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  • 京谷和幸氏 車いすバスケットボール元日本代表選手 車いすバスケットボール男子日本代表チーム ヘッドコーチ

幹細胞を使った脊髄損傷治療

田島 リハビリ以外に有効な治療法がない脊髄損傷ですが、山下先生の研究グループが開発した幹細胞を使い、傷ついた神経細胞の修復や再生を目指す治療法が注目を集めています。お話しいただけますか。

山下 私たちの開発した「自己骨髄間葉系幹細胞を用いた脊髄損傷治療」は、患者の骨髄液に含まれ、神経や血管などに分化する能力を持った幹細胞である間葉系幹細胞を採取し、体外で約1万倍に培養して、患者の静脈から投与するものです。投与された自己骨髄間葉系幹細胞は脊髄の損傷部に集まることがわかっています。

脊髄損傷に伴う機能障害などの改善が見込まれる治療法で、2018年12月に厚労省より条件付きで保険適用が承認されました。ただし、治療対象は受傷後31日以内を目安に骨髄液採取可能な急性期の患者に限られます。

田島 治験の成績はどのようなものでしたでしょうか。

山下 治験では、全13例中12例でASIA機能障害尺度1段階以上の改善が認められました。この中で、スポーツによる受傷例を紹介しますと、52歳男性は野球試合中に内野守備で走者と交錯して頚髄を受傷し、四肢麻痺となりました。肘だけがかろうじて動く程度でした。リハビリを行い、受傷46日目に自己骨髄間葉系幹細胞による治療を実施したところ、ASIA機能障害尺度がCだったのが治療翌日にはDへと改善しました。そして翌週には歩行訓練まで可能となりました。

京谷 目覚ましい回復ぶりですね。

  • 田島文博 先生 和歌山県立医科大学医学部 リハビリテーション医学講座 教授

山下 保険適用後の症例を1例紹介します。45歳男性でトランポリン着地の際に頭部から落下し、頚部を屈曲し受傷し、四肢麻痺となりました。股関節以下全く動かないという状態です。リハビリを実施し、受傷56日後に自己骨髄間葉系幹細胞による治療を実施したところ治療翌日には坐位が可能となり、歩行器を用いて歩けるまで回復しました。

田島 即効性のある治療法ですね。

山下 ただし、治療を受けた患者全員がこのように回復するわけではなく、いま一つの効果の方もいます。こうした患者には複数回治療を実施することも検討中です。

田島 この治療法は慢性期の脊髄損傷患者に対しても有効性はあるのでしょうか。

山下 慢性期治験として脊損受傷後6か月以上の患者数例を対象として実施していますが、やはり投与前よりも回復がみられています。急性期の患者のような即効性はありませんが、徐々に良くなっている印象です。また、スコアに表れないいろいろな自覚症状の変化が出てきています。

例えば、(1)低血圧発作の頻度が減った(2)呼吸がしやすくなった(3)尿が出やすくなった(4)手指の分離運動や巧緻運動が改善された(5)痙性が取れて歩行しやすくなった(6)仰臥位から長坐位を取れるようになった、などです。

京谷 この治療法にもっと早く出会いたかったです。

田島 慢性期でこのように改善されたケースは見たことがありません。ADL到達度のC4、5の患者で治療によって少しでもレベルが改善されたら、スムーズに食事が取れるなど生活面で大きなプラスになるに違いありません。

チーム一丸となりメダル獲得を目指す

田島 京谷さん、元選手あるいはヘッドコーチの立場から、医療界に望むことはありますか。

  • 山下敏彦 先生 札幌医科大学医学部 整形外科学講座 教授

京谷 今、パラスポーツ界の現状はというと、どの競技団体も競技人口が減少しています。障がい者に接する機会の多い先生方には是非パラスポーツへの誘導をしていただきたいです。スポーツの与える力は、生きる活力や生きがいにつながります。障がい者がスポーツを通じて社会に参加できるような仕組みができればいいなと思っています。

田島 山下先生、スポーツドクターの立場から、パラスポーツ選手へのアドバイスはありますか。

山下 スポーツドクターは日本整形外科学会、日本スポーツ協会、日本医師会の3種の団体に認定された医師を指し、相当数存在します。しかし、実際には、スポーツドクターとして活躍する場は少ないので、チームドクターをやりたくてウズウズしている医師も少なくありません。地方のパラスポーツ団体ではチームドクターがいないケースもあるかと思いますが、ホームページで名簿が公開されているので、ぜひお声がけしていただき、活用願いたいと思います。

田島 京谷さんは、車いすバスケ男子日本代表としてシドニー、アテネ、北京、ロンドンと4度出場しています。そして、今度は車いすバスケ男子日本代表チームヘッドコーチとして、東京2020パラリンピックに臨むことになります。最後に抱負をお聞かせください。

京谷 これまでパラリンピックの日本の成績は9位や10位などで推移していますが、地元開催ということを考えればやはりメダルを獲得しにいかなければなりません。その目標を達成するためにチーム一丸となり、日々練習に邁進しているところです。皆さんの応援は大きな力となりますのでよろしくお願いします。

※本記事は「久光製薬スポーツ座談会 スポーツ障害から学ぶ -車いすバスケットボール選手に多い怪我と予防法-」より転載しました。