マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、アメリカの経済対策と政治スケジュールについて解説していただきます。


1月26-27日に開催されたFOMC(連邦公開市場委員会)で、金融政策の現状維持が決定されました。FRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長は直後の会見で、金融緩和からの「出口を議論するのは時期尚早だ」として、金融緩和の長期化を念押ししました。2013年にバーナンキFRB議長(当時)がQE(量的緩和)縮小を示唆したことで金融市場が動揺した、いわゆる「テーパー・タントラム」の再来を避けたかったのでしょう。

さて、景気の先行きに関して、FOMCの声明文は「ワクチンの普及を含めたコロナの状況に大いに依存する」と指摘しました。金融市場が注目しているのも、まさにその点でしょう。

そして、金融市場がもう一つ注目しているが、1月20日に誕生したバイデン政権と議会の動向でしょう。とりわけ、昨年12月に続いて追加的な経済対策が迅速に実現するかどうかは重要でしょう。以下に、政治スケジュールを概観しておきましょう。

弾劾裁判は2月9日開始

2月9日、トランプ前大統領の弾劾裁判が上院で開始されます。議事堂(キャピトル)への暴徒の乱入を扇動したとして、下院が1月13日に弾劾決議を可決。上院では下院の代表が「検察」となり、「陪審員」を務める上院議員の3分の2以上(100議席中の67議席以上)が認めれば、有罪となります。ただ、トランプ氏が有罪となる可能性は低そうです。

上院は1月26日、退任した大統領は弾劾裁判の対象にならないとする共和党議員の動議を55対45で否決しました。ただ、否決票を投じたのは、民主党議員全員に加えて、共和党議員は5人だけでした。弾劾裁判で有罪とするためには少なくとも17人以上の共和党議員の支持が必要であり、その実現は相当に難しいとみられます。昨年1月のトランプ大統領(当時)の弾劾裁判は決着まで約3週間かかりました。今回はもう少し早く決着しそうです。

議会が弾劾裁判に集中すれば、閣僚候補の承認(上院のみ)や経済対策の審議が滞る可能性もあります。弾劾裁判で民主党と共和党の対立が先鋭化すれば、その他の議会審議にも悪影響が出るかもしれません。

1.9兆ドルの追加経済対策案

1月14日に大統領就任前のバイデン氏が発表した経済対策案は、個人向け給付金増額、失業保険拡充、州・地方政府支援、ワクチン普及、連邦最低賃金引き上げなどを含む総額1.9兆ドルの野心的な内容でした。

バイデン政権は超党派の合意を目指すが……

共和党からはすぐさま、「巨額すぎる」「コロナ対策に焦点を絞るべき」として批判が出ています。バイデン大統領は共和党の協力を得て超党派で実現を目指すとしており、規模縮小などの修正には応じる構えです。上院にはフィリバスターという、少数派政党に認められた採決妨害の戦術があるためです。上院100議席のうちスーパーマジョリティー(60議席以上)の支持があれば、フィリバスターを打ち破って採決に持ち込み、51議席の単純過半数で法案を可決することができます。しかし、10人以上の共和党議員の協力が得られるメドは立っていません。

民主党は2段構え

民主党は超党派での実現が困難な場合に備えて、民主党だけ(=単純過半数)で経済対策を実現させる「奥の手」も準備しています。バイデン大統領もそのルートを追求する可能性を否定していません。

それは経済対策を「予算調整法」として議会で審議することです。予算調整法は、財政収支(赤字)をコントロールするために歳入や歳出を調節するもので、フィリバスターの対象外です。つまり、上院でも単純過半数で可決できます。

予算調整法の制約 予算調整法案には、歳出や歳入に直接影響する項目しか盛り込むことができません(いわゆる「バード・ルール」)。そのため、バイデン・プランにある最低賃金引き上げはアウト。その他にも日の目を見ない項目はたくさんありそうです。

予算調整法案を成立させるためには、前提条件として予算決議が必要です。予算決議は歳入と歳出の全体像を示す、いわば予算の青写真です。それに基づいて、歳出入の過不足を調節するのが予算調整法だからです。今回であれば、予算調整法の審議を進める前に昨年10月に始まった2021年度に関する予算決議を成立させておく必要があります。そのため、下院は2月2日の週に予算決議案の審議を行う見通しです。上院も同一の予算決議を成立させる必要があり、閣僚候補の承認や弾劾裁判がどう絡んでくるか注目されるところです。

最終手段

超党派の合意、予算調整法以外に、経済対策を成立させるための「ニュークリア・オプション(核の選択肢)」と言われる最終手段があります。上院リーダー(現在は民主党のシューマー院内総務)は一定の条件のもとで、法案を審議なしで採決にかけることができます(単純過半数で可決)。審議がなければ、審議を続けて採決を先延ばしするフィリバスターは使えません。

2013年には民主党が最高裁判事を除く閣僚等の指名を単純過半数で承認できるようニュークリア・オプションを行使。そして、2017年には共和党が最高裁判事に関してニュークリア・オプションを行使しました(そのため、現在、指名承認は単純過半数で可決)。

もっとも、ニュークリア・オプションを乱発すれば、自党が少数派政党に転落した場合に多数派政党に対抗する手段を持たないことになります。そのため、いずれの党もニュークリア・オプションには慎重であり、ごく限定的に利用する最後の手段との位置付けでしょう。

予算教書と2022年度予算編成

民主党は失業保険の上乗せ措置が失効する3月中旬ごろを景気対策成立の目標にしているようです。そのころには2022年度(今年10月からの1年間)の予算編成が始まります。通常なら2月に提出される予算教書は、新任大統領の場合は3-4月にズレ込むようです。予算教書には、経済対策に盛り込めなかった税制改革やインフラ投資などが盛り込まれそうです。そして、予算教書の発表を受けて、議会での予算編成が行われ、2022年度の予算決議(上述した予算の青写真)や具体的な歳出法案(全12本)が策定されます。

7月末にはデットシーリング(債務上限)が復活し、その時点から政府が財政赤字を拡大させることができなくなります。そして、新年度が始まる10月前後には、米政府のデフォルト(債務不履行)やシャットダウン(政府機関の一部閉鎖)の懸念を引き起こすような予算バトルが繰り広げられることになるかもしれません。ただ、それはかなり先の話です。

ハネムーンの終わり

4月末にはバイデン政権の最初の100日間、いわゆる議会との「ハネムーン(蜜月)」が終わりを迎えます。バイデン政権が経済政策だけでなく、外交や内政、環境問題などでそれまでにどれだけのことを成し遂げるか。それが、その後の政権運営を占う重要なカギとなりそうです。