春は、新しい環境で新しいことに挑戦してみようと前向きな気分になれる季節ですが、その気持ちに心身がついていかずに不調に陥ることもめずらしくありません。管理栄養士で分子栄養学を専門とする篠塚明日香さんは、「よろこびも不安も、感情というものには脳内のホルモンが影響しているので、体になにを取り入れるかでコントロールできる面もある」と語ります。

  • “メンタルの不調”を感じたら、「オメガ3系脂肪酸」を味方につけよう /管理栄養士、分子栄養学カウンセラー・篠塚明日香

春から初夏にかけての心地よいシーズンを、さらに前向きにさわやかに過ごすために知っておきたい、食生活からできるアプローチです。

■オメガ3系脂肪酸の働きで「不安をやわらげる」

4月から初夏にかけての新生活は、新入社員や新入生にとって希望に満ち溢れテンションが上がる時期ですし、そうでない人たちにとっても年度が変わり気分が高揚する季節ではないでしょうか。

ただ心配なのは、その頑張りがたたり、メンタルのバランスが崩れてしまうことです。春は新生活のストレスや気候の変化で自律神経の緊張状態が続き、うつ病を発症しやすい時期ともいわれています。それこそ、「五月病」なんていう言葉もあるくらいですから注意が必要なのです。

管理栄養士の立場から、春のメンタル不調に対して、食生活の改善からできる対応策を紹介してみたと思います。

「魚を食べると頭がよくなる」という話を聞いたことがありますよね。これは、「脳の働きをよくする」栄養素であるDHA(ドコサヘキサエン酸)やEPA(エイコサペンタエン酸)など、オメガ3系脂肪酸という物質が、魚の脂(フィッシュオイル)に多く含まれていることから知られるようになった定説です。

脳の働きがよくなると、心身に好影響が出てきます。そのひとつが不安感をやわらげる効果。わたしたちが抱く不安感の多くは、幸せな感情を導くホルモンセロトニンが、脳のなかの神経伝達細胞のあいだで正しく伝達されなくなることから生まれています。

フィッシュオイルに含まれるオメガ3系脂肪酸は、それを正常に戻すのを手助けしてくれます。

オメガ3系脂肪酸は、イワシやアジ、サバやサンマといった青魚に多く含まれています。1日の目安として、小さなイワシやアジなら一尾、サバやサンマは開いて焼いたものをひと切れ程度目指して食べるといいでしょう。

なお、オメガ3系脂肪酸は、亜麻仁油やえごま油といった植物油からも摂取できます。青魚のようにEPAやDHAがそのままのかたちで含まれているわけではありませんが、体内で酵素やビタミンによって、EPAやDHAへと変換されます。サラダに、亜麻仁油やえごま油を小さじ1~2杯分振って食べることをおすすめします。

青魚も亜麻仁油やえごま油も苦手な人は、サプリメントを活用するという手もあるので覚えておきましょう。

■「オメガ3系脂肪酸」は体内でどんな役割を果たすのか

オメガ3系脂肪酸は、即効性があるものではありません。摂取してから効果が出るまでにある程度時間がかかる栄養素なので、少々気長に待つことが求められます。

「効果が出るまで魚を食べ続けられるかな?」と不安に思っている人もいるかもしれませんね。なぜ、時間がかかるのか? それを知ってもらうために、オメガ3系脂肪酸が脳のなかで起こしているメカニズムを少し説明します。

人間の体は、細胞の集合体です。細胞は、細胞膜という膜に覆われていて、内側に様々な材料を取り込み、細胞のなかで生命活動に必要な物質につくり変えています。

細胞膜は、選択的透過性といって人間の体のなかになにを取り込み、なにを取り込まないかを決める役割を担っていているのですが、この機能の感度次第で、細胞の働きは大きく変わってきます。

一般的に、感度がいいのは柔らかい細胞膜です。膜が柔らかいと物質の出し入れが活発に行われ、細胞の働きも活発になります。

逆に細胞膜が硬いと感度が悪くなり、物質の出し入れがスムーズに行われず、材料の取り込みが不十分になる。そうすると、細胞は必要な物質をつくり出せなくなり、心身の不調を招くことがあるというわけです。

硬くなった細胞膜のせいで、幸せな感情を導くセロトニンが細胞を出入りして伝達されていくのを阻まれると、不安感につながります。そして、ストレスがかかった状態が長く続くと、本格的なうつ病なども発症させかねません。

メンタルのトラブルではセロトニンの不足が疑われることは多いのですが、実はセロトニンは十分あるのに、硬い細胞膜のせいでうまく伝達されていないだけということもあるのです。

脂肪酸は、細胞膜の性質を決めることに関わっています。オメガ3系脂肪酸を豊富に摂取していると、細胞膜は柔らかくなり質のいい細胞が増えていきます。

逆に、マーガリンやお菓子などに含まれるトランス脂肪酸などを摂取していると、細胞膜は硬くなっていきます。その結果、細胞の働きは悪くなり健康上の問題を引き起こします。

人間の体の細胞は、数カ月かけて新しいものに入れ替わります。そういった理由から、オメガ3系脂肪酸で健康になるためには、この「体の更新」と同じくらいの時間をかけて取り組む必要があるのです。少しずつよく働く細胞が増えていると信じながら、魚などを食べる生活を続けてみてください。

■「オメガ6脂肪酸」を減らすことにも取り組もう

柔らかな細胞膜を持った細胞にするには、地道にオメガ3系脂肪酸を含む食べ物やサプリメントを摂るべきだという話をしてきました。でも実は、多くの日本人の場合それだけでは効果が期待できない可能性があります。

どれだけオメガ3系脂肪酸を摂っても、サラダ油、コーン油、キャノーラ(なたね)油、ごま油といった植物油に広く含まれているオメガ6系脂肪酸を大量に摂取していると、オメガ3系脂肪酸の効能を打ち消されてしまうからです。

オメガ6系脂肪酸を含む植物油は生活に身近なところに多く使われているので、現代的な食生活を送っていると気づかないうちにかなりの量が体内に入ることとなります。

オメガ6系脂肪酸とオメガ3系脂肪酸の重量上の理想的な比率は4:1とされていますが、あまり意識せずに暮らしている人は20:1、揚げ物などをよく食べる生活をしている人は100:1くらいになることも。

オメガ6系脂肪酸は、そのものが身体に悪いわけではなく、血液を凝固させたりするのに必要な成分でもあります。ただ、現代社会の食傾向としては減らしていくべきものだと覚えておいてください。

揚げ物などは月に2回くらいにして、調理に使う油も、バターやラード、ココナッツオイル、オリーブオイルに変えると、オメガ6系脂肪酸の摂取を減らすことができます。

頑張り屋さんであればあるほど、メンタルの不調を「気の持ちよう」で解決しようと考えてしまいがちです。でも、食べ物を意識的に変えていくことで多少コントロールすることもできるのです。

少し落ち込みがちな自分に気づいたら、食の改善からアプローチすることをぜひ意識してほしいと思います。

構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/秋山健一郎 写真/櫻井健司