ゴルフは、他のプレーヤーと接触することがないため、怪我は少ないと考えられがちですが、クラブをしっかり振り抜くため、首、肩、腕、背中、腰、手指など体の多くの部位において怪我のリスクを抱えています。

そこで、女子ゴルフ元世界ランキング1位の宮里藍氏をゲストにお迎えし、怪我の経験、そのメカニズム、正しいトレーニング法などについて整形外科の先生方とディスカッションしていただきました。

  • 宮里藍氏 プロゴルファー 1985年沖縄県国頭郡東村生まれ

ヨガやピラティス系エクササイズへのシフトで可動域アップ

松本 本日は、プロゴルファーとして活躍された宮里藍さんをゲストにお迎えしました。17歳のデビュー以来「藍ちゃん」と呼ばれて親しまれてきました。宮里さんは14年間プロツアーを行い、日本ツアーで14勝、海外ツアーでは通算9勝を挙げました。2010年には日本選手初の世界ランキング1位の座に就きました。私たちは、選手として大きく成長し、夢を実現する宮里さんの姿に夢中になったわけですが、まずゴルフとの出会いからお話しいただけますか。

宮里 父がゴルフのインストラクターをしていたこともあり、ゴルフ一家の3兄弟の末っ子として育ちました。4歳でゴルフを始め、兄たちとゴルフを競うのが好きで、その後、ゴルフの世界にのめり込んでいきました。

松本 現役時代の試合や練習で経験された怪我はどのようなものでしたか。

宮里 ゴルフは右にテイクバックして左に振り出すという一方向の動作を繰り返しますので、どうしても腰に一番負担がかかります。20歳から24歳ごろまでは、腰痛と付き合いながらゴルフをしていました。

松本 プロ選手の場合は、毎週試合があり、練習もしなければなりません。とりわけ米国に参戦してからは、フィジカルコンディションを常に良い状態に保つことは容易ではなかったのではと想像します。

宮里 米国ツアーですと、年明けから11月まで月に3週連続試合をして1週休みというのがルーティーンでした。試合の週は月曜が移動、火曜が練習ラウンド、水曜がプロアマ、木曜から日曜まで試合でしたので、ずっとゴルフをしているようなものでした。米国は移動距離が長いですし、気温差が大きい場所への移動もあります。怪我をしないように気をつけながら、自分のフィジカルコンディションを均一に保つことはかなり難しかったです。個人的には、時差対策として、14時間以上の「空腹」の時間を作ることを心がけていました。空腹効果で体内の老廃物が一掃され、細胞や組織などの機能が活性化し、体がリセットされるような実感があったからです。

  • 松本守雄 先生 慶應義塾大学医学部 整形外科学教室 教授

松本 宮里さんは現役時代、他の選手と比べて怪我が少なかったようですが、何か秘訣はあったのでしょうか。

宮里 筋トレや走り込みのトレーニングが直接結果に結びついていない感覚があったので、24歳頃にヨガやピラティス系のエクササイズにシフトすることにしました。ヨガはポーズと呼吸法、瞑想で心と体を結びつけ、心身が最も安定した状態を作ることを目的と捉えられています。一方、ピラティスは、もともとはリハビリ用として生まれたもので、身体に負担をかけず、強くしなやかな筋肉をつけることを目的としています。その結果、股関節や肩の可動域が飛躍的にアップし、怪我が格段に少なくなりました。また、バックスウィングで左に体重が残る傾向がありましたが、体の使い方を意識するトレーニングにより体重移動がスムーズになり飛距離も伸びました。

松本 独自のトレーニング法に取り組んでいたのですね。

宮里 トレーナーが私の体の癖を熟知していて、例えば「今日は右のヒップが少し張っている」とか細かく指摘してくれるので、次第に自分で自分のコンディションが認識できるようになり、最後の頃は、トレーナーに自分の体の状態をきちんと言語化して説明できるまでになりました。

