The Orchardロゴ

12月上旬、YOASOBIのデビュー曲「夜に駆ける」が2020年のBillboard JAPAN総合ソングチャート「JAPAN HOT 100 of the Year 2020」および「Streaming Songs」で1位を獲得したことが発表された。フィジカルのリリースをしていない楽曲が年間総合首位を獲得するのは、年間チャートが発表されるようになってから初めて。このことは音楽業界が新たなフェーズに入ったことを象徴するようなエポックメイクングな出来事となった。さらに本日12月23日には、「第71回NHK紅白歌合戦」に出場することも発表された。快進撃を続けているYOASOBIの活動の裏には、実はThe Orchardのバックアップがある。The Orchardとはいったいなんなのか、デジタルプロモーション / マーケティング会社arneの代表を務める松島功氏に寄稿していただいた。

文・構成 / 松島功

YOASOBI、BBHF、クレナズム

YOASOBI、BBHF、クレナズム。

今年大きな躍進を遂げた3組のアーティスト。まったく違うように見えて1つの共通項があることをご存知でしょうか?

それは彼らがマネジメント(音楽事務所)には所属しつつ、音楽ストリーミングサービスへの配信に関してはThe Orchardというサービスを使ってリリースを重ねていること。Apple Music、LINE MUSIC、Spotify、Amazon Music、YouTube Music、AWAと国内だけでも数多くある音楽配信サービス。今年飛躍的に会員数を伸ばしたこれらのサービスを使うことが、生活の一部になっている人も本当に増えたように思います。その音楽ストリーミングサービスに、アーティストが自分たちの音楽を配信するには、これまで主に2通りの方法がありました。

音楽ストリーミング配信の方法

1つはメジャー契約と呼ばれるような、大手レコード会社と契約し、所属し、配信すること。多くのスタッフが制作からタイアップまで関わり、予算もかけてプロモーションも行う。その分アーティストの取り分は少なくなります。レコード会社が直接Apple、LINE、Spotifyのような会社と契約を交わし(一部間接契約の場合もあり)、音源を納品し、配信する形です。

もう1つはアーティストダイレクト、つまり自分たちでTuneCore Japanのような音楽配信サービスを使い、DIYで行うこと。初期費用として年間あたり一定の登録料を先払いして、Apple Music、LINE MUSIC、Spotifyのような各配信サービスからの収入を100%アーティストが受け取るサービス。料率がいい分、プロモーションも自分たちで行う必要があります。

両者の違いはそれぞれで、どちらがいい悪いの話ではなく、これらを選べること=アーティストとして人生の選択肢が増えたこと、であり、そのこと自体が素晴らしいことであります。またTuneCoreから配信された楽曲がBillboardチャートに多く入るようになったのも今年の大きなトピックスです。

では話を戻してYOASOBI、BBHF、クレナズムが使っているThe Orchardとはここでいうどちらに当たるのでしょう? 正解はどちらでもないのです。強いて言うなら"中間"に位置する存在でしょうか。

The Orchardとは

The Orchardは前述のTuneCoreのようなサービスと似た音楽配信サービスでありながら、レーベルサービス / アーティストサービス的な機能を持ったディストリビューションサービスです。もう少しわかりやすく言うと、TuneCoreのような100%アーティスト還元のサービスではなく、いくらかのパーセンテージはThe Orchardが取得し、残りをアーティスト / レーベルに支払う形を取っています。

ではパーセンテージを取る分、彼らはいったい何を提供してくれるのか?
大きく2つあります。
それは“スタッフによる人材サポート”と、“テックカンパニーならではのテクノロジーの提供”です。The Orchardの日本オフィス、ヴァイスプレジデントの金子雄樹氏にお話を伺うと
スタッフによる人材サポートとして

  • リリース楽曲の国内外の音楽配信サービスへのプロモーション・営業
  • リリースプランを最大化するためのプランニング含めたマーケティングサポート
  • 安定した音楽配信サービスへの納品・配信作業
  • 海外でのシンクロ権(※1)の管理や回収
  • アーティストのYouTube運用のサポート(MCN[※2]含む)

テクノロジーの提供として

  • The Orchardワークステーションと呼ばれる一括してデータ分析できるツールを提供
  • OrchardGoというモバイルアプリでもワークステーションと同じようなデータにアクセス可能で、プレイリスト状況も確認。もちろん売上データだけでなく、SNSデータも含めて確認できる機能を提供

というポイントを挙げていただきました。

アーティストチームがリアルタイム性とアクセシビリティ性が高くなる仕組みを作っているようですね。それは彼らがディストリビューションカンパニーでありながら、テックカンパニーでもあることで日々開発が進んでいる強みかもしれません。

※1. シンクロナイゼーション・ライツ。テレビCM、映画、DVDなどの映像に音楽を同期させて使用する権利。

※2. マルチチャンネルネットワーク。複数のYouTubeチャンネルと提携し、視聴者の開拓、コンテンツのプログラミング、クリエイターのコラボレーション、デジタル著作権管理、収益化、営業などを含むサービスを提供するサードパーティサービスプロバイダ。

The Orchardならではの強み

では、ほかのディストリビューションサービスにはない強みはいったいなんでしょう?

