マネ―スクエアのチーフエコノミスト西田明弘氏が、投資についてお話しします。今回は、欧州の政治情勢について語っていただきます。
混迷が続いてきた米大統領選は、ようやく「バイデン氏勝利」で決着しそうな勢いです。トランプ氏が必要な3つ以上で州の投票結果を覆すことも、両氏ともが過半数の選挙人を獲得できずに合衆国憲法修正第12条に基づいて下院が大統領を選出することも(その場合は規定上、共和党が有利)、可能性はゼロではありません。しかし、トランプ氏が逆転勝利する確率は天文学的に低いのではないでしょうか。
さて、欧州の政治情勢もなかなかに複雑です。5年以上前に「平沼首相が残したセリフ『欧州情勢は複雑怪奇』、現代にも当てはまる!?」(2015年5月22日付け)とするコラムを執筆しました。それから、ギリシャがユーロ圏離脱の危機に瀕し、英国が実際にEU(欧州連合)を離脱し、極左や極右の勢力が台頭してイタリアでは極右と極左の連立政権が誕生しました。状況はますます複雑化しているようにみえます。
2016年に始まったブレグジット……
英国のEUからの離脱、いわゆるブレグジットは2016年6月の英国民投票で可決されました。翌年3月にメイ首相(当時)がEUに対して離脱を通告し、2019年3月に英国がEUを離脱することになりました。
しかし、英国とEUの離脱条件に関する交渉が長期化、英国内でも反離脱派の巻き返しなど紆余曲折もあって、英国とEUが離脱協定で合意したのが2020年1月。英国は2020年1月末をもってEUを離脱したものの、同年末までは移行期間として両者の間で離脱前と同じ関係が維持されています。
英国とEUの交渉は最終局面?
そして現在、英国はEUと移行期間終了後の関係、とりわけ自由貿易協定についての交渉を続けています。協定を締結するためには、英国とEU加盟全27カ国の議会が承認する必要があるため、移行期間終了までに交渉に残された時間はほとんどなくなっています。
これまでも非公式な交渉期限が何度も設定されてきました。しかし、それらはことごとく破られてきました。ジョンソン英首相は10月時点で交渉打ち切りも辞さない構えをみせていたものの、EUに譲歩を迫るための「ブラッフ(脅し)」だったようです。
現在も、英領海におけるEUの漁業権、政府補助金(公平な競争条件)などで、両者の立場に隔たりがあるようです。交渉は最終局面に入っており、合意が近いとの観測もあります。ただし、これまでの経緯を考えれば楽観は禁物でしょう。
仮に交渉が物別れに終わるようなら、移行期間終了時に大きな混乱が生じ、両者の経済、とりわけ英国にとっては大きな打撃になるとみられます。また、英国は、その場合に備えて1月に締結した離脱協定の一部を反故にする国内法の制定を進めています。これに対して、EUは国際法違反として訴訟を起こす構えであり、さらなる悶着があるかもしれません。
EU予算案と復興基金構想
EUは内部にも問題を抱えています。コロナの感染拡大とロックダウン(都市封鎖)などによって各国経済が大きく打撃を受けたため、EUはその対応を進めてきました。5月にはドイツとフランスの首脳が復興基金構想で基本合意し、7月のEUサミット(首脳会議)で概要が承認されました。復興基金は2021年に創設され、補助金または融資の形でコロナに大きな被害を受けた国を支援するものです。共同債券によって資金調達を行うというのはEU初の試みです。7月のEUサミットでは次期多年度予算案(2021-27年)も承認されました。
EU内の決めごとは全会一致が原則です。欧州復興基金についても、加盟全27カ国の承認が必要です。しかし、ここへきて復興基金の資金分配方法に異議を唱えて、ハンガリーとポーランドが反対する姿勢を打ち出しています。2020年後半のEU議長国でもあるドイツや、フランスが両国を翻意させることができるのか。あるいはフランスが示唆しているように両国を外して25カ国で見切り発車するのか(その方法はあるのか)、先行きは不透明になっています。
欧州政治の「常識」?
欧州政治の常として、いくら交渉が難航しても土壇場の土壇場で「カタストロフィー(惨事)」を回避する選択がなされて合意が成立するというものがあります。果たして、英国はスムーズにEUを離脱できるのか(協定が成立しても混乱は生じそうですが)、欧州復興基金は無事に立ち上がるのか。
これから年末・年始に向けて、米国政治の行方(大統領選の最終結果)だけでなく、欧州政治情勢も大いに注目です。