだ。