視聴率の高い人気ドラマは、物語を盛り上げる主題歌もセットで大ヒットする、というのは音楽業界における定石である。その音楽業界とテレビ業界の舞台裏を大胆にえぐっているのが、多くのヒットナンバーを手掛けてきた音楽プロデューサー・松尾潔氏の初小説『永遠の仮眠』だ。果たして、ここに描かれた内容は真実なのか。松尾氏を直撃した。

  • 小説『永遠の仮眠』を刊行した音楽プロデューサーの松尾潔氏

■「名曲の背後には、そういう話があるかもしれない」

同書の主人公は、松尾と同じく売れっ子音楽プロデューサーの光安悟だが、主題歌を巡るドラマプロデューサーとのヒリヒリするような攻防と駆け引きが実にリアルだ。松尾氏自身がEXILE、平井堅、CHEMISTRY、JUJUなど、多くのアーティストをプロデュースし、日本レコード大賞なども受賞してきた名プロデューサーだけに、フィクション以上のものを想像せずにはいられない。

表紙を岩田剛典が務めているが、彼の所属する三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのデビュー曲「Best Friend's Girl」を松尾氏が手掛けており、2人は旧知の間柄だ。同書でも、悟が新人発掘オーディションで審査員を務めたシンガーとプロデューサーとの深い絆が描かれるが、それはそのまま松尾と岩田の信頼関係にも通ずるところがある。

音楽プロデューサーの悟に舞い込んできた仕事は、記録的な高視聴率を上げたドラマの第二弾で流れる主題歌をプロデュースするという内容だった。歌うのは、悟のプロデュースでデビューし、爆発的な人気を誇るも、今は低迷中のシンガー・櫛田義人。悟は気合十分にデモテープを録音するも、ドラマのプロデューサーである多田羅から毎回ダメ出しをくらうことに。そんななか、悟はある勝負に打って出る。

同書は決して暴露本ではないが、これまでドラマの主題歌を何本か手掛けてきた松尾氏だからこそ知る業界の裏事情も組み込まれている。「一緒に仕事をしたあるドラマプロデューサーが、『まさか俺のことを書いたわけじゃ…』と疑心暗鬼でこの小説を手に取り、読み進めていくうちに『俺のことじゃない』と気づかれたとか。で、『じゃあ多田羅は○○のことですよね』と、他局のプロデューサーの名前を挙げたそう。その正否はともかく、それぐらいのリアリティはあります」

  • 岩田剛典が登場する『永遠の仮眠』表紙カバー (C)新潮社

■「真に優れた音楽は厄介な事情も超えて響くもの」

音楽業界の人たちからもいろいろなリアクションが入ったという。「誰もがご存知のある歌い手さんは、『これを書くということは、音楽業界を引退するってこと?』とまで言ったんですよ。それで僕は『え!? そんなことはないです。これからも変わらず仕事はしていくし』と返しました。そんなつもりで書いてないというか、むしろこれで、仕事が増えるんじゃないかと思ったくらいですけど」と笑う。

他にも同書を読んだアーティストから「自分も音楽業界にいる人間として、すごくリアルに読みました。これはきっと、半分、松尾さんの自叙伝ですね」とも言われたそうだが、松尾氏自身はまったくそのつもりはなく、「え? 自叙伝?」と驚いたという。

「もちろん、リアルなところから題材は得ていますが、悟が音楽プロデューサーという点を除けば、基本的にフィクションです。『暴露本じゃないの?』と聞かれましたが、僕は『今の時代に暴露本を書くような危ない橋を渡ったつもりはないよ』と答えました」

一方、ある芸能事務所のトップからは「松尾さん、業界のやり取りをきれいに書きましたね。だから安心して読めました」という感想も届いた。「彼が何を言いたかったかというと、実際にはもっと不透明なところもあるって松尾さんも知ってるのに、ってことでしょう。確かに音楽ビジネスにおいては、もっとエグい場面もたくさんあります。ビジネスですから」

そして、「今の世の中で、名曲とされるような曲の背後には、そういう話があるかもしれないってことです」と含みを持たせる松尾氏だが、「しかし真に優れた音楽はそんな厄介な事情も超えて響くもの。1人の人生を変えるほどの尊さを生み出すのも音楽であることを、僕は信じています」ときっぱり。

■「エンターテイメントに従事する不器用な人たちを書きたかった」

小説内に「人生の場面は数字で語ることができる」とあるが、音楽業界でもテレビ業界でも、売り上げや視聴率などが取り上げられ、その数字がビジネスにおける指標とされていく。もちろん時代の変化とともに、その数字の価値は変動していくが、そこの策を練って折り合いをつけるのが、プロデューサーの仕事だと松尾氏は言う。

「実際に世に出て、人を惹きつけるのは、メロディや歌詞、声の質など、数値化しにくい部分です。僕たちはそれを解析し、積み重ねていって、次の作品を作っていく。そう言うと、まるで作品を商材扱いしているみたいに聞こえるかもしれないけど、アーティストがそういうことを考えなくても済むように支えていくのが、プロデューサーの役割なんじゃないかなと。そこが演者とプロデューサーの違いです」

平成、令和と、時代がうねりを見せるなかで、それぞれの時代を彩る名曲を手掛けてきた松尾氏の言葉には重みがある。「エンターテインメントの輝きが、後になって語り継がれることがあっても、それを作っていた人たちの苦しみは、時代と共に風化するんです。なぜなら、我々は輝いていたところだけを見ているから。でも、そこを下支えしている人たちには、限りない葛藤があります。実は、エンターテイメントを作るのは、地味な作業の積み重ねであり、作業としては1つもカッコ良くはない。だからこそ僕は今回、エンターテイメントに従事する不器用な人たちを書きたかったんです」と同書に込めた思いを明かした。

普段は覗くことのできないからこそ、音楽業界やテレビ業界の舞台裏は非常にドラマチックに映る。それぞれの思惑があり、いろんな策略も展開されるが、読み終えたあとの読後感として浮かびあがるのは、ものを作る人々の純潔さだ。それらは、愚直さや泥臭さがあいまって実に人間くさく、だからこそ心の深い部分に響く。カバーを飾った岩田剛典の少し憂いを帯びた表情も、そこを雄弁に物語っている気がした。

■松尾潔(まつお・きよし)
1968年1月4日生まれ、福岡県出身の音楽プロデューサー、作詞家、作曲家。SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後、プロデューサー、ソングライターとして、平井堅、CHEMISTRY、東方神起、三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE、JUJU等を成功に導く。これまで提供した楽曲の累計セールス枚数は3000万枚を超す。「日本レコード大賞」大賞(EXILE「Ti Amo」)など受賞歴多数。