学業や就職で生まれ育った故郷を出て、いまは遠く離れた場所で生活を営んでいる人は多いはず。忙しなく過ぎていく毎日の中、たまの里帰りで故郷を思い返すことは、改めて自分を見つめ直すいいきっかけになる。しかし現在、新型コロナウイルスの影響により、長らく里帰りができず寂しい想いをしている人も多いに違いない。そんな今だからこそ、知ってもらいたい"新聞"がある。

  • 電通のプランナーである長島龍大さん(左)、福島民報社の宗像恒成さん(右)

福島県の新聞社「福島民報社」から年に一度だけ、郷土愛に溢れた"特別な新聞"が発行されることをご存じだろうか。それが「おくる福島民報」。2018年の「福島県民の日」である8月21日から始まった取り組みで、毎年同日の朝刊限定で発行される新聞なのだが、特徴はその名の通り"おくる"こと。どのような新聞なのか、またどのような想いで作られたのか。企画に携わった方々にお話を伺ってきたので、ぜひ自分の故郷を思い浮かべながら読み進めてほしい。

  • 「おくる福島民報」の特徴は、手紙のように"送れる"こと

「おくる福島民報」とは何か

まずは、どのような新聞なのかを紹介したい。その特徴である「おくる」とは、初年度の誌面に大きく見出しで書かれたように「本日の福島民報は、手紙になります」ということ。受け取った朝刊を、手で折ってラッピングし、切手を貼ってポストに投函すれば、手紙のように新聞を送ることができるのだ。

  • メッセージ欄もあり、思い思いのコメントを添えることもできる(2020年版の紙面)

送り先は、福島県の外で暮らしている人。東日本大震災や原子力災害によって県外への移住を余儀なくされた人へ、仕事で上京した家族や友人へ……いまは福島を離れている人に、その日の新聞を送ることで"福島のいま"を伝えられる仕組みになっている。

初年度は"里帰り"をテーマに制作され、県外で暮らす福島県民の方々に「故郷を思い返してほしい」「懐かしんでほしい」という想いが込められていた。続く2019年度の発行版は"イメージの復興"がテーマ。震災から9年が経過してもなお「被災地」のイメージが強いことから、そこから脱却し「福島の魅力を発信したい」とのメッセージが込められた。そして、3年目を迎える今年のテーマは"コロナ禍での里帰り"。会いたかった大切な人に向け、「離れていても、おかえりなさい」とメッセージが添えられた。このように「おくる」という仕組みは踏襲しながらも異なるテーマが設定されていることも興味深い。

  • 2019年版のデザイン一覧。4パターンが作られた

これまでにない地方紙の価値を見出した「おくる福島民報」は、発行後に国内外でさまざまな賞を受賞。初年度の発行時に制作されたスペシャルムービーもまた、多方面から評価を受け、大きな話題にもなった。

ページをめくる間だけでも、みんなが里帰りできますように

この「おくる福島民報」は、どのようなきっかけや想いで作られたのか。ここからは、企画制作に携わる福島民報社の宗像恒成さん、電通のプランナーである長島龍大さんに話を伺っていきたい。

  • 福島民報社の宗像恒成さん

――発行のきっかけを教えてください。
宗像さん:震災や原子力災害によって、もともと福島県民でありながら県外に移住された方も大勢います。そんな方々に、県外に住んでいても"福島県民である"という想いを届けられるような仕事がしたいと常々思っていました。震災後、県外の方に特別版の新聞をお届けする取り組みも行っていましたが、もっと気持ちが伝わるようなことができないかな、と思い立ったのが「おくる福島民報」をつくることになったきっかけです。

――これまでにない斬新な取り組みですが、どのような経緯で"おくる"という発想に至ったのですか?
長島さん:福島県は"県外に大勢の県民がいる"というかなり特殊な環境の県です。地方紙は、単純に情報を伝えるだけでなく、さまざまなコミュニティや人を繋ぐハブの役割も担っています。そこに重きをおき"県をひとつにする"という思想で何かできないかと考え始め、新聞の良さを活用しつつ、手に取った人が「やってみたい」とか「参加したいな」と思えるような仕掛けがあるといいんじゃないかと思い、辿り着いたのが"手紙"でした。 そもそも新聞という媒体は"感情がない"ものですが、手紙にすることでエモーショナルな部分が加わります。そのギャップも面白いですし、今は便利な世の中とあってどんどん手間のかかることをやらなくなっていますが、あえて"手で折って送る"というアナログな要素を加味することで、よりメッセージも気持ちが乗っかったものになるはずと思いました。

――折り方や紙面も随所にもこだわりが光っています。どのような意図で作られていますか?

  • 電通のプランナーである長島龍大さん

長島さん:当初、簡単に折って、帯で巻いてもいいんじゃないかという案もあったのですが、送る人の想いもあるし、受け取る側の想いもある。だからこそ、あえて簡易過ぎないほうがいいんじゃないかと思い、誌面をしっかり包むような包装にしました。帯など何か他の物を付加することは簡単ですが、新聞というメディアの価値を上げるためにも、できる限り新聞だけで完結できる形にしたいと考えました。

  • 紙面の折り方・送り方

宗像さん:紙面の中身に関しては、「福島=震災」のイメージを払拭したいというのが第一でした。震災から7年が経ち(初年度)、多くの県民の方たちが前を向き復興への歩みを進めています。今の"明るくて元気な福島を知ってもらうための手紙"にしたいと考えました。県内のさまざまな祭り、あまり知られていない素晴らしい資源や資産、Iターンで福島にいらっしゃった方のインタビュー記事など、福島の元気な側面を多角的に紹介する内容になっています。

また、裏テーマとして県内の人が紙面を見たときに「やっぱすごいよな、福島って」と思って欲しかったんですよね。送るとは別の趣旨ではあるのですが、改めて自分の故郷の良さを思い返してもらういい機会だと思いましたので。

――初年度の見出しに書かれていた「『帰ってきてほしい』でもなく、『忘れないで』でもなく、ただページをめくる間だけでも、みんなが里帰りできますように」という一文が印象的でした。
宗像さん:どうしても、こういったものを発行する際には「戻ってきてほしい」「忘れないで」というメッセージを押し付けがちです。でも大切なのは、そういうことではありません。県内に残っている人が是が非か、離れた人が是が非か、そういう議論ではなく、やはり"誰もが幸せであるべきだ"という想いがありまして、それをお互いが認め合いながら、誰もが福島県民であることを誇りに思って欲しい。だからこそ、「ただページをめくる間だけでも、みんなが里帰りできますように」の一文に、"ふと福島を思い出して欲しい"という想いを込めました。

――「おくる福島民報」の反響はいかがでしたか?
宗像さん:一番反響が多かったのは、届いた人。つまり、県外の人ですね。弊紙に読者投稿欄があるのですが、福岡県で新聞を受け取った方は「受け取ったときは驚きと感動でした。無機質なものに温かみを感じました。もう福島県には住んでいないけど、改めて福島県が大好きになりました」と投稿してくださっています。このように、今は県外にいるものの、「福島県民になった気がします」と言ってくださる方が多かったですね。このほかにも、福島県にゆかりのある著名人の方々がSNSで投稿してくださったり、新聞のコンセプトに賛同してくださったスポンサーの企業の方々も沢山の広告をだしてくださったり、企画のコアである"気持ちを届け合う"という部分がしっかり伝わっていることに喜びを感じました。