ヒントは"海外"にあります。

現在、音楽配信サービスは日本で我々が利用できるサービスだけではなく、世界各地で独自に進化をし続けるドメスティックな音楽配信サービスが無数にあります。中国ではTencent系列のQQ Music、KuGou、Kuwo、WeSing、そしてNetEase Cloud Music。さらに韓国にはMelon、genie、東南アジアで人気のJOOX、インドのGaanaと世界にはさまざまなサービスが存在します。

これらのサービスを含む多くのサービスに対してThe Orchardから音楽配信が可能です。日本の個人向けディストリビューションサービスに加えて海外のディストリビューションサービスをかけ合わせて利用しても、これらすべての配信サービスから楽曲配信することは難易度が高いです。こういったアジア主要サービスへの安定した配信も強みですね。

そしてさらにもう1点。

日本オフィスの金子氏曰く「The Orchardの日本オフィスと、海外スタッフとの連携も強み。アジア各国にもオフィスがあり、それぞれのテリトリーからそれぞれの国のローカルDSP(※3)へピッチング(営業・プロモーション)をかけることが可能」とのこと。

少しずつその独自性が見えてきましたね。インディペンデントなアーティスト / レーベルのサポートを続けるThe Orchard。実際にアーティストとThe Orchardの組み合わせで成功する例はどのようなものがあるのでしょうか。

※3. Distribution Service Platform。Apple MusicやSpotifyをはじめ、各国の音楽配信サービスのこと。

BTSとYOASOBI

海外で言うとBig Hit Entertainmentが一例でしょう。BTSを擁するマネジメント会社でもありインディペンデントなレーベルでもあるBig Hit Entertainment。彼らもThe Orchardを使って全世界に配信しています(※日本向け一部DSPや日本語歌唱曲はユニバーサルミュージックジャパン)。

そのほかにも海外ではジョイナー・ルーカス、ケルシー・バレリーニ、ジョルジャ・スミス、ドラ、ブシスワ、ダルコヴァイブス、マックスなど。また日本ではYOASOBI、BBHF、クレナズム、CHAI(一部テリトリー)、Doul、反田恭平、TOY'S FACTORY内のレーベルVIAのりりあ。、LDH Records内のSALU、さらにサンライズミュージックと個人アーティスト / レーベル単位問わずインディペンデントに活動するためのサポートをされているのが特徴です。

今年1年音楽業界を席巻したYOASOBIで言うと、スタッフ2名とメンバーのAyase、ikuraの合計4人のチームでプロジェクトは進行。加えてThe Orchardの助けを借りて、YOASOBIの音楽をストリーミング配信しています。そしてファンと作り上げた結果が2020年のBillboard JAPAN HOT 100と、Streaming Songsの年間1位という偉業でした。

アーティストを含む強い結束力があって、自分たちの音楽を積極的に広げていくパワーがあるチームは、The Orchardの助けを借りてストリーミング配信を重ねていくことにより、手が回りづらい全世界へのプロモーション / 営業ができるということ。そしてそれが日本で、少数精鋭のチームでも可能であると立証されたのが2020年の大きな出来事です。

YOASOBIチームの2名、ソニー・ミュージックエンタテインメントの屋代陽平さん&山本秀哉さんも「自分たちだけではウォッチし切れない、海外のストリーミング市場で起こっていることやアーティストに求められていることを、リアリティのある形でThe Orchardから伝えていただけるので、具体的に何をすべきかが考えやすいのがとてもありがたいです。そういった内容の伝達含め、コミュニケーションのテンポがいいことにも大いに助けられています」と語っています。

"コミュニケーションのテンポがいいこと" というお二人の言葉にすべてが集約されているような気がしますね。

2020年ヒット曲の共通項

YOASOBIチームのお二人がおっしゃっていた "コミュニケーションのテンポがいいこと"。アーティストのファンベースを成長させていくために作り上げたプランニングを鋭意こなしていくことはもちろん重要でありつつ、2020年の音楽ヒットに共通するのは「気付いた瞬間に瞬発力高く行動に移せたかどうか」ではないでしょうか。

世の中のさまざまな兆しに“気付く力”があり、柔軟にプロモーションプランを策定し直し続けていった人たち。そしてそれを実現するための環境、組織、チーム作りとしてのThe Orchardの役割。アクセシビリティの高いアナリティクスツール。

決まった商品を提供して反応を見るという時代では完全になくなってしまいました。
音楽の届け方が本当に変わってしまったのです。

  • 届ける方法としては、これまで考えられなかったチーム編成でできる。
  • 届けたあとにも“気付く力”があれば臨機応変に変えていける。
  • 届ける先も本当の意味での全世界になった。

そしていずれもスモールチームで可能になったのです。

今年1年は音楽業界にとって非常につらい1年であり、まだその暗いトンネルは抜けられないように思えます。しかしその中でも音楽配信・動画配信の分野では目まぐるしい変化と成長がありました。
これまで考えられなかったチーム編成で世界が目指せる。
世界中に音楽を届けることができる。
これほど明るいニュースはないですよね。
日本の音楽業界の未来は本当に明るいです。
みんなでもっと明るくしていきましょう。 2021年も素晴らしい音楽であふれますように!

The Orchard

1997年に設立されたディストリビューション会社。全世界に40カ所以上の拠点を持ち、2019年8月には日本オフィスが開設された。
The Orchard - Distribution Done Right

松島功(株式会社arne)

Spotify退職後、音楽専業のデータ分析・デジタルプロモーション・マーケティング会社arneを設立。インディペンデントのアーティストサービス、レコード会社のデジタル事業サポートを務める。
arne - アーティストと長期的なファンコミュニティを作り上げる。音楽専業デジタルプロモーション・マーケティング
Ko Matsushima / 松島 功 (@komatsushima) | Twitter
Ko Matsushima / 松島 功|note