松本 体の硬い部分は日々変化するわけで、そういうところをトレーナーと一緒に対応していくことはゴルファーにとってとても大事なことだと思います。

  • 佐藤和毅 先生 慶應義塾大学医学部 スポーツ医学総合センター 教授

上肢の障害は肘と手関節が多い

松本 ゴルフではどのような怪我が多いのでしょうか。佐藤先生、上肢の障害についてお話しいただけますか。

佐藤 プロゴルファー 、ティーチングゴルファー、アマチュア競技ゴルファーを対象にしたスポーツ外傷・障害に関するアンケート調査結果(スポーツ庁委託事業 女性アスリートの育成・支援プロジェクト 女性アスリートの戦略的強化に向けた調査研究「女性ゴルファーのスポーツ外傷・障害予防のための方策の確立」)によると、女子ゴルファーの場合(回答数343人中296人)、痛みを有した障害部位は、多いものから、腰椎/下背部18.1%、肘11.6%、手関節10.3%、頚部/頚椎で10.0%でした。40歳以上になると、膝の障害も増えています。

上肢については、肘の障害の中でも圧倒的に多いのがいわゆるテニス肘といわれる上腕骨外側上顆炎や、ゴルフ肘といわれる上腕骨内側上顆炎です。外側上顆部分には、手首を動かし、指を伸ばすための筋肉が付いていて、内側上顆部分には、手首を手のひら側に曲げる筋肉が付いています。それらの筋肉がオーバーユースとなり炎症を起こして痛みを発生させます。特にリーディング側の肘を屈曲位の状態で打つ方は肘に大きな負担がかかり、外側上顆炎や内側上顆炎の発症が多いといわれています。

宮里 プロの印象ですと、肘よりも手関節の怪我が多いように思いますが、肘の怪我はアマチュアに多いのでしょうか。

佐藤 先ほどの調査はプロとアマを対象にしていますが、プロゴルファーの診察をしている私の印象としても、プロは手関節の怪我が多いと思います。手首の軟骨を損傷するTFCC損傷(三角線維軟骨複合体損傷)もその1つです。TFCC損傷は転倒や腕の回旋強制により発生するほか、明らかな外傷なしに反復負荷で発生することがあります。ゴルフでは、インパクトの瞬間にリーディング側の手首に負荷がかかるため、繰り返すストレスでも損傷が発生すると考えられます。

  • 石橋 恭之 先生 弘前大学大学院医学研究科 整形外科学講座 教授

インパクト時は体重の8倍の負荷が腰にかかる

松本 体幹の障害の中で腰痛についてお話ししますと、佐藤先生が紹介されたゴルファーを対象とした調査で腰椎/下背部の障害が最も多かったわけですが、ゴルフのインパクト時は体重の約8倍もの負荷が腰にかかっているという研究もあります。これはアメリカンフットボールの「ラインマン」がタックルする時と同じくらいの負荷といえます。つまり、かなり強い衝撃が腰にかかっているのです。最近のゴルフでは、下半身と上半身の捻転差が生み出す力で、スイング時の速さを増し飛距離を伸ばす、というセオリーがメジャーのようですが、ねじれの力が腰にかかるので、椎間板あるいは椎間関節が故障しやすくなります。

宮里 私も右側の腰部多裂筋を痛めることが多かったです。

松本 スポーツ障害としての腰痛に対する保存療法と外科的治療の判断基準について考えてみたいのですが、私はまずは保存療法を考え、それでも難しい時に外科的治療を選択するようにしています。例えば、腰椎椎間板ヘルニアの手術ですと、内視鏡視下手術が進化を遂げており、手術で切開する傷口は1cm弱で、手術当日から歩ける場合もあります。ですから、保存療法を行っても十分な改善が見られない場合は、手術を積極的に考えて良いと思います。また、最近では、酵素を用いて椎間板を構成する髄核を融解することで、ヘルニアの圧を下げ疼痛を緩和させるという画期的な治療法も出てきました。治療の選択肢が広がることは選手にとって良いことです。

佐藤 プロゴルファーの場合、シーズン中の過密した試合日程やスポンサー契約などの関係から外科治療に踏み切るタイミングを得にくいかもしれません。

後編に続く。

※本記事は「久光製薬スポーツ座談会 トップアスリートと考える、ゴルフで怪我をしやすい部位とその予防法」より転載しました。